S3-15「撤退」

「はぁ……はぁ……っ!」

「あーあ! つまんねぇな! そんなもんかよ!!」

 鈴江単騎での戦闘再開から数分。僅か数分でもう既に戦いは終盤へと差し掛かっていた。

 最初こそ敵の操るゾンビ共を一体ずつ確実に撃破していった鈴江だったが、男が倒れ付したゾンビに向かって最初にそうしたように手をかざすと、倒したはずのゾンビはまた何事もなかったかのように復活してしまう。

 一体一体の力は取るに足らない。しかし、決して倒せない死なぬ雑兵。ホラーの創作物等において不死の存在と言うものが何故ああも恐ろしく描かれるのか、今まさに体感させられていた。

「――チっ! イライラさせやがって! おらよ!」

「がっ! うぁあ!」

 手駒のうち二体を同時に操作し、一体を囮にもう一体が放った蹴りが鈴江の腹部へめり込む。

 吹き飛ばされた鈴江は体を捻って無理やり体勢を立て直す。しかし既に体力は限界、息も上がって逃げることもままならない状態だった。しかし、

「あーあーあーあー! ったくくだらねぇ! こんなんで何が楽しいんだよクソが!」

(なんだ……こいつ、なんでこんなに?)

 状況は圧倒的に男の方が有利、にもかかわらず男は近くにあった小箱を蹴飛ばし、明らかに冷静さを欠いていた。

「てめぇもてめぇだ! 魔力纏って真正面から突っ込んでくるしか能がねえのか? ああ!?」

「なにっ……?」

ってもんをまるでわかってねぇ! 俺はなぁ! てめぇみたいな雑魚とやり合うためにこんなみみっちい事やってんじゃねぇんだよ!」

 声を荒げて矢継ぎ早に罵る男に面食らう。しかし、次の瞬間鈴江は不敵な笑みを浮かべていた。

「おいおいおい………オイオイオイヨォ!! 何笑ってんだてめぇ!?」

「なるほどな、そういうことか」

「あぁん?」

 鈴江の態度に男の目がつり上がる。今にも挑みかかってきそうなのをその様に鈴江はさらに笑みを深めた。

「悪いけど今の中途半端な私じゃお前には勝てそうにないんでな。一旦退かせてもらう!!」

 鈴江は近くに転がっていた商品を思い切り蹴飛ばした。

 蹴りあげられた商品はゾンビの壁の隙間を縫って男の顔面へと迫っていく。

「――っ! チッ! くだらねぇ真似を! ……なに!?」

 大した質量を持たないそれを男は片手で払い除けるが、視界が開けた瞬間、そこに鈴江の姿はなかった。

「野郎! どこいった! ……店の中か? それとも道の先か?」

 辺りを見渡すも鈴江の姿はない。この一瞬で姿を隠す方法などたかが知れている。いったいどこへいったのか。

「――っ! 下か!?」

 ある可能性に思い当たり男は柵から乗り出して下階を覗きこむ。

 覗きこんだ先で鈴江は一階のロビーを一直線に駆け抜けていた。

「二階とはいえけっこうな高さだぞ!? なんてやつだ!」

 言うまにもう鈴江の姿は見えなくなっていた。

 男は逃げられたことを確認すると、腕をだらりと下ろし完全に脱力したまま静止した。

「くっくくくはは……ギャーハハハハハハ!!」

 何も動くものが無くなったその場所で男はワナワナと震えると堪えきれない笑いを爆発させた。

「いいぜぇ! いいぜぇ、あの女! 気に入った! もう次会ったら容赦はしねぇ! 最初から全開でぶっ殺してやるよ! ギャハハハハハハハ!」

 狂った怪物のような笑いを上げる男。

 周りのゾンビたちは、暴走し内側から溢れでる魔力によって体が崩壊し、二度と使い物にならなくなっていた。

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