S2-17「罠と嘘つき案山子」
音のない森の中、人の声も、動物の鳴き声も、風の音すら聞こえない暗闇の道に唯一、地を鳴らす足音だけが聞こえる。
「……分かれ道か」
何もない、ただ長いだけの道をいくらか進んでいくと奥に向かって二手に分かれていく道が現れた。
「……! あれは!」
どちらに進むべきかと辺りを見回していると、あるものが目にはいった。
道から逸れた草むらの中にあったそれは、遠目から見れば案山子のようであった。しかし、近づいて見てみるとそれがただの案山子とは違うと言うことが嫌でもわかった。
それはまるでさらし首、十字に組まれた木の頂点に人の首が、左右の支柱に腕が括りつけられている。
「ぁ……が……うぅ……」
「――!?」
人の形をを模した人体片が小さく音を発する。
「た……、す……け」
そこまで言うと人体案山子は音をたてて崩れ落ちた。生首と二本の腕が地に投げ出される。
「…………」
唖然としてそれを見つめることしかできない。
「ウケカカカ……」
「――っ!」
しばらく立ち尽くしていると別の声がその場に響いた。
「ケカケケケケ……」
「ひひ……ひぃ」
「だ……れ、か」
「ぃ……だぃ……」
「あは、ハハハハハ!」
狂った笑い声、助けを求める声、一つの声を皮切りに次々と重なる声。
見れば暗がりの向こうに先程と同じような人体案山子や木に磔になった人の一部、元は人であったのだろうグロテスクなオブジェが点在している。
「なんだ、何なんだこれは……!」
さすがの鈴江も狼狽える。見るにも聞くにも耐え難いおぞましい光景を前に思わず足が退いてしまう。
「ァ……あく……マ、は……」
鈴江の頭上で声がする。すぐさま上を見上げると、そこには四肢をもがれ、胴と首だけとなった男が木の上から吊り下がっていた。
「あ……ク……マ、は…………フタ、ツ、に……わかれ……た」
白目を剥きガタガタと揺れながら、男はかろうじて聞き取れるような声を鳴らす。
「きを……ツケろ……」
そういい残すと男は動かなくなった。
未だ辺りは空っぽの喧騒で満ちていた。
二本に分かれている道のうち鈴江は右の道を選んで進んでいた。
『悪魔は二つに別れた』あの言葉から察するにおそらく、あの分かれ道で逃げた子供は二手に別れたのだろう。それならばとその時近かった右側の道を選んだのだ。
「これはひどい……」
道を鈴江が感じたのはおぞましい腐臭だった。進むにつれて先程のような人体オブジェがその数を増し、さらにはそれにすらならない人体の破片がそこかしこに転がっている。
そんな周りの光景に意識をとられたからか、鈴江は自身の足元に迫る危機に気づかなかった。
「うおぉわあ!」
突如、鈴江の足が立つ地を失った。
本来得るはずの感覚を得ることができずに、鈴江の脚は地面よりもさらに下へと落下していく。
「お、落とし穴!?」
瞬時にその正体を見破る鈴江。
「うぐっ! この!」
とっさの判断によりそのまま落ちきる寸前のところで穴の端に捕まることに成功。
「はぁ……はぁ……」
掴まったまま穴の底を見ると、自分の背丈の倍ほど落ちたところにいくつかの光が見える。
それは金属が光を反射させた際に放つ光。無数の刃がまっすぐ上を向いて整列している。
「はぁ……はぁ……あ、危なかった……」
なんとか自力で這い上がる。未だ息は上がり、鼓動は聴診器を破壊する勢いである。
なんとか再び前へ進もうとする。しかし、それで終わるほどあまっちょろいものではなかった
右方向から歯車ががらがらと回るような音が聞こえる。
「今度はなんだ!」
ガシャコン、と一際大きな音がなる。それとほぼ同時に何かが空を切る音が聞こえる。
「……チィ!」
音が聞こえると同時に鈴江は前方に大きく跳躍、飛び込む。そのまま穴を飛び越えて地面へと転がり込む。
すると後方で何か大きな音、見てみると馬の首程度軽々ハネられそうな大斧が鈴江がさっきまでたっていた場所のすぐ隣の木に深々と突き刺さっている。
「早いところ……ここを突破しないといよいよまずいな……」
何とか息を整えて立ち上がる。周囲に警戒をしながら鈴江は一歩、二歩と前へ進みだした。
