S3-2「なんでもある」
時刻は朝十時過ぎ、そんな時間にも関わらず本通りから遠く離れたその場所には人だかりができていた。
「こいつは酷いな」
目の前に横たわる
「いったい何をどうすりゃこんなことになるんですかね?」
後ろからその姿を覗き込むように見ていた男、飯田は、漠然とした疑問を投げかけた。
「……さあな。おい、応援の到着はまだか?」
飯田の言葉に一瞬顔を曇らせる烏ノ元。しかし、すぐに立ち上がると近くにいた鑑識の男を捕まえる。
「はい、えー今連絡が入ったのでもうじき来る頃かと、もうしばらくお待ちください。」
鑑識の男はそう言うとそそくさとその場を離れていった。
「あーあ、なんで俺らまでここで待機なんですかね」
「発見者の近くにいたんだから仕方ないだろ」
ぶつくさと文句を垂れる飯田に眉をひそめる烏ノ元。
この二人、元々は別の事件の捜査中だったのだが、たまたま事件現場近くを通りかかった際、発見者の悲鳴を聞きつけ、その場に駆け付けたのだった。
「……これやったの本当に人間ですかね?」
それまで職務怠慢の塊のような言葉を紡いでいた男の口から、突拍子もない言葉が飛び出る。
「なに?」
不意を突かれたように後ろを振り向く烏ノ元。
「状況と証言から考えるに、凶器はさっき鑑識が回収していった鉄棒で間違いないと思いますよ。しかしですよ? さっきも言いましたけど、そんなんで人を貫いたりめった刺しにするとか人間技じゃないですよ」
「……つまりお前はこれは人間以外の何かがやったって言いたいのか?」
「もしくは……それに匹敵する何かを持った人間、とかですかねぇ?」
語気を強める烏ノ元に対して、覇気のない声で答える飯田。
「はぁ……ゲームのやりすぎ漫画の見すぎだ。仮にそうだとしたら、俺たちにそもそも勝ち目がなくなるだろうが」
「まーそうなんですけどね」
そういいながら所詮は他人事と大あくびをかます飯田に心底あきれ返った烏ノ元はそれ以上何も言わなかった。
「…………」
その様子を野次馬に紛れて遠くから観察している影がいた。
「大事じゃないですか、まったく。あの人は一体なにをしているのやら」
少年は、そう言いながらも、その口元は小さく弧を描いている。
「あなたはそう言ったことのないようにお願いしますよ?」
流し目で隣に向かって言う少年。そこはパーカーのフードを深々とかぶりうつむいたままの男がいた。
「…………」
フードの男は何も言わず、何も動きを見せず、ただ突っ立っているだけ。
「聞いてますか? 黙っていると勝手に理解したものだと仮定して進めていきますよ?」
「…………」
フードの男は全く反応を見せず、かと思うとおもむろに踵を返し、歩き出した。
「……やれやれ、先が思いやられますね、これでは」
少年は肩を肩をすくめて男の後を追う。そのまま二人は人込みから離れていった。
「ふっかーつ!!」
校内で最も沈黙を重んじる空間、図書室に場違いな声が響く。声を上げた本人である空は大手を広げて己が健康体をアピールする。
「おめでとうございます」
「いやーおめでとう」
妙な空気に謎の拍手を送るは高音とセイン。幸いだったのは今が授業中の時間であるために人がいないということか。
「はぁ……」
その横で一人、鈴江の気は沈んでいた。
「どしたよ鈴江! 元気が足りないぞ!」
「退院した次の日にまた病院に逆戻りしたらそうもなるだろ……」
気だるそうにいう鈴江。先日公園で戦闘を終えた直後に気を失った鈴江はそのまま病院まで緊急搬送されたのだった。
「しかも理由が
自嘲気味に目を覆う鈴江。
病院に運ばれてしかるべき治療を受けた後。セインに、
『ゴメンゴメン、言うの忘れてたんだけどあれ体力管理ちゃんとしないと最悪死んじゃうからそこだけ気を付けてね~』
と言われ鳩尾(みぞおち)に拳を叩きこんだ光景が皆の頭によみがえる。
「普通なら『すごくお腹が減る』くらいで済むんだけどねー、ほら鈴江病み上がりだったし」
手をおばちゃんムーブで世間話でもする調子でいうセイン。
「あー、確かに帰った後すんごいお腹減ってた! でこっそり色々食べた!」
「……ていうかお前は何もなかったのか? 帰った後」
合点が言った様子で声を上げる空に、鈴江はふと生じた疑問を投げる。
「ん? あーえっとね、
「……お前の関係者が本当不憫でたまらない」
けらけらと笑う空に鈴江は目を覆いたくなりながら、大きくため息を吐いた。
「まあとにかく! 無事に二人とも戻ってきたわけだし、今はそれを喜びましょうよ!」
対象の反応を見せるそれぞれにセインが声をかける。つづけて展開した光の中からガチャガチャと音を鳴らしながら、個人用のホワイトボードを取り出した。
「用途が完全にガラクタ入れだな、お前のそれ」
「さて、いまこうして有志が三人、ここに集ったわけだけれども! 今後の事を話し合うその他諸々も含めて今度の日曜にみんなで『エオン』に行きたいと思います!」
エオンモール。その名を全国に轟かせる大型ショッピングモール。その多様性から都市郊外の住民からは半ば神聖視されている場所である。
「はい! 質問でありますセっちゃんどの! 何故にエオンなのですか!」
「はい空ちゃん! いい質問ですね!」
(うるせぇ……)
(元気だなぁ、この人たち……)
「それは……『エオンに行けばなんでもある』からよ!!」
図書室内に係の生徒が居ようものなら、不味いものを食わされた齧歯類(げっしるい)のような顔をされるであろう騒音をまき散らしながら、セインはどや顔で言い放った。
「横着なじいさんか」
「……って茂道のじっちゃんが言ってた!」
「じいさんだった……」
もはや勢いだけで話が進んでいく光景に誰も釘を刺せぬまま、さらに話は進んでいく。
「というわけで日時は次の日曜! 集合時間、場所は追って連絡! 以上!」
矢継ぎ早に言うとセインは宙に浮き、部屋を後にしようとする。
「なんでそんなに焦ってるんだお前は?」
「もうすぐ『相方』の再放送が始まるのよ! じゃ、私先に帰るから!」
「ああ、そう……」
セインの剣幕に圧倒され鈴江はそうとしか言えなかった。
「……行っちゃいましたね」
「ああ」
セインが帰った後流されるままだった高音はポツリとつぶやいた。
「さーてと! どうせこの後は昼休みだし早めに購買いって昼ご飯買ってくるか!」
まず最初に動き出したのはやはり空だった。
「高音ちゃんも行こー?」
「あ、はい!」
「…………」
高音が慌ててパタパタとそのあとをついていく後ろで、鈴江はキーホルダーと化しているそれをじっと見つめていた。
(茂道……実在したのか……)
「ヴェェエクッショイィぃああ! ちくしょう!」
「おじいちゃんクシャミおおきい」
「おお、すまんな桜花」
「どうしたの? カゼ?」
「うーん、いや、誰かが噂しとんのだろ」
「ふーん。あ! もしかしてセインかな?」
「かもしれんなぁ、あの娘今頃どうしとるのか」
「だいじょうぶだよ! はだかでもげんきだったし」
「……頼むから真似だけはせんでくれよ?」
どこかでそんな会話が交わされていた。
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