S2-18「血捨」

「じゃあつぎは『セントウごっこ』にしようか!」

 少年の顔が不敵に歪む。そしてそれは徐々に言葉通りの意味となる。人の形を成していた身体が溶け、崩れ、不定のそれへと変わっていく。

「あっははは! おどろいた?」

 やがてスライム状の怪物へと変化したそれから声が響く。まるで遠くにいるような、それでいて近くにいるような不確かな感覚。

「…………」

 鈴江は無言のまま桜花を構える。

「……こんどはまけないよ!」

 三体のスライムの内一体が鈴江に襲いかかる。ドロドロとした鈍そうな見た目からは想像もつかないスピードで突っ込んでくる。

 が、外れる。鈴江、飛び退くことで難なくそれをかわす。

「さっきはよくもやってくれたな!」

 飛び退いた先で背後からもう一体の敵が迫る。そこからするのは鈴江に木から蹴り落とされた少年の声。

「あまい!」

 振り向き様に刃が線を描く。恨みごとを喚くゲル状の物体が真っ二つに切断される。

 スライムはべちゃりと不愉快な音を立てて地面へと落下した。

「まずは一体!」

 その勢いを殺さぬまま駆け出す。目標は最初に自分を襲った相手。真っ先に鈴江に突っ込んだ相手は、ろくな抵抗も成せぬままその身を二つにわかつ。

「あとはお前だけだ!」

 敵二体を倒し、一度体勢を整える。最後の一体は戦闘が始まってから未だ

「くくく……あっははは!」

「――?」

 突如として響く少年の声。未だに逃げるどころか、動こうともせず、発したのは他者を嘲笑うかのような笑い声。

「あまいよ、あまいよおねえちゃん!」

 瞬間、背中に走る衝撃。

「――がっ……! なにぃ!」

 衝撃で吹っ飛ばされる鈴江。そのまま砂埃をたてながら地に叩きつけられる。

「かはっ!」

 ダメージを受けながらも何とか体を起こす。こぼれた血が口元をなぞる。

「そんなんでやられるかよ! バーカ!」

 そんな鈴江の目に飛び込んできたのは、今さっき倒したはずの相手がまるで何事もなかったかのように、元のままそこに在る光景だった。

「馬鹿な……! 確かに……」

「ぼくらぜんぜんいたくもかゆくもないよ、おねえちゃ~ん!」

 鈴江の言葉を遮ってゲラゲラと笑うスライム一同。今が好機とばかりに鈴江をなぶり殺しにかかる。

 襲い来るそれを何とか迎撃しようとする。しかし、

「ざーんねん!」

 切った矢先にすぐ再生、そしてそのまま攻撃。

! マヌケー!」

 受けることも避けることもできず、鈴江の体に傷が刻まれていく。

(そういえばどこかで聞いた覚えがある……! スライムってのは元々切っても殴っても一切ダメージが入らない化け物だと!)

 攻撃に晒される中、鈴江は記憶の片隅に残る情報を探し求めていた。

(倒すには、コアになる部分を破壊するしかない! だが……)

 意思を持ち、動く以上それを指揮する脳となる部分が物には必要。スライムのような液体生物とてそれは例外ではない。しかし、こいつらの本体とは、それすなわちこの空間を作り出している敵の本丸。ただでさえ包囲され一方的な状況に追い込まれているのにその中で敵の本体を探すことなど不可能。

「ぐ、はぁ……はぁ……」

 行き詰まり、打つ手なし。脚はふらつき、今にもその場に崩れ落ちそうになる。

「なーんだ、つまんねえの。こいつぜんぜんつよくねえじゃん。……もういいや、うっちゃえよ」

「はーい!」

 鈴江がもはや成す術がないと判断したのか、三体は攻撃を止め、元の人型に姿を戻す。

 その内、自身の姿とともに付属の鬼面までちゃっかりもとに戻ったスライム少年は、その両手を自身の頭上に高々と掲げる。

「よーし! いくよー!」

 その声が公園に響き渡るとが少年の掲げる手に集まっていく。その何かは徐々にその量を増していき、あっという間にその凄まじさを肌で感じれるほどに膨れ上がっていく。

「あれは……魔力!?」

 ここまで来るとさすがの鈴江にもそれが何かを理解するには十分すぎる。あんなものをくらえばいよいよ今度こそ死は免れない。

(マズイ……! どうにかしないと……! うぐっ……!)

 焦ったせいか、それとも単純にダメージを負いすぎたのか、鈴江はその場に崩れ落ちてしまう。

「じゅんびかんりょー! そーれぇ!」

 慈悲は無し、巨大な魔力の塊は鈴江の視界を埋め尽くしていく。

「…………っ!」

 もはやこれまで、己の愚かさを呪い、目を塞いですべてを諦めた。その時、


「でえぇぃやぁぁぁぁぁ!」


突如吹き荒れる。その力は、今まさに鈴江を飲み込まんとしていた敵の攻撃を相殺、かき消してしまった。

「――!?」

「なに! なんなの!?」

「お、おい! まりょくきえちまったぞ!」

 何事かと慌てふためく敵陣。一方鈴江も一体何が起こったのかまったく理解できずにいた。


「ナーハッハッハ!」


 混乱する双方に降って沸く形でその声は聞こえてきた。

「この声は……いや、だがそんな……」

 鈴江はこの声に聞き覚えがあった。ある意味自身が一番聞き馴染んだ声。だが、故に、それ故に自分の耳を疑わざるを得なかった。

「ねえ! あそこ!」

 困惑する鈴江をよそに少年の一人がある場所を指差した。

 その場にいた全員がその方向を見ると、公園の各所に設置された電灯、その一つの上に人影があった。

「だれだおまえ!」

 少年の一人が声を上げる。その人物はその言葉を聞き、ニヤリと笑みを浮かべた。

「アタシが誰かだって? そんなに知りたきゃ教えてあげよう! 親友の危機にババっと参上! 悪鬼悪霊退治にきたるはみんなご存じくうちゃんじゃあー!!」

 そこにいたのは自信満々の表情で病院服のまま電灯に立つくうだった。

「「「いや、だれだよ!?」」」

 なお、無論少年らは存じていない。

「いよっと!」

 電灯の上から軽く飛び降りて、手を振りながら鈴江の元へと歩いていく空。

「やっほーい! 鈴江ー!」

「空! 何でお前がここに!?」

「ん? 助けにきた」

 見れば分かるだろうと言わんばかりの自然体で言う空。一方の鈴江は未だに状況に頭が追い付いていない。

「助けにきたって、いやそもそもどうやってここに……」

「なーんかわけわかんねーけどよー!」

 鈴江が空に言いかけた言葉を塗り潰して、少年のやや苛立ったような声が響く。

「エモノがもういっぴきふえたってことでいいんだよなー!」

 そう声を上げると、少年達の体の一部がまた徐々に人の形を失っていく。

「うわー、グロい!」

「おい、空! 危険だ、逃げろ!」

 呑気な声を上げる空に鈴江が吠える。普通の人間では何をどうしたところで勝てる相手ではない。そうでは

「ムダムダ! もうにげられないよー!」

 そこへ人の形を失った化け物が二人へと襲いかかる。

「空!」

「大丈夫だよ、鈴江」

 しかし、逃げも隠れもしない。その顔は確かな自信に溢れていた。




血捨ちぇすとぉー!!」

 鈴江の横を一陣の風が吹き抜けた。

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