S2-20「水泡」
「…………」
淡く光る塵が散っていく、その中心に残心を取り、一人の少女が立っていた。
やがて木々の鳴る音もなくなり、場は静寂に包まれた。
「……ふぅ~」
大きく息を吐く空、緊張の糸が切れたように脱力する。
「……空」
「おー! 鈴江!」
空の元へ鈴江が歩み寄ってくる。しかし、その顔は険しいものだった。
「お前、
空の腰部にまかれたベルトに収まっている血捨を指し言う鈴江。
「コレ?
「せ、セっちゃん?」
驚くほど呆気らかんとした態度から出てきた名前に、思わず聞き返してしまう。
「セインって言ってたね、だからセっちゃん。鈴江も知ってるって言ってたよ」
話を聞けば病室で空が意識を取り戻した時、どういうわけかベッドのすぐ側に佇んでいたセインと邂逅。そのまま血捨を与えられ、口頭で教えられた場所だけを頼りにここまでやってきたとのこと。
「お前はできれば巻き込んでほしくなかったんだけどな……」
思わず頭を抱えてしまう鈴江。
「えー、アタシそんな頼りない?」
神妙な顔の鈴江に対して空は冗談交じりに笑いかける。
「そうじゃなくてだな……どうせお前の事だからこんな非現実的なことが実際に起こってるなんて知ったら、危ないとかどうとか考えなしに首突っ込みたがるだろ」
「もちろん!」
「自信満々に言うな!」
起伏の薄い胸を張って誇らしげに言う空。その様子を見て鈴江はため息を吐いた。
「お前な、わかってるのか? これ、下手したら死ぬんだぞ?」
「んー、でも私の他にももう一人、高音ちゃんだっけ? ていう子もいるっていうじゃん」
「そこまで聞いてるのか……あいつは、戦闘要員としてカウントしないし、それにそれを抜いたとしても自分の意思でやると覚悟を決めてる」
「アタシがここに来たのも自分の意思だよ?」
「そうじゃなくて……」
ああ言えばこう言い返せばまた別の口上が跳ね返ってくる。いつまでも終わらぬ平行線のまま二人の押し問答は続く。
「鈴江が言ってること、わかるよ。それにアタシのこと心配してくれてるってことも。……でもさ、なんか
それがいくらか続くと、それまでどこか真剣味にかけていた空の口調に変化が訪れる。
「不公平?」
「うん、鈴江はアタシの事心配してくれてるけど、アタシだって鈴江の事心配なんだよ?」
空がいつになく真剣なまなざしでそう言う。その姿に鈴江はやや驚いた表情で押し黙る。
「アタシが学校で襲われた時、鈴江夜遅くに学校まで来て命がけで助けてくれたんでしょ?」
「……セインに聞いたのか」
「うん。……それなのにさ、アタシは何もしないで元の生活に戻って何もなしってさ、不公平だと思わない?」
「…………」
「鈴江、アタシたちって友達でしょ?」
「……ああ」
「なら、鈴江に助けてもらったアタシが今度は鈴江を助ける番、違う?」
「……わかったよ」
目をそらしたくなるほど真っ直ぐな空の目に、鈴江はついに根負けする。
「……そのかわり、頼むから一人で変に突っ込んでいったりしないでくれよ?」
「大丈夫! そん時は鈴江に助けてもらう!」
「助けてもらわなくても大丈夫なように事を進めてくれないか!?」
話が終われば元通り、さっきまでの空気はどこへ行ったのか、空はいつもの調子でケラケラと笑っていた。
「…………」
「…………」
ザッザッと靴が土を鳴らす音だけが耳に届く。鈴江の提案により、この空間を作り出している敵本体を探すため再び森の中へと入った二人。森部分は外における実際の広さよりもかなり広く複雑になっていたが、おそらくの方向関係に差はないだろうということで、初めにこの空間へ入るきっかけとなった池へと向かっていた。
(お、前方に敵発見!)
いくらか進んだところで空がおもむろに声を発する。
(さっきの奴と同じような連中だな。空、ここはいったん気づかれないように迂回して……ん?)
