S2-13「童」

「みんな……どこにいるの? なんでだれもいないの?」

 無限に広がる暗闇のなかに少女はいた。

「くらい……こわいよ……だれか、だれかぁ! うぇーん!」

 自分以外誰もいない。その事実に少女はその場で泣き出してしまう。

「うわぁーん! おかあさぁーん! へんじしてぇー! おがぁさぁーん!」

 一度そうなってしまうと止まらない。滂沱の如く涙を流しながら、声がガラガラになるのも構わずに叫び続ける。しかし、答える者は誰もいない。何も、誰もいない空間で少女の泣き声だけが響き渡っていた。


「あら~、どうしたの? お嬢ちゃん」

 泣き叫ぶ声の中に突如、妙に艶っぽい声が割って入った。

「ひっぐ……、だれ……? どこにいるの?」

 ガラガラ声でしゃくり上げながら、声の主を探す。

「ここよ、ここ」

 言われて少女が振り返るとそこには一人の女性がいた。やたらと派手な衣装に真っ赤なグロスが、他に闇しかないこの空間で異彩を放っている。しかし、それでいてなぜか顔がはっきりと認識できない。

「ひっぐ……、おばさん……だれ?」

「オバっ……!?」

 しゃくり上げながら恐る恐る口を開く少女。彼女の言葉に目の前の女の真っ赤に彩られた口元が大きくゆがむ。その姿に少女は小さく悲鳴を上げた。

「ンン! ごめんねぇ~驚かせちゃって、『』はね、お嬢ちゃんを助けに来たのよ」

 大げさにお姉さんと強調するその口はひきつっていた。

「たすけに……? ほんと?」

「ええ、本当よ」

 高めのピンヒール靴がコツリコツリと音を鳴らす。少女と女の距離が徐々に縮まる。

「――一人は辛いわよねぇ?」

 やがて目前まで迫ってきた女は少女の頭に手をかざした。

「――にずっと一人寂しかったでしょうねぇ?」

「ひっ……!」

 すぐ目の前まで迫ってきた女の顔。しかし、それでも女の顔を認識することができない。その異様な光景に少女は言い様のない恐怖を覚えた。

「――でも大丈夫。これからはたくさんが来てくれる」

「――っ‼」

 少女はそこで自分の体が言うことを聞かないことに気がついた。

「――さあ、行ってらっしゃい。みんなと一緒に思う存分遊んで来るのよ? ウフフ……」

 少女の意識はそこで途切れた。




「う……ぐっ……」

 朦朧とする意識の中、鈴江は目を覚ました。

「……! ここは……!」

 そしてすぐさま直前の事を思い出し、周囲を見渡した。そこは公園の広場だった。しかし、それが現実のものではないということも同時に理解した。ある場所を境に暗幕がかかったように光がない周囲の光景。あの時、学校の時と同じ光景。それは、既に自分が敵のテリトリーに入ったことを示していた。

「…………」

 鈴江は無言のまま桜花をすぐさま戦闘体勢に移した。敵の術中に落ちた今、どこから何が襲ってくるかわからない。刀の柄に手をかけた状態で彼女は再び周囲を見渡した。

(……とりあえずは大丈夫そうか)

 ひとまず周囲に敵がいないことを確認すると刀から手を放す。

(しかし、まずい状況だなこれは……)

 高音の姿が見えないことを彼女が逃げ切ったか、それとも同じように取り込まれ、違う場所にいるのか、今の段階では判断しかねるが、少なくとも今何者かが襲ってきた時、戦力になるのが自分だけであると言うことだけは確定している。

「何で肝心な時にいないんだあいつは……」

 思わず鈴江は聞く相手のいない愚痴をこぼす。かつて敵と遭遇した際、共に戦ってくれたセインは今はいない。つまる話、この空間から脱出するためには自分一人でどうにかしなくてはならない。

