S2-21「潜む者」
「着いたね! ここが……」
「はぁ……
森と化した公園の最奥、鈴江と空はそこにある、鈴江にとってはこの空間への入り口となった池にたどり着いた。
「……鈴江大丈夫?」
「お前のせいだよ!」
疲労困憊といった様相の鈴江が空を睨む。
結局あの後、会う敵出会う敵手当たり次第に空が交戦し出したせいで鈴江は予想以上に消耗していた。
「えへへ……」
何故か照れながら頭をかく空に鈴江はガックリと肩を落とした。
「それにしても、着いたはいいが……」
「何にもいないね」
二人は周囲を見渡しながら言う。
「本体が潜んでいるとしたらここだと思ったんだが……」
当てが外れたか、そう思いながら顎にてを当てる鈴江。すると、そんな鈴江を背に空が池の縁へと近づいていく。
「んー? 水の中には何かないかね?」
空がひょっこりと
(いや……私がここに入った時、もとの場所には確か……)
鈴江の記憶が予想を確立させようとした時、空の足元、正確には覗き込んだ水面から不快な水音が鳴った。
「空! 今すぐそこから離れろ!」
「――んなぁ!?」
大声に驚く空。しかし、その後一秒を待たずして彼女はさらに驚愕することになる。空の足元から半透明の触手状の液体が空の足をつかもうとしていた。
「血捨!」
咄嗟の判断で血捨を地面に叩きつけ、そのまま後方へと飛ぶ。しかし急なことで勢いを制御しきれず、そのまま地面を転がる。
「空! 大丈夫か!」
服を汚しながらゴロゴロと転がる空の元に鈴江が駆け寄ってくる。
「うぇ……きもちわる……頭バカになりそう……」
「それ以上下がらないから大丈夫だ安心しろ!」
「ひどい!?」
ショックを受けながらのそのそと起き上がる空を背に鈴江は桜花を構える。すると前方の池の中心地からブクブクと音を鳴らしながら何かが浮上してきた。
「もうちょっとでつかまえられたのに……どうしてにげるの……」
「「――!!」」
そこに現れたのは人など軽々く飲み込んでしまいそうな巨大な球体のスライム、そしてそれに包み込まれるように存在する一人の少女だった。
「鈴江……」
「ああ、間違いない。あの子が
鈴江はその少女に見覚えがあった。かつてこの公園の池で行方不明になった少女、彼女の姿は紛うことその少女そのものだった。
「にげないで……こっちにきて、いっしょに
「――っ!」
少女のか細い声、しかし耳元で蠢く虫の動きのように体を突き抜け、寒気を走らせるその声を皮切りに少女を包み込むスライムから六本の触手が展開される。触手はさながら巨大な鞭のように二人へと襲い掛かってきた。
「空! よけろ!!」
鈴江が声を張り上げる。二人は振り下ろされる触手から左右に分かれるように飛び、回避する。叩きつけられた場所は見事なまでにそこだけが綺麗にえぐれていた。
「――でぇぇぇ!」
左方向に回避した鈴江が叩きつけられた触手を切りつける。切られた触手は抵抗するように他の触手を伴って鈴江を追尾する。
襲いかかってくるそれを鈴江は手当たり次第に切り刻んで行く。
「クソ! やっぱりだめか!」
しかし、切られた部分はあっと言う間に再生し、元の姿を取り戻していた。
「やはり大元を叩かないと……」
末端の触手を攻撃しても意味はない。それはやらずとも薄々はわかっていた。しかし、今の鈴江にはそれしかできなかった。
敵の本体は半径七メートル程の池の中心に陣取り、全く動く気配がない。本丸の安全を確保し武器だけを外に出し攻撃する、まさに籠城状態。たった七メートルされど七メートル。水を間に挟まれるのがこれほどまでに人間の進行を妨げるものとは鈴江は夢にも思わなかった。
「でやあぁぁぁ!」
攻めあぐねる鈴江の反対方向から空が池の中心に向かって飛び出した。その姿はまさに空をかける一羽の鳥。
水による圧倒的防壁、しかし鳥であればそんなものは通用しない。空を飛ぶものにとって地表の水などただの水飲み場でしかない。
「てぇぇぇ!」
