S3-12「大群」
少し時を遡って鈴江が高音達と合流する前のこと。
「ぜぇ……はぁ……ゲホッ!」
ああ! くそう、急に変な走り方したからすげぇ息あがってる。しんど!
必死になって胸を押さえ、息を整える。
呼吸が正常に戻るにつれてさっきまで認識できていなかった周りの光景が頭の中に入ってきた。
「ふー……ここ、本屋か?」
辺りにはびっしりと本が詰まった高めの本棚。所々に見える手書きの売り文句の紙や、天井から吊り下がった本の種別を記したプレートなどが、ここがモールの一番端にある本屋であることを示していた。
鈴江さんと探索した先で恐ろしい物を見てしまった俺は気づいたらこんなところに来てしまっていた。
呼吸が正常になるにつれて徐々に恐怖が舞い戻ってくる。やばい、こわい。
鈴江さんにも言ったが、俺はおばけが嫌いだ。幽霊と言うな、おばけと言え。
というより、腕ずくでどうにかならないもの全般が苦手だ。
自慢じゃないが俺は腕っ節だけには自信がある。それが原因で中学時代に少々道を外れた事もあったが、それは俺の心のジャンヌダルクこと鈴江さんのお陰で今は真っ当な学生生活を送れている。
まあ昔の評判と風体のせいで未だに不良扱いされている節はあるが、俺個人としては更生したつもりだ。あとジャンヌダルクがどんな人か正確にはしらん。
と、そんなもんだからそれが通用しないようなおばけだ、何度でも這い上がってくるゾンビだのはとにかくダメなんだ。いるかいないかは問題じゃない。無理なんだ。
「あー……こえぇよー。鈴江さーん!」
自分でも情けないとは思うがこればっかりはどうしようもない。怖いものは怖いんだ! 恥も外聞も知ったことか!
「やっぱ戻るしかねーかぁ……」
さすがにこんなとこで泣き言を言っても仕方がないと、来た道を戻ろうかと踵を返したとき、どこかの本棚から本が崩れ落ちる音が聞こえた。
「…………」
いや、落ち着け! さっきも音はしても何もなかったじゃないか、逃げてきたけど。
おそるおそる音のした本棚の方を影から窺う。すると、何か人影のような物が物影に隠れた。
(人だ、人がいた!)
嬉しさのあまりよく考えずに相手が消えた棚の側面へむかい、本棚の反対側を覗き込むと、さっきまで自分がいた反対側の側面へと人影が消えていくのが見えた。
「あらら?」
コントみたいな動きかたに思わず声が出る。
どうやら相手も俺がいることに感づいているのか、もう一度こっちへ向かってきているようなので、体を反転させて逆回りに陰から飛び出した。
「あ、あの! すいません!」
「ヴゥゥゥゥ……」
「へ?」
そこにいたのは生きた人間ではなく映画やゲームでよく見るゾンビそのものだった。
なんだゾンビか、俺ったら早とちりしちまったよ、へへ。
「ビャアァァァァ!!」
人はマジに驚くと変な声が出ると最近知りました。諏訪奥人です。
――そして現在に至る。
「ってわけです!」
「ふざけんなぁぁぁぁ!!」
鈴江の怒号がモール内にビリビリと反響する。
「なんでそれで
鈴江達の後方には暗がりで目視しきれないほどのゾンビが全速力で追いかけてきていた。
その気配や足音で察するに、裕に二、三十はいるだろう。
「叫びながら走ってたらいつの間にかこんなことにぃ! ごめんなさぁい!!」
「てめぇクソほども役に立たないくせに問題だけはいっちょ前に起こしやがってぇ!!」
騒ぎながら全速力で逃げ続けてはいるものの、全く距離が離れる気配はなく、むしろその間は詰まってきているように思えた。このままでは誰かが捕まるのも時間の問題だろう。
「鈴江さん!」
「あぁ!?」
「俺は、どうやらここまでのようです。最後に鈴江さんの胸の
「言ってることは最低だしそういうことはせめて殿(しんがり)務めてるときに言え! なんでお前が
鈴江の言う通り逃げている四人の順番は、前から奥人、鈴江、高音、結羽の順番である。
「あっ!」
最後尾を走っていた結羽の足が絡まり、受け身をとることもできず転けてしまった。
「しまった! 結羽!」
奥人がそれに気づき、急停止する。しかし位置的に助けるのは不可能に近かった。
「……っ!」
「櫻笛!?」
すると距離的に一番近かった高音が瞬時に逆方向へ、結羽の元へと走り出した。
「あんた……なんで……」
「いいから! 立って! 早く!」
戸惑う結羽の手を強引に引っ張って立ち上がらせようとするも、うまく力が入らない。
「くっ! 間に合わない!」
桜花を抜き身にして駆けつけようとするも、敵の方が速さは上、すでにゾンビの波が数センチのところまで迫る。
「いやぁぁぁぁ!!」
押し潰すようになだれ込むゾンビ達に二人はついに飲み込まれた。
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