「さて、どうするか……」

 その状況にありながら、不思議と鈴江は冷静だった。そして今現在の状況を整理していく。

「たぶん、襲われた時のあの力を見るに、敵のは『水』……」

 そうつぶやきながら鈴江はあることを思い起こしていた。




「魔法に相性?」

 自身の部屋の中で椅子に腰かけながら鈴江は言った。その視線の先には『鈴江の』ベッドにゴロゴロと転がりながら漫画雑誌を呼んでいるセインの姿があった。

「そーそー、魔法ってのはそれぞれ八つの属性に分けられてるの」

 そういいながら反動を付けて起き上がると、近くにあった紙に何かを書き込んだ。

「炎、氷、雷、風、土、水、光、闇、この八つの属性にはそれぞれ相性があって、魔法を使う上ではこれを理解しないといけないわけよ」

 そういうと鈴江に先ほど書き込んだ紙を渡した。

「炎は氷に、氷は雷に、雷は風に、風は土に、土は水に、水は炎に、そして光と闇はそれぞれが反発し合う関係にあるの」

「ふーん」

 手渡された紙を見ながら生返事を返す鈴江。正直、分かりやすいとは思うが、それを知ったところで自分にそんな高度な魔法を扱う技術が無いので、意味がないのではないかと彼女は内心思っていた。

「ちなみにね、属性ってのは魔法が使える使えない関係なしに誰でも持っているのよ?」

「何?」

 その言葉に鈴江は視線を紙からセインへと戻した。

「魂に宿る属性。私たちは『個体属性』とかって呼んでるけど、その人が最も得意とする属性で、かつ魔法による損傷を受けた時に関係してくる属性よ」

「……それは私にもあるのか?」

 正直魂や属性などと言うものが今まで自分にあると実感することなど一切なかった彼女は、怪訝な表情でセインを見つめた。

「ええ、もちろん。鈴江は……」

 言いながら思い切り目を細めて鈴江を凝視する。

「何やってるんだ?」

「黙ってて! わたしの女神サーチャーであんたの属性が何か見てるのよ!」

「なんだそれ……」

 針穴に糸を通すかのような目でしばらく鈴江を見つめた後、わかったと声を上げながらセインは眉間を抑えていた。

「へーすごい。あんた属性『闇』だわ」

「闇……」

「この世界の人って光とか闇とかあんまりいなかったから、結構レアよレア!」

 嬉々として言うセインに対して、いまいち実感のわかない鈴江。

「ちなみに私が作った武器の魔力は使ってる人の個体属性に由来してるから」

 いわれて机の上に置かれていた桜花を見つめる鈴江。そこであることが気にかかった。

「ところで、お前はいったい何なんだ? その属性とやらは」

「わたし? 光だけど?」

「ほう……つまり私が桜花でお前を切れば……」

「勘弁してください、洒落になりません」

「冗談だよ……」

 そういって小さくため息を吐くと、鈴江は手にとった桜花をまじまじと見つめていた。




「敵の属性はおそらく『水』、こっちは『闇』……」

 時間は今に戻る、鈴江は敵が自分のテリトリーに引きずり込む際の行動から属性を水と判断。そして、

「『闇』は『水』に対して有利じゃない。が、不利でもない。――敵本体を見つけ出しさえすれば、勝機はある!」

 結論は出た。この空間から脱出するために敵本体を見つけ出し、撃破する。そのために鈴江は歩き出そうとした。――その時、鈴江の背後の草木が揺れ動いた。

「――っ!」

 風もなく不気味な静けさが支配するこの空間でその音を聞き逃すことはなかった。刀に手をかけてあわてて振り返る。

「……誰かいるのか!」

 声をかけると、再びガサガサと草木が音を立てた。敵か、と身構える鈴江。

「子供……?」

 そこから出てきたのは小さな子供、少年だった。

「――っ!!」

 しかし、普通ではなかった。その少年は。目の窪みの部分がまるで塗りつぶされたように黒く、そこから真っ赤な液体がつうっと流れていた。

「……! あははは!」

 少年が無い目で鈴江を見つけると、無邪気に笑い声をあげた。状況が違えばきっと和やかな光景に見えたことだろう。しかし、今はむしろその無邪気さが気味の悪さに拍車をかけている。そして、笑い声の後に少年は口角を釣り上げたまま一言、言った。


『ねぇ……あそぼうよ!』

 その声は多方向から聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る