空の打撃が中心のスライムに叩き込まれる。さらにそのまま魔力を解放、突風による追撃を行う。
「あれぇ!?」
だが、しかし敵は全くの無傷。叩き込んだ衝撃はすべて半液体の中には吸収されてしまった。
鳥は優々と城壁を飛び越え本丸へとたどり着いた。しかし、鳥では城そのものを破壊することは不可能だった。
「つかまえたぁ」
「いぃ!?」
叩き込んだ場所からズブズブと中へ引きずり込まれる。
「うわぁー! わー! はなせー!」
慌ててじたばたと暴れるももう遅い。そのままどんどん中へと取り込まれていく。
「てぇぇぇ!」
「ギャン!」
突如飛んできた衝撃波によって空はスライムから解放、水の中へと落とされた。
「空! 大丈夫か!」
衝撃波の正体は鈴江が放った魔力波だった。
「ゲホ、ゲホ! うぇ~……」
自力で這い上がってきた空に鈴江が駆け寄ってくる。落ちた際にいくらか水を飲んでしまったようだ。
空の背中をさすっていると池の方で大きな水音が鳴った。
「……やっぱりここからじゃ大したダメージにはならないか」
池の中心には先ほどと大差ない状態で敵本体が佇んでいた。鈴江の魔力波で受けたダメージもすでにほぼ回復している。
「空! 立てるか? 一度退くぞ!」
鈴江はよろよろと立ち上がる空を連れてその場から逃走した。
「――~~……」
その時背後で少女の声がした。しかし、鈴江にはそれがなんと言っているのかは聞こえなかった。
「……追ってきてはないか」
池から退避した二人は森の中のやや開けた場所でその足を一度止めた。
「どうやらあいつはあそこから動かないというより
「んーでもどうすんの? こっちからの攻撃が碌に通用しないんじゃジリ貧じゃないの?」
「…………」
「…………」
何も思い浮かばずにそのまま黙り込んでしまう二人。
「フンフ~ン」
「ん?」
そんな中に割り込んできたのは何ともかわいらしい鼻歌だった。
声のした方を見ると何やらガサガサと音を鳴らしながら茂みのから小さな影が現れた。
「あ、おねーちゃんだ!」
影の正体は小さな少女だった。ただし、その目は黒く塗りつぶされたようにぽっかりと闇が広がっている。
「お前は……」
鈴江を見るなり、ややはしゃぎ気味で寄ってくる少女を鈴江は知っていた。その少女は鈴江が桜花を取り戻すために参加させられたかくれんぼにて、真っ先に鈴江に見つかった少女だった。
「おぼえててくれたんだ!」
少女は嬉々として鈴江の周りをぴょんぴょんと跳ね回る。
「……お前はなんでこんなところにいるんだ? ほかの連中みたく私らを襲いに来たのか?」
落ち着いた声で鈴江はいう。攻撃こそしていないが桜花は戦闘態勢のまま鈴江の腰部分に収まっていた。
「ううん? ひまつぶしてた」
「暇?」
眉を上げて意外そうに言う鈴江。すると少女はそんな鈴江の様子を知ってか知らずかニコニコと笑う。
「うん、もうすぐここのこうえんも
「公園が閉まる?」
少女の発言に鈴江はまたしても理解ができないといった様子で言う。
「
「あの子?」
「うん、おねーちゃんたちもあったでしょ? いけのなかにいるこ」
「…………」
「……ねえ」
少女の言葉を理解しようと頭を回転させる鈴江。すると空がおもむろに口を開いた。
「さっきからあの子あの子ってまるで他人みたいに言ってるけどさ、君ってあの子の一部じゃないの?」
「…………」
すると少女の表情が一変、先ほどの明るさがウソのように消えてしまった。
「はんぶんあってる。……でもちがう」
「――?」
「…………」
まるで意味が分からないといった様子で、空はちらりと鈴江を見る。鈴江は黙って少女の方を見つめている。
「……ねえおねーちゃん。わたしのおねがいきいてくれる?」
すると少女は意を決したように口を開いた。
「あのコを、けさないであげて……あのコを、いえまで
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