S3-17「ただなんとなく」
「よっこい……せっとぉ!」
豪快に音を立てて救護室の扉が蹴り開かれる。
「ドア! 開け方!!」
高音を腕に抱えた状態の奥人が扉の向こうから姿を現すと、それを追って二つの影が続いた。
「……どうやら先客がいたみたいですよ?」
「え?」
部屋にはいった糸田が辺りを見回すと、簡易ベッドに腰掛ける人影に気がついた。
その存在を知らされてゾンビかもしれないと素早く糸田の陰へと隠れた結羽だったが、その姿を自分の目で確認すると意外そうな顔で糸田を横へ押し退けた。
「あんた、たしか原田鈴江の……」
「……うんゅ? ふぁ~あ~ぁぁ……よくねた。……ってあれ? 誰?」
「あ、空姐さん。どうもお久しぶりです」
そこにいた存在、空はどうやらベッドに腰かけたまま眠っていたようである。
高音をもう一つあるベッドの方へ放り込みながら何の事無しに挨拶を済ませる奥人に結羽は思わず目を細めた。
「んー? あれ、諏訪っち? セっちゃんじゃないの?」
特大の欠伸とともに伸びをする。
その緊張感の欠片もない様を、結羽は呆れ顔で、そのさらに後ろから大層怪訝そうな表情で糸田が見つめていた。
「実はさっきまで鈴江さんと一緒で……」
奥人が空に自分たちの状況を端的に説明する。鈴江を一人で置いてきたことについては、鈴江なら大丈夫の一言で済まされた。
「姐さんはなんでここにいたんです?」
「いやー、実はちょっとねー……」
奥人が問いかけると、歯切れ悪そうに空は語り出した。
曰く、ゾンビを撃破した際に勢い余って負傷してしまい、その治療のためにこの場へと訪れたらしい。
その後、治療が済むと残りの二人はすぐ戻ると言い残し、空を置いて付近の探索へと向かってしまったらしい。
「一人で大丈夫だったんすか?」
「大丈夫大丈夫! この手の部屋は大体セーフエリアだから!」
ケラケラと笑いながら言う空。
対して内心なんじゃそりゃとツッコミを入れながら結羽は兄へ視線を投げ掛けた。
「あー! たしかに!」
意外、それは納得。
この手の人間の会話をまともに捉えるのはアホらしいと、いつもの癖でスマホに手を伸ばすも、圏外表示でロクに使い物にならないことを確認するとそのただ光る板を無造作にポケットへと押し戻した。
「うぅん……? あれ……?」
「あ、高音ちゃん起きた」
そうこうしているとベッド付していた高音がのそりと体を起こして、不思議そうに辺りを見渡し始めた。
「え、先輩? なんで……っ痛!」
意識がはっきりしてくると共に頭を揺らすような鈍い痛みが鮮明になってくる。
「あー、大丈夫?」
「だい、じょうぶです。まだちょっとクラクラしますけど……」
頭を軽く押さえながら気丈に振る舞う高音。その様子を見つめる一筋の視線と目が合うとあっ、と小さく声を漏らした。
「諏訪さん……無事だったんだ」
「…………っ!」
安堵の表情を浮かべる高音とは対照的に結羽は大層バツが悪そうな顔で目を反らしてしまった。
「……なんでよ」
「え?」
絞り出すようにこぼれたその声は、ひどく小さく、かすれていた。
「なんであのとき、あたしの事助けたのよ! あのまま放っとけば、あたしは……っ!」
感情と共に違うものまであふれでてくる。それに反比例して言葉は喉でつっかえて留まってしまう。
(……えーと、何? どう言うこと?)
(あー……実はっすねぇ……)
(えー……じゃあ鈴江が前言ってた娘ってキミの妹ちゃんなの?)
(いやー、ホント申し訳ないっす……)
奥人の話す内容にさすがの空も二の句を継げずにただ二人を交互に見つめる事しかできない。
「…………」
「えーと……」
重い沈黙を破ったのは高音の方だった。
「なんで……かなぁ?」
そのあまりにもな返答に結羽だけでなく他の者までもが唖然とした表情で固まってしまう。
「正直、諏訪さんのこと好きか嫌いで言ったら絶対嫌いだし、私に大した正義感があった訳でもないし……ただ……」
「ただ、なに?」
煮え切らない高音の言葉に苛立ちを募らせる結羽。しかし、語気を強めているにも関わらずその声は芯のない弱々しいものだった。
「あのまま放っといたら諏訪さん死んじゃうかもって思ったら、
「……っ!」
首をかしげながらポツリポツリと放つ言葉に結羽は遂に顔を背けてしまう。
「あの、大丈夫……」
「くんな! 来ないで!」
その様子に心配した高音が結羽の元へと歩み寄ろうとすると、結羽はバッと手を払ってそれを拒否した。
「あ! おい、結羽!」
奥人が制止をかけるもすでに遅し、結羽はその勢いのまま救護室を飛び出してしまった。
「あっ待って!」
「高音ちゃん!?」
すると高音もそれを追って部屋を後にした。
「姐さん! 追い掛けましょう!」
奥人が二人を慌てて追いかけようとし、空もそれに続こうとしたとき、思わぬところから制止が入った。
「ちょっと待ってください」
声をかけたのはそれまで完全に蚊帳の外だった糸田だった。
「あ、ごめん忘れてた」
「でしょうね。まあ別に構いませんよ? 僕としては」
「ん?」
愉快そうに不適な笑みを浮かべるその姿は奥人が先程まで接していた存在とはまるで別人のようだった。
「――っ! なんだぁ? てめぇ!」
その笑みの奥に殺気を感じ取った瞬間、奥人は後ろへと退いた。
「……すごいですね。まるで獣みたいだ」
ふむ、と顎に手を当ててまるで品定めするようにその様子を見ていた糸田だったが、すぐに手を下ろして二人を間合いに納める。
「頭数が減ったので仕事をするとしましょう。御相手願いましょうか」
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