S3-6「這い寄る影」
「なんだ? 停電か?」
明るい店内が一瞬で一寸先すらまともに確認できない暗闇に包まれた中で鈴江は一人呟いた。先程までの喧騒(主に鈴江と奥人によるもの)が嘘のように周りは
何か妙だ。こんな状態に陥れば通常は何事かとむしろ騒がしくなるのが常というものだ。
こんな状況下にも関わらず鈴江は異様なほど冷静にその事に気づいた。それは彼女の生まれ持った資質なのか、それともここ最近、立て続けに非現実的な事態に巻き込まれた故の慣れというものなのか。
「おい、誰かいるか!」
なにも見えない周りをぐるりと見渡しながら声を上げる。しかし、声が帰ってくることはなく一秒、二秒と無音の間が空いていく。鈴江の脳裏に嫌な予感が浮かんだ。すると、
「うぅ……何だ? 一体」
すぐ近くで男の声。が、しかし鈴江の表情はむしろ険しくなった。
「お前かよ……」
「あ、鈴江さん! 無事ですか? どこですか!」
声は奥人のものだった。他にも誰かいないか気配を探るが、どうやら残念なことに彼以外に人気は無さそうだった。
「……こっちだよ」
はあ、小さくため息を吐くと、渋々と言ったように自分の位置を伝える。
「そっちですね! 今行きま……うぉっと!?」
暗がりで足元にあった椅子に気付かなかった奥人はそのまま前のめりに倒れ込んだ。しかし、その体は床に倒れ込む前に鈴江の体によって受け止められた。
「ああ! すみません! ついうっかり……?」
慌てて体制を立て直そうとして気付く。自分の手と顔が何か
「…………」
己が顔を埋め、あろうことか手でわし掴んでいる双丘。それが何かを理解した時、奥人の中の生物としての本能がけたたましい警鐘をならす。どうにかしなければ、まずはとにかく体制を立て直すことか、超速的な思考で自分の次にとるべき行動を探りだす。
「あ、いい匂……うぼぉわ!!」
が、駄目。思考速度が仇となったか、女子特有の香りに一瞬生存本能よりも男としての本能が勝ってしまう。
放たれた蹴りによって、くの字形に畳まれた体が椅子や机をなぎ倒しながら数メートル吹き飛ぶ。もはや手遅れとなった事態の中で奥人は『思いの外サイズもあったな』と顔を綻ばせ、意識を手放した。
「それでね、コワイナーコワイナーって思ってギイィィィとドアを開けたのよ。そしたらね、こう……コワイナーコワイナーって」
「アンタそこしか知らないだろ絶対」
一方こちら警備員室。電源が落ちた後、困惑気味に外へ事態を確認しに向かった警備員に取り残されたセイン一行は、未だこの事態をただの停電としか思っておらず、暇潰しとして即席怪談なるものに興じていた。
「なによ! こんなの大体コワイナーコワイナー言ってたらジュンジっぽくなるんじゃないの!?」
「本人に土下座して詫びてこい!」
セインと飯田がギャアギャアと騒ぎ立てる横で、一人空はスマホの画面を見ながら怪訝な表情を浮かべていた。
「ねーなんかここ電波悪くない? 地下でもないのに」
そういって差し出されたスマホの画面を二人は覗き込む。そこには確かに圏外のマークが描かれていた。
「……たしかに、俺のやつも電波が届かなくなってるな」
「コワイナーコワイナー……」
「お前はもう黙ってろ!」
妙に思いつつもそれまでで終わる飯田に対し、セインの方はふざけながらも、何かを感じ取ったのか辺りをチラチラと見回し始めた。
「まあなんにせよそのうち警備員が戻ってくるだろうし、そうなりゃ状況もわかるだろ」
「うーん、まあそだねー」
まあいっか、とのんきな顔で納得した空の手元にはスマホに繋がれたストラップがプラプラと揺れる。その付随物として繋がれたプレートには『血捨(ちぇすと)』と書かれていた。
しばらくすると部屋の外からコツリ、コツリと靴を鳴らす音が聞こえてきた。
「ん、どうやら戻ってきたみたいだ」
全員が扉がある暗がりを見つめ警備員の帰還を待つ、しかしその音は部屋の前辺りで突然鳴るのをやめた。
「……おいアンタ」
「扉開けに行けってなら嫌よ」
「……チッ」
渋々、飯田が思い腰を上げて扉の方へと向かう。その後ろに空、セインの順に続く形となる。
「警備員さーん? そっちはどうでした?」
呼び掛けてみるも返事はなし。眉を寄せて不思議がる飯田の後ろで顔を見合わせる二人。
飯田は恐る恐るドアノブに手を伸ばし、扉をあける。扉は場の空気に対し、驚くほどすんなりと開いた。
「…………」
「うおっ! ……なんだいるじゃないですか」
扉の奥に佇む警備員の姿に、はあ……と安堵の息を漏らす。しかし、それもつかの間、飯田は警備員の様子がおかしいことに気がついてしまった。
「……あのーもしもし? 警備員さん?」
生きてます? と相手の肩を揺する飯田。すると、足元にゴトリ、と
「なん……!?」
なにが落ちたのか確認する前に、理解してしまった。相手の、首より上のあるべき部位がないことに。
ドッと吹き出る汗が目に染みそうになりながら、飯田は恐る恐る足元を覗く。
そこには苦悶の表情で固まった警備員の首が転がっていた。
「ぁんぎぃゃあぁぁぁ!!」
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