Stage3「エオン編」

S3-1「Time is money」

『――えー、次のニュースです。四年前、公園の池で遊んでいたのを最後に行方が分からなくなっていた少女が遺体で発見されました。遺体は現場から数キロ離れた河川の底から発見されたとのことですが、遺体の状態が事件発生当時と全く変わらぬ姿で発見されたとのことで、この事について警察は――』


「…………」

 やや小さめの音量に設定され、共有スペースに置かれたミニテレビ。場内の一角に揃い立つ本棚に所狭しと詰め込まれた漫画本。いくらでも持っていけとばかりに、安く量産された飲料が詰め込まれたドリンクサーバー。室内に並ぶ一人用に仕切られた個室の数々。その中から聞こえる。カチカチ、カタカタと言う無機質な音。

 俗に言うネットカフェと呼ばれる場所。少年は積まれたカップをカタリと手に取り一杯のコーヒーで器を染めた。

「…………」

 ポケットの中で、小さな震えを感じた少年は、取り出した小さな液晶画面に表示された内容に小さくため息をついた。


 無言のままコーヒーを片手に店内をしばらく歩いた少年は、一つの個室の前で足を止めた。開いた方の手で前の薄い扉を小さく三回叩く。

「僕です、入りますよ」

 そう言うと中からの返事を待たずに個室へと入る。

 部屋へ入った少年の前には一人の男が椅子に座って背をこちらに向けていた。

「……ん?」

 少年が扉を閉めてからようやく気配に気づいたのか、男は椅子とともにその身を半回転させる。対面することで姿を見せた男は、座ったままでも判る、並の男性を頭ひとつ抜かしてしまいそうな長身に、整った顔に肩まで伸びた黒髪は一見するとホストのような印象を受けるが、その目が放つ雰囲気は決して客をもてなす人間のそれではなかった。

「お前か……」

 低い声で男が呟いた。男は少年を一瞥するとすぐにまた背を向けてしまう。

「他に誰だと思ったんですか? 一応ノックと声は掛けたんですがね。ところで……何をご覧になっているんですか?」

 そんな男に軽口を叩きながら少年は男が向かっているディスプレイをチラリと覗く。

「……今季一番の駄作と言われている新作アニメだ」

「それはまた……わざわざ駄作と言われている物を見なくても……」

「他人の評価はあくまで他人の尺度で測った物にすぎん。この目で確認するまでは微塵にもアテにならん」

「なるほど、それは良い心掛けですね。……で、面白かったんですか?」

 少年が一番の核心に触れた瞬間、男の手が止まる。男はしばらくの間沈黙を続けると、フンと鼻を鳴らし、口を開く。

「時間という物は……資源だ」

「はい?」

「たとえ時間を無限に与えられた、永遠を生きる存在だとしても、その一瞬一瞬とは生きる上で一度しか訪れないものだ」

「…………」

「時間という物が如何に貴重で尊いものだったか、思い知らされた……」

「要は面白くなかったんですね」

 少年は苦笑いを浮かべる。どうにもこの目の前の男は詩的と言うべきか哲学的と言うべきか、面倒くさい言い方をするものだと手に持っていたカップを口につける。

「……で? わざわざこんな所に来たということはそれなりの用があっての事じゃないのか?」

「……ええ、まあ。二つ……いや、三つほど報告がありますね」

 カップから漂う安っぽい香りにわずかに広角をあげながら少年は淡々と言う。

「まず、は無事関西入りしたそうです。今のところ特に問題は無いようなので大方予定通りいくでしょう。次にですが、なかなかの仕上がりを見せていますよ。この分なら近々実戦投入も可能でしょう」

「そうか」

 少年の報告に素っ気なく返事をしながら男はその手を止めることなく画面と向き合っている。

「最後に……S県内のプラントが二つ消滅しました」

 瞬間、男の動きが止まる。なんだと、と先程までとは異なるトーンで視線を少年へと向ける。

「消滅後に現場へと行ってみましたが、微かに魔力の痕跡が有りました。おそらく、破壊されたのかと」

「……俺たちの邪魔をする奴がいる、ということか」

「ええ、おそらく……何者かはわかりませんがね」

 男の鋭い視線に少年は表情を崩さずにそう言うとふたたびコーヒーを口に含む。

「……、あの男を引き連れてS県まで行け。そこで真相を確かめてこい。もし仮に俺達にとって邪魔な存在がいるなら必ず向こうから来るはずだ」

「あなたはこないんですか?」

「俺には別用がある」

 そう言うと男は立ち上がり、個室から出ていく。

「どちらにいかれるので?」

「……バイトだ。部屋を使いたければ使え、あと三十分は残ってる」

 背を向けたままそうとだけ言うと男は店の外へと歩いていく。

「……、期待してますよ、僕は……あなたの事に」

「……フン」

 振り返ることもなく、男はガラスの扉の向こうへと消えていった。その姿を見送りながら少年は人知れず笑みをこぼした。

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