S3-7「バッドポリスマン」
「首が……死んでる!」
あまりの衝撃に大きくのけ反る飯田。たとえ警察関係者と言えど、首と胴体が分離するその瞬間を見たことがある人間はそういないであろう。
「一体なにが起こってるってんだ……!」
あまりにも急な事態に頭を抱える。殺人鬼の襲来、テロリストによるテロ行為、様々な突拍子もない考えが浮かぶが、いくら考えようにもわかるはずがない。
「セっちゃん、これって……」
「まさかとは思ってたけど、ちょっとまずいわね」
さすがに生首がこぼれ落ちる様を直視するのはなかなか無理があったのか、セインへ向けられた空の顔色は間違っても良いとは言いがたい。むしろ悲鳴一つあげないだけでもかなりの胆力だろう。
それに対し、やはりこういった事態に慣れているのか、セインの顔に恐怖や嫌悪といった表情はあまり見られない。しかし、
「……とりあえず一旦ここから離れるぞ。外へ出て状況を確認したい」
腐っても刑事、ある程度の落ち着きを取り戻したのか、この場から避難することを提案し、部屋に備え付けられている懐中電灯をとるために一度部屋へと向き直る。
――ズズ……ズズズ
「――!!」
振り向いた矢先、後ろから何かを擦(す)る音に体が固まる。それと同時に目の前にいる二人の顔が目に入る。そして気付く。二人の目が自分を通り越してそのさらに後ろへ向けられていることに。
「――っ!」
バッとすぐさま後ろを振り返ると、警備員の体が立ったまま制止していた。
「……
首が取れた死体が立ったまま制止している。これがどれだけ異常なことか、理解できない飯田ではない。
本来直立して立つというものは完璧にバランスを取った状態で固めるか、常に細かい微調整を加えながら(生物の場合はこれを無意識下に常に行っている)でなければ成すことは出来ない。つまり、
「こいつは! 死んでるんじゃないのか――っ!?」
驚愕する飯田が一瞬その場から動けなくなったのを狙ったかのように、首無し死体から謎の
風や水のような物理的な質量を有さないそれは、
「こいつは――ヤバい!!」
本能から大きく後ろへ飛び退く。が、しかし次の瞬間敵はすでに飯田の目先三十センチの位置に迫っていた。
「なあ!?」
先に動いたのはたしかに飯田のはず、しかしワンテンポ遅れて飛び迫ってきた死体は、普通の人間には到底不可能な跳躍力で反応の差を上書きしてきたのだ。
明らかな攻撃の意思にとっさに腕でガードを固めようとするも間に合わない。死体の腕がもうスピードで飯田の眼前に迫る。
――パァン!!
もはや万事休すかと思われた時、乾いた破裂音が辺りに響き渡った。思わず目を瞑(つむ)っていた飯田は、自分の体が無傷のままであることを感覚で理解する。目をあけるとすぐそこまで迫っていた死体はしばらく制止したかとおもうと、膝から崩れ落ち、そのまま文字通り動かぬ死体へと戻った。
いったいなにが、そう思い音の鳴った方向を見ると、そこには
「ふぅ……自分で光弾撃つより楽なのはいいんだけどねー」
手の中の拳銃をまじまじと見回しながら残念そうに言う。一通りその動作を繰り返した後セインは、驚愕を通り越してぽかんとした表情のまま固まっている飯田へと視線を移した。
「アンタにやるわ、それ」
そう言いながら片手でポイっと飯田の方へと拳銃を投げ渡す。
「お前、なんだこれは一体」
「拳銃よ、ハンドガン」
「そういうことじゃない!」
声を張り上げる飯田を仏頂面でしばらく見つめた後、セインは大袈裟にため息を吐いた。
「分かったわよ。説明してあげる」
セインは事の発端、自分が何者なのか、魔力及び武器の事、おおよそ鈴江たちに説明したことを簡潔に説明し、そして自分達が今どういう状況なのかを語った。
「突拍子が無さすぎてなんとも言えねぇな……」
「今信じなくても嫌でも思い知るわよ、そのうち」
「……いや、わかった。続けてくれ」
目頭を押さえて思わず俯いてしまうが、先程自分に襲いかかってきた死体をチラリと見ると、しばらく黙りこんだ後に話の続きを催促した。
「たぶん十中八九、既に敵の領域に取り込まれてるわね。……意図してやってるかは微妙だけど」
「どういうことだ?」
「この空間って要は魔力で作った結界みたいなものなのよ。で、それを作ったときにたまたま近くに居た人とかを取り込んじゃうことって結構あるのよ。まあ、食べ物袋詰めしてたら虫紛れ込んだみたいなあれよ」
「俺たちは虫なのか」
分かりやすくも微妙な例え、勝手に閉じ込められて不純物扱いで殺されてはたまったものじゃないと飯田は苦笑いする。
「ここにいる限りはさっきみたいなのがまた出てくるかもしれないから、
「……わぁったよ。はぁ……」
投げやりに肩をがっくりと落とし、自分に渡された拳銃に目をやり、はっとあることに気付く。
「そういやさっき使うときは名前叫べばいいとか言ってたが、こいつの名前ってあるのか?」
「ん? ああ、忘れてた。もちろんあるわよ、それの名前は……」
そこで一旦不自然に会話を区切るとセインは飯田の顔をチラリとみた。その口角が一瞬つり上がるのを飯田は見逃さなかった。
「そいつの名前は、『バッドポリスマン」!」
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