S3-3「┌┤´д`├┐」

「フンフフ~ン♪」

 軽快な鼻歌を歌い、長いポニーテールを揺らしながら、セインは街中を一人歩いていた。横目に通り過ぎたそれを人々は思わず目で追う。それ、とは彼女の美貌か。それとも彼女が今着ている、嘆いているような呆れているような何とも形容しがたい顔文字がプリントされたTシャツのことか。

「おっと、ここね」

 人の視線など知ってか知らずか、スタスタと歩いた先で彼女の足はある建物へと向けられた。

「おおー! 色々あるわね!」

 彼女が自動ドアの前に立つと、扉が開くと共に中から賑やかな音が聞こえてくる。音の源は様々なゲームの類であった。

「ここがってやつね!」

 ゲーセン、すなわちゲームセンターに意気揚々と入ったセインは周囲をキョロキョロと見回しながら中を探索していく。

「んーここじゃないのかしら?」

 しばらくぐるぐると辺りを歩き回っていたが、立ち止まり周囲を見渡しながら独り言をつぶやく。何かを探しているようだが、その目当てのものが見つからないらしい。

 そうしてしばらくした後、その場に見切りをつけたのか、セインは建物のさらに奥へと足を向ける。

 奥へと進むと建物の二階へと上がるための階段が現れ、それを上ると、下の階にあった景品を獲得するタイプのゲームとは違い、ビデオゲーム筐体(きょうたい)と呼ばれる機械がフロア内に並べられていた。

「えーと……」

 セインは近場にあったレースゲームやらリズムゲームの類を尻目に、さらに奥へと進み、あるエリアでようやく足を止めた。

「おおー、あったあった!」

 嬉々として声を上げるセイン。そこには、対戦型格闘ゲームの筐体がズラリと敷き詰められていた。

「あ、いたいた。おーいー!」

 セインはその中のある筐体の前に座っている存在を見つけ、声をかけた。

「ん? げ、セイン!?」

 座って画面と向き合っていた鈴江は、驚きの表情を浮かべる。

「なんでお前がここにいるんだよ」

「いやー特に理由はないけど、今日鈴江ここにいるって聞いたからなんとなく」

「…………」

 物珍しそうに周りを見渡すセインに対し、鈴江はばつの悪そうな顔を浮かべる。が、しかしこの間も一切手は止まっていない。画面内で白い軍服を着た男が今もなお敵にバシバシと攻撃を続けている。

「……まあいいか。それで、私はここにいるがお前はどうするんだ?」

「んーそうねぇ……まあちょっといろいろ見て回ってくるわ」

 そういってセインはさっさとその場を後にしていった。鈴江はその様子を見送った後再び画面と向き合おうとする。すると、ちょうどその時向かい側、対戦相手の席に座ろうとする者がいた。

「……?」

 チラリと相手を見た鈴江はその姿に怪訝な顔をする。室内だというのに来ているパーカーのフードを深々と、それこそ顔見られないために顔を隠すかのようにかぶっている。

「…………」

 その時、相手の男と一瞬目が合った。その眼光は刃物のように鋭く、にも拘わらずどこか虚ろであった。

 とりあえず軽く会釈してみるものの反応なし。何とも気味の悪い男だと思いながらも鈴江は視線を画面へと移した。


「うーん、どれにしようかしら?」

 一方鈴江の元を離れたセインは格闘ゲームエリア内をうろうろと歩き回っていた。このゲームセンターは割と古い作品も置いているようで、そのため筐体の数がかなりのものになっていた。触ってみようにもどれがいいかわからず彷徨っていると、やがてエリアの最深部にたどり着いてしまった。

『アタァ! フン、トベェ! キリサケ!! テンハカッサツ!』

「あー、もうこれでいいや」

 ドンツキにあった筋骨隆々な男たちが戦っているゲームに目をつけてセインは筐体へと向かい合った。

 コインを入れ、ゲームを開始するとキャラの選択画面に入った。デモ画面の時点でなんとなく分かっていたが、キャラクターはどれもこれもムキムキマッチョの戦士たちといった感じだ。

「んー……あ、これにしようかしら?」

 その中で他のキャラと比べると相対的に細身の金髪ロングヘアの男キャラをジョインジョインとセインは選択した。明らか悪人面であるがもはやこの際どうでもいいだろう。


「よしよし、大体わかってきた!」

 しばらくして側に置いてあった説明書(手書き)を見ながら、少しずつではあるがゲームの遊び方を理解しだしていた。

「すみません、よろしいですか?」

 そうしていると向かい側の対戦席に少年が現れた。少年は人の好さそうな顔で挨拶すると対戦可能かどうか確認してきた。

「おおー! いいわよいいわよ! 来なさいよ!」

 それを快諾するセイン。一応言っておくが、さっき初めてゲームに触れたばかりである。

「ありがとうございます」

 笑顔で礼を述べると少年は席へと座った。


『アーイ! アーイ! ソコダ! テェー! イィーヤ!』

(随分と攻め気の強い戦い方だな……)

 鈴江が相手のプレイングを見て感じたのは意外だった。

 大抵この手のゲームであればキャラクター毎の得意分野、戦法などが存在する。多くのプレイヤーはそのキャラに合った戦法を軸にそれぞれの戦い方を模索していくのが定石だったりするのだが、

(このキャラなら普通は籠城戦法、そうじゃなくても守りに重点を置いた戦い方をしてくると思ったんだが……あ!)

