S3-5「非番刑事と覗き見女神」

「……それマ?」

「マ。マジりんちょ」

 空とセインは離れた位置でカフェでの女子トークのような会話を繰り広げていた。双眼鏡を覗きながら。

「中学ん時に一回鈴江にボコボコにされて、そっから何でかずっと言い寄り続けてる。その度に鈴江に半殺しにされてるけど」

「……ドM?」

「……かもしんない」

 二人が一途な想いを変態扱いしていると。

「おい、そこの変態パツキン。こんなところで何してる」

「うっげぇ!?」

 その声の主を見るや否や、セインは鳩尾(みぞおち)にストレートパンチを食らったかのような声を上げた。

 そこにいたのはセインにとって最も会いたくない国家の犬こと飯田であった。

「クソ刑事!!」

「飯田だスケベ女……ん?」

 悪態をつきながらセインの隣を見た飯田は微かに眉をしかめた。

「君は……」

「おっ! おっちゃん久しぶり!」

 小学生低学年ばりの気のよい挨拶ぶりに、飯田はおっちゃんか……と一瞬なんとも言えない顔をする。

「ん? 何空ちゃん、このアホ刑事と知り合い?」

「この間何か……ガサ入れに来たよ?」

「ただの事情聴取だ」

「事情聴取ぅ?」

 あからさまに煽り口調で飯田に食って掛かるものの、飯田はそれを真正面からにらみ返して応戦する。

「行方不明事件の当事者として、あとはいきなり病室からいなくなった騒ぎのな」

「でへへ……」

 全くもって照れる場所ではないのだが、空は小恥ずかしそうに頭をかいている。

 その横で飯田、セインは『あなたが目の前にいるのが大変不快です』との意を全力で表現しあっており、なんとも珍妙な光景が繰り広げられていた。


――各警備員へ、こちら村本。三階で非常事態発生。通報のあった覗き女性と別の男性が言い争っている。女性の方は身長170ほど、髪は金髪、ボンキュッボンのナイスバディの変態だ。男性の方は……


「……というわけで鈴江さん! 俺と勝負してください!」

「嫌だね!」

「なんでっすか! 俺はこんなにも鈴江さんを想っているのに!」

「なんでって言う方がなんでだよ!?」

 言い争いの渦が大きくなるにつれて、店の外からも何事かと人々が集まり始めた。それら見物人及び店内客、店員に向かって諏訪奥人(すわおくと)の取巻き、俗に言う舎弟というやつであろうか、達が頭を下げて謝っている。

(真面目……)

 対岸の火事というのはかえって人を冷静にさせるのだろうか。心なしか心理的に広がった視野で辺りを見ながら、高音は手元のアイスミルクティー(激甘)に口をつけた。

「お前らのせいで私がどんだけ迷惑してると思ってるんだ! ことある毎に突っかかってきやがって!」

 中学時代からの彼らの関係は高校に入ってからも続いており、

 1.何かと勝負を挑んでくる奥人。

 2.鈴江、それを返り討ち(完膚なきまで)にする。

 3.それを同校生徒に目撃される。

 4.結果鈴江の評判が下がる。

 と、鈴江が校内で悪い意味で有名な理由の大多数がこの奥人にあったのだ。

(あー、あの噂とかってそういう……)

 なるほど、と自身の手には負えないと判断して完全に他人事として高音は言い争う二人を見ていた。


「そうでしたか、刑事さんでしたか」

 一方、場所は警備員室。あの後数人の警備員に囲まれた三人は抵抗するセインを取り押さえつつ連行された。

「えー、まあ。彼女は前にも某所で問題を起こしたことがありましたんでね。お騒がせして申し訳ない」

 飯田が平謝りしている横でセインはぶつくさと文句をいいながらそっぽを向いていた。

「別に今日は何もしてないしー、無実だしー、冤罪だしー」

 しかめっ面でその様子を見る飯田と苦笑いの警備員。

 一方空は三人のいる席から離れた場所にあるモニター、監視カメラの映像に興味を惹かれていた。

「鈴江たち映ってないかなー?」

 警察密着番組で知り合いが出てないか探すヤンキーの如く、軽い気持ちでモニターを見て回ると、その中の一つに違和感を覚えた。

「ん? なんか揉めてんね」

 画面の向こうではフードを被った男に向かって警備員の男性が注意をしているようだ。その会話は聞こえてこないが、その様子からかなり語気を強めているように見える。

 フードの男は相手の言葉に一切反応せず、深々と被ったフードから垣間見える表情は無表情のままだった。

 煮えを切らした警備員は半ば強引に男を排除しようと手を伸ばそうする。が、その手は男に届くことはなく、警備員は勢い余ったかのように床に倒れこんだ。

 倒れ付した男性の腹部を中心に赤い液体が波紋上に広がっていき、男の手には銀色に鈍く光る物が握られ、そこから滴る血が地面に点を描いている。

「え、は!? 刺したぞコイツ!?」

 あまりに一瞬のことで反応するのに二、三テンポ遅れた空は驚愕を露にする。

 飯田たちも空の声に何事かとモニターを見やる。すると、それとタイミングを同じようにして監視カメラの映像が一つ、また一つと暗転し始めた。

「す、すまない君! そこを退いてくれ!」

 ただ事ではないと感じた警備員の男性が慌てて機械を操作するも、画面には『ERROR、NO SIGNAL』の文字。ついには、


 ――バチンッ!


 その瞬間、電灯を含めた全ての電源が消えた。

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