「わあスゴイスゴイ!」
他の子供と比べてやや小柄な少年が笑顔で手を鳴らす。
「はあ……はあ……やっと見つけたぞ!」
その視線の先には乱れた髪を気にすることもなく、両膝に手をついて息を上げている鈴江の姿があった。
「スゴイよ! けっこうがんばってつくったのにぜんぶクリアされちゃった!」
「ああそうかい!」
要らぬ称賛を送る少年に悪態をつく。
鈴江はあの後数多の罠を掻い潜り、そして今ようやくこの少年が待つ最新部へとたどり着いた。
「うんうん! じゃあヒントあげるね! ヒントは『おとこのひととおんなのひとがいる』よ!」
そんな鈴江の様子など知ったことではないようで、少年はその言葉を口にする。
「あとがんばったおねえちゃんにはオマケしてあげるよ!」
「オマケ……?」
「うん! あのね、さいごのコをさがしにいくときは、『ウソツキにきをつけてね!』 『ウソツキはいつもはんたいのことをいうよ』!」
そこまで言うと途端に踵を返し、少年は歩き出した。
「あ、おい!」
未だ疲労のこともあってか頭の整理ができていない鈴江をよそに、少年はくるりと放り向くと有る方向に指を指した。
「ここを通れば近道できるよ!」
そう言う少年の指先には子供一人分ほどの幅の小さな小道があった。
少年は言うが早いか、すたすたとその道を歩いて行った。
「ここは、さっきの分かれ道か」
しばらくして、息が上がるのを治めた鈴江は少年の進んだ道を進んでいった。すると、見えてきたのは先程少年を追って右方向へと舵を切った場所だった。
「……次はは左か」
今度は周りの死体には目もくれず、左の道へと進んでいった。
「特に何もない、か?」
しばらく道なりに進むが、先程と違いなにも起きない。
「……ん?」
そう思っていた矢先、前方に何かを発見。
「……またこれか」
目の前に現れたのはまたもや人体案山子。今回は四肢の内、脚のみを失い、より案山子らしさが増している。
「他にはなにかないのか?」
この短時間でいくらか慣れてしまったのか、顔をしかめるだけで特にたいした反応もしない。すると、
「うわあぁぁぁぁぁ!!」
「なあぁぁぁ!」
突然の咆哮。うなだれていた人体案山子が突然その顔を上げ、鈴江に対して声を上げた。
「よく来たなブスアマがぁ!」
「な、なんだこいつ!?」
「俺は
拘束から逃れようとする罪人のごとく体をガタンガタンと暴れさせて案山子は叫び続ける。鈴江は一歩引いた位置でぽかんとそれを見ている。
「いいかぁ! 『一つ目の道は右』だぁ! 右にいくんだぁ! そして次の道は『左に行くのはやめておけ』ぇ! 三つ目の道は『左の反対には行くんじゃない』ぞぉ! 最後の道は『俺的には左がありがたい』ぞぉ! わかったかぁ!」
早口でまくし立てる案山子。その剣幕に圧倒されていた鈴江だが、ここであることを思い出す。
『――ウソツキにきをつけてね!』
『――ウソツキはいつもはんたいのことをいうよ』
「……おい」
「あぁん? なんだぁ!」
しゃべるたびにガタガタと揺れる案山子の目の前に、鈴江は三本に立てた指を示した。
「私は今、
鈴江の眼光がまっすぐ人体案山子へと向けられる。
「
「……そうか、ならいい」
案山子の答えを聞いた鈴江はそのまま案山子を通り過ぎ、道の先へと進んでいった。
「……これがそうか」
鈴江の目の前にT字状に左右に分かれた道が現れた。
「『たしか一つ目は右に行け』だったな。ということは
迷わず左へと進む。左の道を選び進むと、進まなかった道のほうから何か大きな物音が聞こえた。しかし、鈴江は振り向くことなくその足を勧めた。
「二つ目は『左に行くのはやめておけ』か……つまり左だな」
次もまた左、すると今度も反対の方向で肉を引きずるような音が聞こえた。
(やはりこれでいいらしい。『嘘しか言わない』……つまり逆さに取りさえすればあいつの情報通りに進んめば間違いはないってことだからな)
「『左の反対にはいくな』……てことは右に行くなっていうことだから、つまり右か……」
左左と来て次は右へ舵を切る。左方向からは何かの金切り声のようなものが聞こえた。
最後の道に差し掛かったところで、鈴江は一度足を止めた。
