S2-22「独り一人ヒトリ」

「家まで帰す、だと?」

 怪訝な表情でそういう鈴江。少女はまっすぐ鈴江を見つめていた。

「あのコはなんだ。ずっといえにかえりたがってる、でもどうすればかえれるのかわからないんだ」

 くるりと背を向けてつぶやく少女、その姿は先ほどまでのような舌っ足らずのいかにも子供といった様子ではなく、どこか達観したものがあった。

「わたしたちは、そんなあのコがつくりだしたマボロシ。かえることのできないあのコがこどくをまぎらわすためにマリョクによってつくりだされたそんざい」

「…………」

「あのコがいなくなれば、わたしのきえる。でも、それいじょうにあのコのつらさがわたしにはわかる。あのこのこころのくるしさが、マリョクであるわたしのなかにもやどってる……」

「…………」

「わたしはあのコのココロのいちぶ、わたしのなかのあのコがさけんでる、かえりたい! って……」

 そう言うと少女は再び二人の方へ向き直った。

「わたしのおねがい、きいてくれ……る?」

「……ん?」

 少女の声が不自然に詰まった。その視線は鈴江のすぐ隣へと向けられている。何事かと横目で見やると、眉間にしわを寄せ、まるで数学のテストで公式を必死こいて思い出そうとしている生徒のような顔をした空がいた。

「エーつまり? 君はあの子だけど、あの子じゃなくて? でもあの子の気持ちは分かって? 魔力が君で心が君で? 心がつながってホウセイマイフレンド?」

「……あのコ、マイフレンド、かえりたいホーム、たすけろ、ガッデム、おーけー?」

「ああなるほど、オーケー!」

 つかえが取れたような晴れ晴れとした笑顔で空は親指を立てた。

「自分で聞いておいてなんだこの理解力の無さは……」

 聞こえないほどの声で鈴江は小さくそう呟いた。

「で、わたしのおねがいきいてくれる?」

「…………」

「……ねえ鈴江、この子のお願いきいてあげようよ」

 どうしたものかと沈黙していた鈴江に声をかけたのは空だった。

「空?」

「さっきさ……あの子に捕まったときにほんの薄らとだけ見えたんだけど、あの子……

 その顔はさっきまでとはかけ離れた憂いに満ちていた。

「アタシはバカだから、そういう魔力がどうとかいう話はあんまり理解できないけど、あの子が苦しんでるのは凄くよくわかる。ずっとこんなところで誰にも見つけてもらえずにいるなんて、アタシだったら耐えられない……」

「……分かった」

 暫くの沈黙の後に、鈴江は静かにそう呟いた。

「――! 鈴江ー!」

 聞くや否や空の顔はパアッと明るくなる。

「ただ……助けると言っても具体的にどうすればいい?」

 しかし、鈴江の顔は依然厳しさを保ったまま、少女の方へと向けられる。

「……あのコはいま、ふくれあがったかんじょうがマリョクのせいでしてる。あのコのからだとマリョクをひきはなせば、あのコをたすけられる」

「魔力ってのは要はあのスライム?」

 空の言葉に少女はこくんと頷く。その様子を見ながら鈴江は顎にてを当てる。

「よし、分かった」

 しばらくすると何かが鈴江の中で填まったのか、号令をかけるようにそう言った。

「行くぞ空、あいつをさっさと家まで送り返すぞ!」




 ――暗イ……寒イ……ココドコ……ナンデ誰モイナイノ…………一人ニシナイデ…………


 ――家ニ……帰シテ……




「…………」

「…………」

 茂みの中、鈴江と空は池の様子を窺っていた。既に敵の姿は水上にはなく、辺りは静寂そのものだった。

(……いいか空、作戦はさっき言った通りに行くぞ)

(あれホントにうまくいくの?)

(わからん、でも今思い付くのはそれくらいだ。頼むぞ!)