『シュテルベン!!』

 相手の動き窺うことに集中していた時、敵のキャラが大技を放ち、その技を食らった鈴江のキャラは体力をゼロにしてしまった。

(あそこでこの技をぶっ放してくるか、調子狂うな……)

 この時点でお互い一勝一敗、二本先取で勝ちのため次が最終ラウンドである。

(だが、大体相手の動きも分かってきた……この最終ラウンド、キッチリ決める!)


(何……これは、えっ何?)

 再びこちらセイン側、セインは困惑していた。はたして自分は何を見ているのか、いったい目の前で何が起こっているのか、彼女は理解できないでいた。

 案の定というべきかセインは負けていた。が、その負け方が問題である。一ラウンド目を成すすべなく負けた次のラウンドで相手が自分側のキャラを空中に打ち上げたかと思うと、突飛な動きで連撃を決め続け、その結果キャラが行動不能の状態で大きく跳ねだしたのだ。

(何これ、バスケットボール?)

 地面を跳ねるボールの如く空高く舞うセイン側のキャラ、そしてそれをひたすら空中で追撃する相手側。もはや美しさすら感じる光景である。

『キリサケ!』

「あ、死んだ」

 とどめと言わんばかりに相手が大技を使い、セインのキャラはようやく地に付した。

「ちょっと何よ! 今の反則じゃないの!?」

「あっははは……すみません、でもこれそういうゲームですので」

「ぐぬぬ……」

 やんわりとかわす少年。確かにさっき手にしていた説明書にも超上級テクニックと称して色々書いてあった気がする。

「あーそうだ、僕はこの後用事があるのでよろしかったら使いますか?」

「え! いいの?」

 この手のゲームでクレジットが消費されるのは負けた側だけなので、セインはコインを投入して再戦を挑むか退散するかしかないのだが、少年のその言葉を聞いてセインはころっと機嫌をよくした。

「ええ、どうぞ。では僕はこれで失礼します」

 少年は笑顔でそう言うとその場を離れていった。

「絶対私もさっきのできるようになってやる!」

 意気込んで画面とにらめっこするセインには、少年の事などもはや気にも留めていなかった。


『フンフンチェストー!』

(よし、ついに画面端へ追い込んだ!)

 最終ラウンドも大詰め、体力は鈴江側残り一割、相手四割といったところ。体力的には鈴江が追い込まれていた。

(次のコンボが決まれば逆転勝ちできる!)

 今ペースを握っているのは鈴江のため十分に逆転が可能な状況でもある。だが、もちろんそれは相手側も理解しているようで、

(この女、割と堅実な立ち回りで無茶をしないタイプ……おそらく次もそうだろう)

 そう、この試合中相手の手の内を探っていたのは鈴江だけではなかった。男の側も鈴江のやり方、癖を分析していたのだ。

(おそらく奴はこのまま追い込んで仕留め切りたいだろうが、それはこのキャラがそうはさせない。守りが強いこいつは安易な攻めを許さない!)

 基本的に守りが強いキャラと言われる者は、自分側が攻められているとき、状況を覆す大技を持っていることが多い。

(こいつの攻撃は下手な攻撃、特に空中からの攻撃に一方的に勝つことができる技。そして、お前はそれを理解している。つまりお前は空中からは攻めてこようとはしないはず!)

 堅実な戦い方というと聞こえはいいが、逆に言うとそれは相手側に読まれやすいということでもある。

(お前は俺が大技を振り、隙ができたところで一気に決めてくるつもりだろうが、そうはさせない。お前がおれの大技を誘うために一瞬攻めを解く瞬間。そこをついてゲームセットだ!)

 画面端へ追い込まれたキャラへ鈴江のキャラがすかさず近づいてくる。

(ここだ! この隙間に、投げ技を……っ!)

 攻めが解けた瞬間、そこを狙って男は反撃に出る。しかし、その攻撃は空を切ることとなる。

 敵は空中、最もないだろうと思われた空中からの奇襲。そして技を外し隙だらけになったところに攻撃が当たる。

(いけぇ! そのまま殺しきれ!)

『ハヲクイシバレェー!!』

 ど派手なエフェクトと共に勝者が決定される。敗者の画面に表示されるのはゲームオーバーの文字。

「――っ!」

 ガタッ! と音を立てて男が席から立ちあがる。

「おっと、終わりましたか?」

 鈴江を睨みつけて今にも迫ってきそうなところで、横から声が入った。

「糸田ぁ……!」

「そんな熱くなっちゃいけませんよ、たかがゲームなんですから」

 糸田と呼ばれた少年は笑顔を崩さぬまま、男をなだめにかかる。

「どうもすみません、この人すぐ熱くなるタイプでして」

「あ、ああ……」

「ほら行きますよ?」

「――チッ!」

 糸田はやや強引に男を引っ張ってその場を後にしていった。

「…………」

 鈴江は自キャラがコンピュータにやられているのにも気づかず、その様子を目で追っていた。


「まったく、一回負けたくらいであんな熱くならなくてもいいでしょう?」

「……あのアマ、俺の考えを完全に読んでいやがった!」

 糸田に言われた男は苛立ちげにいう。

「たかがゲームでしょう? あなたが本気になるべきなのは……」

「分かっている」

「……そうですか、ならいいでしょう」




「時は明日、場所はあのショッピングモールで奴らを待ち伏せします」

 そういう糸田の顔は、それこそゲームを手にした子供のようだった。

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