戦闘を回避するために空へ声をかけようとして、気付く。鈴江の半径三メートル内に既に空はいない。
「ヒャッハー! 狩りの時間だぁー!!」
「人の話を聞けぇー!!」
両者心の叫びを隠すことなく最奥へ向けて進撃を開始した。
「ねぇ~今日これからどこいくの~」
辺りもすっかり暗くなって来た頃、人気のない道に女のねこなで声が吸い込まれていく。
「秘密っていってんだろ~マージ俺に任せとけって~の」
その女を片腕に、その身にはやや過多ぎみの金属のアクセサリーを鳴らしながら男は言った。
女性にとっては夜出歩くのはあまり気が進まないものだろう。しかし、そんなときに素敵な殿方がいれば一安心。守ってもらう側は強気男性に胸ときめき、守る側は女性に自身の力を示し、ギブアンドテイクで男女の健やかな愛を育てていくのだ。惜しむべくはそれを成しているのが言うところの残念な人間に分類される二人組だというところか。
「ちょっと~マジでヒントくらいくれてもいいじゃん~全然人いなくて怖いんだけど~」
女の声にやや戸惑いが混じり始める。暗くなったとは言え、まだまだ人々が眠るには早い時間だというのに辺りには全くと言っていいほど人気がなかった。
「大丈夫だって、いいとこ連れてってやるからよぉ~」
そんな様子を見てニヤニヤと品のない笑みを浮かべる男。
――コツリ……コツリ……
そんな二人の耳に、妙に響く音が届く。
(ん? なんだありゃ?)
男が怪訝な表情を浮かべ、見つめる先には高いハイヒールに超ミニのスカートを履き、ボディーラインがくっきりと浮かびあがった燃えるように真っ赤な衣装を身に付けた女性がいた。
(変な格好の女、時代三つ位間違えてんじゃねぇの?)
一目見てそんなことを考えていると、横にいた女も同じことを思ったようで、
「ねぇ~ちょっと~あれ見て~マジやばくない? ジダイサクゴ? ってヤツ~? イミワカンナイんだけど~」
と
「くく…… 言うなよ、俺だって笑いこらえてんのに」
「あら? アタシの顔に何かついてるかしら?」
するといつの間にかすぐ近くまで来ていた赤服の女が二人に対して話しかけてきた。
「いや、ついてないけど、クク……その恰好なにそれ面白ーい」
初対面の人物に対して臆せずに思ったことをたれながしていく品のない女。男はその横で笑いをこらえている。
「あら~よく言われるわね~、私は結構気に入ってるんだけどねー、やっぱり今はあなたみたいなのが
「ぶっ! ナウ……いつの時代だよ!
女の言葉についに男は噴き出してしまう。男の彼女も横でとうとう大笑いし始めた。が、
「――あ?」
赤服の女が突如としてその身にまとう空気を激変させる。
「おい……てめぇ今なんつった?」
「な、なん……――がっ!?」
あまりのその豹変ぶりに男が気圧された、その時、突然男が首元に巻いていた金属製のネックレス。それが男締め上げ、そして男を
「あの頃と何一つ変わらないうら若き見た目のこのアタシに向かって、いまてめぇなんつった!!」
「あ……g……ぐ……o」
徐々に上がっていく男の高度、ついに男は白目を向いて失禁してしまう。
「フン!」
赤服の女が手を横なぎに払うと、それまで地面に対して垂直に上昇していた男の体が猛スピードで赤服の女のかざした手の方向へと飛んでいく。
男の飛んでいく方向には一本の電柱がそびえたっていた。男の体はそのまま電柱にぶつかると生々しい肉の音を鳴らし、そのまま静止、
「ひぃぃぃぃぃやああああああああああああああぁぁぁぁ!!」
男の彼女がつんざくような悲鳴を上げる。女の視線の先には電柱の足場の鉄棒によって心臓部を背中側から貫かれた男が力なくぶら下がっていた。
「はっはひぃぃぃ、はっ、ぁぁぁあああ!」
おおよそ人間の発する声とは思えぬ声で、腰の抜けた体をずるずると引きずり、女は赤服の女から逃げようとする。
「…………」
赤服の女はその女を一瞥し、御神木に刺さる藁人形状態の男の方向へと手をかざした。すると、ギリギリとした耳障りな音を立てて、男を貫いた足場とは別の足場が電柱から独りでに放たれる。それは赤服の女のかざした手の方向でピタリと静止し、宙に浮いた状態となっている。
「ひ……ひへへ……ふひっぃぃぃ」
「…………」
赤服の女は黙ったまま、ライン工場の作業員のような感情のない目で這って逃げる女を見つめる。そして宙に向けていた手を逃げる女の
――手は空を切って振り下ろされた。
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