S2-23「還る場所」

「フフフフフ……」

「あ……ああ……鈴江……」

 ぐったりと項垂れる鈴江。その姿を見て少女は口元を小さく歪ませた。

「つぎはキミ……」

「ぐっ……」

 少女の黒い瞳が空を捉える。空の足は本人の意思とは無関係に後ろへと下がろうとする。しかし、逃げることはできない。空の意識が倒れたままの鈴江から離れることを許さなかった。

「だいじょうぶ……みんないっしょ、わたしとおんなじところにくれば……」

 ――ガサッ……

「――?」

 今にも空へと攻撃を仕掛けようかという所で、少女はその小さな耳に届いた音に動きを止める。

「グフッ……はぁ……はぁ……」

 少女が目を見開く。視線の先にはよろよろと桜花を支えにしながらも、確かにその二本の足で立ち上がる鈴江の姿があった。

「鈴江ぇ!」

「……なんでいきてるの? よけさせずに、たしかにあてたのに……」

「さあな、なんでだろうな……」

 肩で息をしながらも不敵に笑う鈴江の姿に少女の表情にうっすらと怪訝さがこもる。

「……わかんない、でもいいや。もういっかいコロシテやる」

 考えるだけ無駄ということか、少女は元の無表情に戻ると表情とは裏腹に、風を切る音を低く鳴らしながらその触手を鈴江へと振り下ろす。

「そう簡単に行くと思うなよ!」

 一打目は回避、しかし避けた先にすぐもう一本の触手が迫る。

「させるかぁ!」

 振り下ろされた触手に空が横から突撃する。衝撃を受けた触手は大きく狙いを外し、勢いのまま体勢を崩す。

「鈴江! 大丈夫!?」

 ここでようやく空が鈴江の元へたどり着く。

「……大丈夫だ。それよりも空! 今から私が言うとおりにしろ!」

「え、なに……はぁ!? いやさすがにそれは無理っしょ!?」

 聞いて驚愕する鈴江。その背後では敵がすでに体勢を元に戻そうとしている。

「急げ! こうなったら一瞬で決めるしかない!」

「あーもう! 後で文句非難その他諸々言われても絶対聞かないかんね!!」

 二人がやり取りをしている間に少女は体勢を立て直しこちらを睨みつけていた。

「もうゆるさない……」

 少女が言うと魔力が大きなうねりを上げて高まっていく。最初と同じように二つの球体が徐々に形成されていく。

「急げ! 空!」

「分かってる! はぁぁぁぁ……!!」

 少女と相対する鈴江の後方で空を中心に風が渦巻く。その力は徐々に高まっていき、やがて少女のそれと同じように目に見える程の翠色のオーラとなって空を包み込んでいく。

「血捨ぉ!!」

 血捨を自身の後方へ向け、爆発する突風によりさながらロケットミサイルのように飛び出した空は真っ直ぐ鈴江へと突っ込んでいく。

「いっけぇぇぇぇ! 鈴江ぇぇぇぇ!!」

 二人が衝突するその瞬間になんと空は鈴江を後方から思い切り蹴り飛ばした。

「なぁ!?」

 その光景に少女も思わず声を上げる。そして、鈴江が蹴り飛ばされた方向、それは紛れもなく彼女の本体がある方向。

「これで決めてやる!」

「っ~~! うちおとしてやる!」

 向かってくる鈴江に対して水弾を炸裂させ迎え撃つ。致死性の豪雨が鈴江に降り注ぐ。

(来た! 今だ!)

 鈴江は飛んでくる水弾の嵐を前に桜花を構える。剣を覆うように魔力のオーラが湧き上がっていく。するとそのまま光に包まれた剣を自分の目の前を遮るように振り上げる。

 すると鈴江に向かって飛んでいたはずの弾が突如軌道を変え、彼女のすれすれの位置を飛んで抜けていった。

「なにぃ!?」

「即席の防御壁だ!」

 鈴江は迫る弾丸を前に魔力波を発射する要領で桜花に力を集中、そしてそれを発射せずに自分の目の前で振り上げることで魔力の壁を展開させた。曲がったように見えた水弾は現れた壁によって弾かれたのだ。

 そのまま弾幕を抜けるとついに敵の目の前まで接近する。

「くらえぇぇ!!」

 魔力波がスライムの中心へ向かって放たれる。想定外の事態に少女の防御は間に合わない。攻撃は確実に敵本体をとらえた。

「うわー! ダメだ! 届いてない!!」

 が、駄目。攻撃は確実に敵の中心のを捉えた。しかし、肝心の中にいる少女には届いていなかった。

「ア、ハハ……アハハ! ざんねん! ザンネン! アハハハハ!!」

 やや遅れて状況を把握した少女から笑いがこぼれる。思わぬ逆転に次ぐ逆転劇、かに思われたが、

「まだだぁ!」

 否、それは間違いだった。少女を覆うスライムに先ほどの魔力波は深く亀裂を生んでいた。そして、鈴江はなんとその亀裂に思い切り手を突っ込んだ。

「――!?」

「くぅぅ!」

 突っ込まれた鈴江の手はスライムの中である一点を目指して突き進む。そして、ついに掴んだ。

「――!? やめろ! はなせぇ!」

 それは

「離さない!! そこから出たいんだろ! 帰りたいんじゃないのか!!」

「――っ!! ちが……う、チガウ! わたしは! ワタしはァ!!」

「違わない! なら何でんだ!!」

「――っ!!」

 腕をつかまれ叫ぶ少女の顔は一目でわかるほどにグシャグシャに歪んでいた。

「そこから出してやる! 帰してやる! 今助けてやる!! だから! 私の手を取れぇ!!」


 ――コロセ……――チガウ……

 ――ヒキズリコメ……――チガウ……

 ――ミンナイッショ……――ちがう! 

