S3-10「ロマンスなんてなかった」

「鈴江さーん、待ってくださいよ!」

「文句があるならついてくるな、一人でじっとしてろ」

「俺をあんな暗闇の中に一人で置いていくつもりすか!? おばけとか出たらどうするんですか! この鬼! 人でなし! イケメン! 美人! 抱いて!!」

「もう一回蹴っ飛ばしてやろうか?」

「サーセンした!!」

「……はぁ」

 うんざりといった表情を露に、ため息をついて鈴江は闇の中を再び進み始めた。

 現在二人はモールの中をカフェのあった場所から反対側の端を目指して歩みを進めていた。理由は捜索である。

 数分前、カフェ内にて奥人の体が吹き飛ばされた後、改めて辺りを探すも他の人間の姿はなかった。

 この時点で鈴江は自分たちが例の空間に囚われたとほぼ断定し、他に誰かいないか、特に鈴江にとっては共に行動を共にしていた高音がどこかにいないかを捜索することにした。

「……というかまさかとは思うがお前、幽霊苦手なのか?」

「当たり前じゃないすか! だってあいつらんですよ! 怖すぎるでしょ!」

「あー、うん、まあ……そうだな」

 少し前ならそんないるかいないかも分からない相手に大真面目にヒビるなんてなんとも馬鹿な、と一笑に付していただろうが、正直今はその気持ちは大いに理解できてしまう。

 ついでにその幽霊やら怪物相手に物理的攻撃手段を有効にする方法を鈴江は知っているのだが、あえてそれを言う気にはならなかった。

(とは言え、この状態だとどの道言わざるを得ないかも知れんが……)

 ――ゴトッ……

「ぴゃあー!」

「わぁ!? ビックリした!」

 突然後ろを歩いていた奥人が小動物のような悲鳴をあげて鈴江に抱きついた。

「今! 今なんかそこの店の中から音がした! おばけ、おばけかもしれない!」

「ただの物音だろ、どんな叫び声してんだお前!」

 奥人が指差した店は一見なんだかよく分からないぬいぐるみやクッションが並んでいる雑貨屋だった。

「こんな人気のないところでなんで物音がなるんすか!? 絶対なんかあるでしょう!?」

「……そんなに気になるんなら直接見てきたらいいだろ」

 親指で指差しながらなげやりに鈴江が言うと、奥人は店の外観を見ながらしばらく凍りついたように固まった。

 そして、硬直が解けたかと思うといきなり鈴江の手を両手でがっちり包み込んだ。

「なんだこの手は?」

「……てくださいよ」

「は?」

「ついてきてくださいよ!!」

「えぇ……」

 顔をずいっと近づけて鬼気迫る表情の奥人に鈴江は目を細めた。

 手を握ってるわ顔が近いわで条件は揃っているのに双方共に、ときめきもクソも全く無いのは状況が状況だからだろうか。

「こんな暗闇の中、おばけがいるかもしれない極限状態で誰かの付き添いもなくあの中を調べるなんて、俺にはできません!!」

「ものすごくハキハキと情けないこと言ってるなお前……」

 まだ魔力やらこの空間について詳しい説明はしていないはずなのだが、どうやらこの男の中では幽霊はもう近くにいる前提らしい。ある意味勘が鋭いというべきか。

「分かったよ。……分かったからとりあえず手を離せ」

 今日何度目か分からないため息を吐き、渋々雑貨屋の中へと入っていった。ちなみに先頭は鈴江である。

 店内に入ると、外側から見えていたぬいぐるみ類の他にも爬虫類や昆虫を模した人形などが多く有り、雑貨屋と言うより余興グッズ屋という印象を強く受けた。

「特に何もないぞ、これで満足したか?」

 スマホのライトを明かりに辺りを見渡しながら鈴江は言った。

「まだ分からないじゃないすか! 隠れてるだけかもしれませんよ!」

「お前は幽霊がいてほしいのかほしくないのかどっちなんだ……」

 気がすむまで勝手にやってろ、と鈴江がスマホを奥人に渡すと、奥人はそれを奪い取るようにして辺りを見渡し始めた。

 昔遊んだホラーゲームにこんな感じのシーンがあった気がする、とそんなことを思いながら鈴江はその様子を見つめていた。

(たしかそのゲームじゃオモチャの仮面だかを見たキャラが勘違いして逃げ出していったんだったか……)


「イヤァアアアアア!?」


「――!?」

 思い出を振り返っていると耳元でつんざくような悲鳴。

 何事かと見ると、奥人が悲鳴を上げて商品をバラバラと巻き込みながら全速力で店外へと走り去っていた。

「な、なん……うわ!」

 何があったのか、もう一度ライトで見回したとき、頭上にあるそれに気がついた。

 宙吊りになったそれは、顔からおびただしい量の血を流したゾンビ……



 ――の被り物だった。

「オモチャじゃねーか!!」

 鈴江の怒号は遠く離れた奥人にはもう届かなかった。

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