S2-14「逃げて見つけて探し出す」
『ねぇ……あそぼうよ!』
ゾッとしたものが体を駆け巡った。少年の声に、ではない。背後から聞こえてきた他の者たちの声に、振り向けばそこには少年と同じように、空洞の眼孔から赤黒い液体を滴らせながら、張り付いた笑みを浮かべる子供の群れがいた。
「ねえ~、あそぼーよ」
耳元で聞こえた声、それは最初の少年の声だった。それと同時に体に
「うぉわぁぁぁ!」
反射的に
「いいな~ボクも~」
「ワタシも~」
「「アソボウ?」」
「なっ……!」
それがいけなかった。一人の少年に気を取られている隙に周りは血涙を流す顔に囲まれていた。
「おねえちゃんの
一人の子供が鈴江の腕にしがみ付いた。同時に鈴江の腕に腐ったドブ川のような臭いを放つ液体が付着する。
「いいな~」
「いいなイイナ~」
「なん……ぐぅ!」
もはや成す術無し。後手に回ったが最後、群がる
「『
一つの声、それを境に鈴江は解放される。乱暴に、吐き捨てられるようにその場に投げ出される。
「――がはっ! ……っ!?」
打ち付けられた体を起こそうとし、そして気付く。本来あるはずの物が自分の腕から無くなっていることに。
「桜花が!?」
視線の先には一人の少年、そしてその少年が両手で掲げているのは紛れもない
「あ、ずるい~」
「ボクにもかして~」
「やーだよ~」
我も我もと桜花を奪い合う子供の群れ。おそらくこれが昼間の公園のそれであれば何のことはなく、むしろ微笑ましさすら感じたであろう。しかし、今のこの状況下ではこの後起こることへの恐怖心を煽る光景でしかない。
「だって……これがないとおねえちゃん、
「なっ……!」
無邪気、どこまでも純粋で他意のない、まっすぐな意思。いい遊び相手を見つけた子供のそれ。否、この場合いい遊び道具と言った方が正しい。
そんな感情を向けられた鈴江は後ずさることも出来ずに固まる。
「え! ほんと?」
「あそんでくれるの?」
「「やった~!」」
「なにしてあそぶ?」
「わたしかくれんぼ~」
「えー、おにごっこがいいよー」
「たからさがしがいい~」
もはやそこに鈴江の意思は関係ない、無垢な子供のそれは処刑法を決めるそれと何ら変わりはなかった。
「……じゃあもういいや」
「「――ぜんぶいっしょにやろう?」」
決めかねた末の対案、どこまでも遠慮を知らぬ要求、鈴江の運命は最も悪い形へと固まった。
「じゃあワタシたちはかくれるから、おねえちゃんは
一人の少女がそういうと少女の周りに男女合計六人の子供が集まった。
「じゃあオニごっこはボクがオニになるから、おねえちゃんはにげてね~」
先ほどの六人とは別の少年は、そう言うと共にどこから取り出したのか子供用の鬼の面を被り、ややくぐもった声で言った。
「ボクは
最後に桜花を持つ少年がそれを掲げながらハツラツとした声で言う。
「わかった? はじめるよ?」
そういうと桜花を掲げた少年は何処かへ宝を隠しに、かくれんぼを要求した少年少女は各々が目指す隠れ場所に、そして残された少年は両手で目を塞ぎ、
「三十数えたらオニごっこ、――ハジマルヨ」
そういうと一つ、二つと数を数え始めた。
「――んな! ちょ、ちょっと待て!」
慌ててそう叫ぶ鈴江、桜花を持った少年を追おうとするも少年はもうすでに公園の何処かへと姿を消していた。
「ごーお、ろーく……」
そうこうしている内に近づいてくる鬼の足音、もはや猶予はない。
「く、くっそおぉぉぉぉぉ!!」
鈴江は走り出した、唯一の対抗手段を失い、再び逃げの一手を辿ることとなった。
今、追われ見つけて探し出す、死の童遊びが始まった。
「はぁ……はぁ……」
闇雲に走り、結果鈴江は広場から離れた木々の中へと入りこんでいた。