 ――タノシイタノシイタノシイタノシイ……――違う!!


「わたしは……わたしはぁ!! うわぁぁぁぁ!!」

 錯乱、悲鳴を上げると共に少女を覆うスライムが滅茶苦茶に暴れだす。水弾があちこちで構成され、辺りはまるで空爆をうけるかのように破壊されていく。

「ぐぐぐぐぐ……くっそぉ! この!」

 少女を引きずり出そうと懸命に引っ張るが、踏ん張りが効かず、逆に徐々にスライムの中に引きずり込まれていく。

「うあぁぁぁぁ!!」

 尚も暴れ狂う少女、もはや一刻の猶予もない。

「鈴江ぇ!」

「――! 空!」

 後方から空が文字通り飛んでくる。空は鈴江の腰に片手を回すともう片方の血捨をスライムの方へと向ける。

「いい! その子の腕絶対に離しちゃだめだよ! 絶対だからな!」

 念を押してなお押すと魔力を構えた血捨の先へと集中させる。

「最大出力だ!! でぇぇぇぇ!!」

 その先からもはや爆風といってもいいほどの風が放たれる。その力は推進力となってスライムから二人を引きはがそうとする。

「ググググ……くうぅ!!」

 手がしびれる程にあらん限りの力で少女をつかむ鈴江。その腕がついにスライムの中から抜けようとしていた。

「ぐぅうわぁぁ!!」

 そしてついに少女の体がスライムから飛び出した。三人はそのまま池の外まで余る推進力に任せて吹き飛び、地面を転がることでようやくその動きを止めた。

 ――グゥオォォォォ!!

 突如地響きのような何かの叫び声のような音が辺りに響き渡る。鈴江と空が慌てて確認すると、先ほどまで少女と一体化していたスライムがバラバラに分解し、塵となって消えていくのが見えた。

 やがてスライムが完全に消滅すると音は止み、辺りはようやく静けさを取り戻した。

「…………」

「…………」

「ふへぁ~……」

「ようやく終わったか……」

 緊張の糸が途切れ、脱力する二人。引き抜いた少女は鈴江の体の上で気を失っている。

「……おわったんだ」

 するとそこへ少女を助けるよう依頼した少女の分身が姿を現した。

「お前……」

「……これで、このコも、わたしたちも、みんなかえれる」

 少女の分身がそういうと少女とその分身の姿が淡く光りだした。

「……おねえちゃんたちのおかげでこのコはすくわれた。これでようやくかぞくのところにかえることができる」

 眠る少女の手を取り、とても優しく、安心したような声でいう。

「このコはまだねむってる。だからこのコとみんなのかわりにわたしからいうね」


 ――ありがとう……


 少女がそういうと淡い光で包まれていた二人は光の塵となって夜の闇へと消えていった。


「……行っちゃったね」

「……ああ」

 二人が何も言えずその場に座り込んでいると、地面が突然音を鳴らして揺れ始めた。

「ええ! 何!?」

「崩壊が始まったみたいだな。たぶんほっとけば前みたく戻れる」

「えらい落ち着いてますな姐さん!?」

「……だって何もできることがないからな」

 そうこう言う内に揺れは視界をかき乱すほどに大きくなり、やがて目の前は真っ暗になった。




「…………んん」

「はっ!」

 二人が目を覚ますとそこは公園のベンチの上だった。なぜこんなところに、と思っていると二人の頭上から影が差した。

「お、起きた! おはよう、二人とも!」

「よかった! 気が付いた!」

 そこにいたのはセイン、そして高音だった。

「本当に良かった! あのまま気が付かなかったらどうしようかと……」

「いやー、大変だったみたいねー。こんなにボロボロになっちゃって~」

 焦燥しきってもうすでに半泣きの状態になっている高音に対してセインはケラケラと笑っている。

「……せぇ」

「……ん?」

「おせぇよ! どうせ来るならもっと早く来いよ!!」

 セインのその態度に鈴江の怒りが爆発した。

「んあー……」

 鈴江がセインに怒りをぶちかましている横で、寝ぼけ眼の空がのっそりと体を起こした。

「あ……えと、大丈夫ですか?」

「ん~? 君誰?」

「え! えっと、櫻笛高音と言います……」

「んー……ああ! 君が高音ちゃんか!」

 高音の名前を聞くや否や勢いよく立ち上がる。

「アタシ加藤空。空ちゃんでいいよ!」

「うえぇ!? あ、よっよろしくおねがいします?」

 さっきまでの夢うつつな状態はどこへ行ったのか、高音の手をつかんでブンブンと振り回す空に高音は顔を引きつらせる。


「はぁ……はぁ……」

「セイセイセイ……落ち着きなさいよ」

 そのころ、ひとしきり文句を言い終えたのか鈴江が息を切らしながらベンチへと座り込んだ。

「いや、その、私も悪かったと思うわよ? でもほら……鈴江?」

 どうにか鈴江をなだめようと言葉を紡ごうとしたところで何やら鈴江の様子がおかしいことに気づく。さっきまで頭に血が上って起こっていたはずなのに、すでに顔面は蒼白で息は依然荒く、目もどこか虚ろだ。

「なん、だよ……はぁ……はぁ……」

 焦点の定まらぬ目でセインを、正確にはセインのいるであろう方向をみて立ち上がろうとする。だが、

「あっ……」

 立ち上がろうとしたそのまま、鈴江は力なく地面に倒れ伏した。

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