(ヘーイ)


「っ! 来たぞ!」

 そうこうしていると二人の目の前に先ほどのスライムの怪物に包まれた少女が現れた。少女は索敵するような素振りで周囲を窺っている。

「行くぞ、空!」

 鈴江の号令と共に二人はそれぞれ池を中心に左右に展開した。少女はそれに気づくと、まず空の方へと狙いを定める。二本の触手が空を挟むように振り下ろされる。

「当たんないよ!」

 上空へ飛翔することにより、それを躱す。着地するとそのまま勢いを殺すことなく駆け抜ける。

「てえぇぇぇ!!」

 尚も空を狙おうとするスライムの後方から魔力波が飛んでくる。着弾するとその効果によりスライムの表面が軽く消滅する。

「…………」

 何も言わず、少女の生気のない目が二人を見やる。その時点で鈴江と空は少女を挟み込む形で池の対岸に陣取っていた。

(ここまではいい、後は……)

「……どうしてなの?」

「――っ!」

 次の一手に踏み出そうとした時、少女が小さくつぶやいた。

「どうしてみんな、わたしにイジワルするの……」

 まるで不鮮明、なのに脳に直接語り掛けてくるような強い圧力。動けない、何かが足を踏み入れてはいけないと警告する。危険であると語り掛けてくる。

「もう、いやだ……ずるい、みんなズルい! どうしてわたしばっかり! わたしだけひとりで! ズルイズルイズルイズルイズルイズルイ!!」

 少女を中心に何かがうねりを上げて高まっていく。それはもはや目に見える程のオーラとなって少女を包み込んでいく。

「あれは……魔力、なのか?」

 ゴウゴウと燃える炎のように勢いを増す魔力は二つに分かれ、球体の形にまとまる。

「みんなおなじにしてやる……みんな! わたしとおなじところに! !!」

 少女が叫ぶとそれまで少女の周りに漂っていた球体が破裂、まるで花火のように周囲へと炸裂した。

「なっ! ぐぅっ!」

「いぃひぃぃぃ!?」

 目の前から降り注ぐ無数の弾幕、空は悲鳴を上げながらその俊敏さで間一髪避けるが、鈴江はよけきれずその弾をもろに食らってしまい、後方へと飛ばされる。

「がはっ! 痛ぅ……」

 飛ばされた勢いそのままに、背中から木に叩きつけられる。

「にがさない……! ニガサナイ!!」

「――っ!!」

 苦痛に顔を歪める鈴江に追い打ちをかける形で少女を取りまくスライムの一部が弾丸として放たれる。

「くっ! ……てぇぇぇ!」

 迫りくる水弾を前に桜花から弧を描いて魔力波が放たれる。それは、無数の弾丸の内数個を破壊した時点で相殺、消滅してしまう。だが、その破壊によってできた僅かな隙間を縫って水の弾幕から何とか抜け出すことに成功。

「鈴江ぇ! こっち!」

「させない!!」

 向かい側から空の声がする。鈴江のもとに来ようとするが、敵から新たに放たれた水弾がそれを拒む。

 敵の意識が一瞬空の方へと逸れた隙に鈴江は空の元へと駆け出す。

(手数でもパワーでも負けている! もうこうなったらをやるしかない!)

 全速力で走る、しかしその足は突如何かに引っかかりもつれてしまう。

「つかまえた……」

「な!? しまったぁ!」

 その光景に血の気が引く。引っかかったのではなかった。鈴江の足には敵の触手ががっしりと巻き付いていた。

「鈴江! うおわぁ!」

 慌てて鈴江のもとへと体が向くも、他の触手と水弾がそれをさせない。

「ようやくつかまえた……みんなわたしとおなじになっちゃえ……! みんな……みんなしずんじゃえぇぇぇぇぇ!!」

 放たれる水弾。足に巻き付いた触手は決して避けることを許さない。

「――っ」

「鈴江えぇぇぇ!」

 木々の間から巨大な水柱が立ち上がった。

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