「…………おかしい」
そこで何か違和感に気づく。
「……この公園、こんなにも広かったか?」
鈴江は少年の元からほぼ一直線の道筋で走ってきていた。が、いつまでたっても公園の端といえる場所が見えてこない。
この公園は広場や歩道以外の部分は、基本木が生い茂っている造りになっている。しかし、そうとは言っても限度がある。たとえ木々の中へ踏み入ったところで、見渡せばどこかしらに歩道・広場側か公園の外側部分のどちらかが視界に入るくらいの広さしかないはずである。いつもなら。
しかし、今の場所はそのどちらも見えず、周りは木、木、また木のみ。これが公園ではなく本物の森林であると言われれば誰も疑問に思わぬ程である。
「これはいよいよまずいことになった……」
原因はわからないが、少なくとも自分にとって良くない状況であることは確定している。
ここは敵の手の中、その中で唯一の対抗手段を奪われ、己の居場所すらも把握できなくなりつつある。悪手に悪手を重ねた結果八方ふさがりになりつつあった。その時、
――ガサガサ……
「――!!」
鈴江の右手側から茂みの揺れる音。
咄嗟にその方向を向く。今の音、明らかに風の引き起こすそれではない。もしや、例の鬼にもう追い付かれたか? 鈴江の頬に冷や汗が垂れた。
「…………」
「…………?」
沈黙、何も起こらない。妙だと思った鈴江が恐る恐る揺れた茂みへと近づこうとする。
「…………んぁれ? もしかしてミツカッテル?」
するとそこからしたのはずいぶんとかわいらしい声。鈴江は突然の声に思わず飛び退く。
「……あーあ、ざんねーん」
声のした茂みの中から一人の少女が現れる。少女は鈴江の姿を確認すると見るからに落胆した様相を晒した。
鈴江はこの少女に見覚えがあった、先ほど広場で
「ぜったいさいごまでみつからないつもりだったのになー……」
残念そうに拗ねる様子を見せる少女。しかし、すぐにそんなことなどなかったかのように満面の笑みで鈴江の顔を覗き込んだ。血涙を流しながら。
「ワタシをみつけたおねえちゃんにはヒントをあげるね!」
「ヒント……だと?」
「そう! ヒント!
「――!」
『おたから』、そう聞いた鈴江の表情が変わった。おそらくそれは桜花の事を指している。そして、少女はその隠し場所を知っている。思わぬところで光が差してきた。
「教えてくれ! 桜花はどこに!」
「ん~? えっとねー……おたからは~『ひろばにはない』よ!」
しばし考える様子を見せてから少女は明るい声で言った。
「広場には無い? それだけか!?」
あまりにもざっくりとしたヒントに思わず声を上げる鈴江。
「ほかにもしりたかったらみんなをみつけてね~」
そんな鈴江の様子など知ったことではないと言わんばかりにニコニコと笑顔を振りまいている。『みんな』とはおそらくこの少女の他にいる五人の子供、彼らの内見つかった者が宝のヒントを教える。それが彼らの内で決めたルールなのだろう。
追われながら隠れている者を探し、それから得られた情報で人質代わりの相棒を探す。鈴江にとってはなんとも酷なルールである。が、従う他はない。子供はいつも無邪気ゆえに残酷なのだ。他人の都合など知ったことではない。
「じゃあみつかっちゃったからもういくね? がんばってね~!」
苦虫を嚙み潰したような表情の鈴江を放って少女は何処かへと走り出そうとした。その時、
「――あ……」
今にも走り出そうとしていた少女が一点を見つめ、足を止めた。
『
そこには鬼面の少年が笑みを浮かべ立っていた。
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