「最後は『左に行くとありがたい』だったか? つまり……あいつにとって都合のいい方向……?」
最後の言葉が妙に回りくどく、逆さにするにはややめんどくさい。
「あいつは、私を罠に嵌めようとしている……だよな。つまり、左に行くとありがたいってことは、左に行くと間違いってことか? で、それの反対だから……」
顎に手を当ててしばらく考えたのち、鈴江は左へと進んでいった。しかし、それまでとは違いその足取りに確信はなかった。
しばらくすると反対方向でとてつもない音がすると共に大地が大きく揺れた。
「うお! っと……これは正解ってことでいいのか?」
振り返って安堵する鈴江。
「これ間違えてたらいったい何が起こってたんだ?」
それと同時によからぬ想像が胸中をめぐり、肝を冷やすこととなった。
「見つけたぞ」
「げっ!」
しばらく歩くとやや開けた場所に出ることができた。
そこの中央に立っていた小太りの少年は鈴江の顔を見るなり、いたずらがばれた子供のような顔、実際その通りかもしれないが、そんなあからさまな表情で鈴江を迎えた。
「なんでこれたんだよ! あいつにウソつくようにいっておいたのに!」
少年は納得がいかないといった様子で地団太を踏んでいる。
「
「ぐぬぬ……」
刺すような目で少年を見て言う鈴江。少年は悔しそうにしつつも、どこかあきらめたようでその場にどかりと座り込んだ。
「わかったよ! いうよヒント! ヒントは『アカかアオならアオ』だよ! ……これでいいだろ? とっととあっちからかえれよ!」
少年は投げやりな様子で言うと、背後に見える先程と同じような小道を指さした。
鈴江はその様子を一瞥するとすたすたとその小道へと消えていった。
「……『広場にはない』……『石がある所』……『たくさん並んでいるところ』……『森の中にはない』……『男の人と女の人がいる』……『赤か青なら青』……」
はれて六人全員を見つけた鈴江はそれまでに手に入れた情報を思い出しながらある場所に向かっていた。
「たぶん……ここだよな?」
鈴江がたどり着いた場所、それは公共施設なら大概一つはあるはずの場所。
「広場でも森でもない、男と女ってのはたぶんこのマークの事だろうな」
青色で描かれた男性のマークと赤色で描かれた女性のマークがそれぞれの入り口の前にあるのを確認して鈴江はそうつぶやいた。
「……で、赤か青なら青。つまり……」
鈴江は顔をしかめて男子トイレのほうを見る。
「……まあ誰が見ているわけでもないから別にいいか」
半ばあきらめた様子でその中に入っていった。
「さて、石がどうのこうのってのはたぶん
鈴江はずらりと並んだ便器を見やり、そういった。
便器という物はそのほとんどが陶器によって作られている。それが並んでいるというのであればいよいよ条件はそろってくる。
「さて、あとはどこにあるかだが……」
辺りを見回してみるがそれらしきものは見当たらない。
「……となると個室か?」
部屋の奥に四つ並んでいる個室の内一番手前の個室から順番に中を調べ上げていく。
「何が楽しくて男子トイレの個室なんざ漁らなきゃならんのだ、まったく……」
ぶつくさ文句を言いながら探していくと最奥の個室にてようやくその姿を発見する。
桜花は非戦闘態勢で便器の蓋の上に乱雑に置かれていた。
「やっと戻ってきたか……桜花!」
手にもってそう叫ぶ。すると桜花はすぐさま戦闘態勢へと姿を変える。
「……よし!」
それが本物であることを確認すると鈴江はトイレの外へと出ていく。
「わー! おめでとー!」
トイレを出たところでその声は聞こえた。
目を向けてみるとそこには桜花を持って走り去った少年、そして鬼面の少年とそれと共に鈴江を探していた少年がいた。
「すごいねー! みつけるよりもさきにボクがつかまえるつもりだったのに」
鬼面の少年はニコニコと笑っている。しかし、その笑みは徐々に悪意を孕んだものへと変わっていく。
「じゃあつぎは『セントウごっこ』にしようか!」
少年の笑みがドロリと崩れた。
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