S2-11「やり返す」

「…………」

「…………」

「…………」

 波の無い空白の時間がその場を支配した。その中に一人の女が頭を垂れたまま静止している。

「……私の考えは決まっている」

 口を最初に開いたのは鈴江だった。

「セイン、お前に協力する。……ただし、条件がある」

「……何かしら?」

「――そのダーネスとやらの顔面に権利をくれ」

 長らく下げていた顔を上げたセインの目に映ったのは、怒りと共にその拳を握りしめる鈴江の姿だった。

「私自身の事もあるが、何よりもくうをあんな目に遭わせた奴を放っておく気にはなれない」

 言いながら、鈴江は高音の顔をちらりと一瞥した。

「正直櫻笛が今回の直接の加害者なら話は単純だった。こいつを締め上げて相応にやり返してやればそれで終わりだからな」

 鈴江の物言いとその怒気に高音は思わずびくりと体を震えさせた。

「……だが、実際は違う。こいつはむしろ被害者側と言ってもいい存在だった。そうとわかった以上こいつに責任を求めるのは筋違いってやつだ。なら!」

 鈴江は勢いよく立ち上がると拳を胸の前へと突き出した。

「元凶を討つのみ! やられたままで終わってたまるか!」

 彼女の気迫を裏付けるようにその手中に握られた桜花は戦闘態勢へと形態を変えていた。

「……本当にいいのね?」

「ああ、やられたらやり返さなきゃ気が済まん」

 セインの彼女らしからぬ真面目な問いを即答で返す鈴江。

……かぁ」

 高音は気持ち一歩引いた場所からそれを眺めていた。

「……櫻笛、お前はどうするんだ?」

「えっ……」

 不意を突く声に高音は急にその場へ引き戻される感覚を覚えた。

「正直お願いしてからこんなこと言うのもなんだけど、下手をすれば命にすらかかわってくるようなことだから、安請け合いはしない方がいいわ」

 戸惑う高音を見かねてか、セインが若干申し訳なさそうに言う。

「私は……正直、怖いです。自分の身に起こったことも、周りで起こっていることも、それにかかわることも、……先輩」

「ん?」

「先輩は、何かをする時に怖いとかって思わないんですか? 自分がその行動をすることによって何が起こるか、どんな目に遭うか、そんなことを考えて」

 うつむき気味にポツリポツリと聞こえてくる声は心なし震えているようであった。

「……ないな」

 その声を鈴江はばっさりと否定した。

「もし怖いと思うことがあるとすれば、それは後になって後悔するかどうかだな。――後になってあの時こうすればとか、もっと他にあったんじゃないかとか、そんなことを考えても何の意味もない。だから、私は自分がそうするべきだと思った事をするように、ように生きてきた。……もちろんそれで結果的に面倒なことになったりしたこともあったが、それで私が後悔したことは一度もない」

 高音はうつむいていた顔を上げた。その視線の先にいる鈴江はどこか現実離れしている存在のように感じた。

「そうですか……」

 高音は小さくそう言うと、自分の今までを思い起こしていた。

 友達もおらず迫るいじめの魔手に抵抗することもなく怯えるだけの日々、そしてあの男に言われた一言。


 ――君さ……そんなんで人生楽しい?


 今ならば言える、楽しいわけがない。満足なわけがない。

 変わりたい、変わらねばならない。後悔してはならない。


「私に……私に、何ができますか?」

「――!」

……やりたいんです。私に協力させてください」

 抗うことを恐れてはいけない。




「――えっ、いいの? 本当に?」

 最も驚いたのはセインだった。そう言ったまま、そのままの表情で固まっている。

「はい」

 もはや彼女の意志が揺らぐことはないだろう。

「ふっ……フフフ」

「――?」

 すると突然セインが不適に笑いだした。何事かと怪訝な顔をする一同。すると、

「ぃいやったぁー! 協力者二人も確保ー!」

 天高く突き上げられた拳はガッツポーズの形となった。

「…………」

「……ほぇ?」

 さっきまでの空気はどこへやら、嬉々として声を上げるセインに高音は気の抜けた声を上げてしまった。

「いやぁー良かった、ほんとよかった。このまま誰も協力してくんなかったらどうしようかと思った」

「さっきまでの真剣な顔は何処に行ったんだよ、お前……」

「うっさい! あんたに私の気持ちがわかる!? いく先々で変態だのカルト宗教だの言われて! もう国毎の警察の対応の違いとかリストにできるわよ!」

「いや、警察に捕まるのはお前の素行に問題があるからだろ」

 涙目になりながら喜んでいるのか、はたまた悲しんでいるのかわからない目の前の女を冷めた目で鈴江は見つめていた。

「まあとにかく、ありがとう二人とも! ようやくこれで一歩前進できるわ!」

 涙をぬぐう動作を見せた後、セインは再び深く頭を下げた。


「まずやるべきことは、あいつの具体的な所在を割り出すこと!」

 再び席に座り、向き直った三人の前にセインは地図を展開した。

「ダーネスが魔力を集めるために作り出している。言わば魔力のとでも言うべき場所、それを作るのならできるだけ人が多い場所が好ましいはず、つまるところ都市部、T都とかO府との近くね」

 展開した地図の関東一帯と関西一帯を指で円を描くように指し示した。

「それでいうとここはちょうど条件に当てはまってるわけか」

 示された地図を覗き込みながら鈴江が言った。

「ええ、だから高音ちゃん以外にもダーネスの餌食になってる人達がいるはず。それらをぶっ潰して回りながらアイツへの魔力の供給を絶ち、かつ情報を得るのが近道だと私は思ってる」

「……となると今回と同じ、もしくはそれに近い現象を調べて回る必要があるか」

 悩ましげに腕を組みながら鈴江はつぶやいた。

「何か話聞いたことない?」

「話……ですか」

 セインは地図から一旦気を外し、二人を交互に見やった。が、鈴江は腕を組んだまま何も言わず、高音はうんうん唸ってはいるもののそれだけにとどまっている。

「事実だろうとなかろうと、なんでもいいからそういうこわい系の噂とか聞いたことない? 何処々に幽霊が出るとか、神隠しが起こるとか」

「そう言う類の話はあんまり進んで聞こうと思わないからな……」

 やっと出た鈴江の言葉もそのような内容。早くもダーネスの捜索に暗雲が立ち込めるかと思われた。その時、

「あ……そうだ!」

 高音がはっと声を上げた。二人の視線が彼女の方へと集まる。

「前に誰かが話してたのをちょっと聞いたんですけど、ここから少し離れたところに桜埼公園って大きめの公園が有るんですけど、昔、そこの池で女の子が溺れてたぶん死んじゃったっていう事件があったんですよ」

「たぶん、ってどういうこと?」

 不可解な事件の内容にセインは怪訝な顔で尋ねた。

「遺体が見つからなかったんだ」

 答えたのは鈴江だった。

「その事件は私もニュースとかで見て知ってる。捜索隊がいくら探しても溺れた池の中から女の子の遺体は発見されなかったんだ」

「それで、結局最後まで見つからずに警察は死亡したんだろうって」

 高音がその言葉に続いた。

「で、話はここからなんですが、最近その公園でその溺れた女の子の幽霊が出るって噂になってるみたいなんです」

 高音は後半恐る恐ると言った風にその存在を語った。

か……たしかあの事件があったのは三年くらい前の話だったと思うが、なるほど妙だな」

「調べてみる価値はありそうね」

 セインの方を見ると、彼女も鈴江と同じ考えにたどり着いたようであった。

「よし、なら今日の放課後にさっそく調べに行くか」

「え、今日ですか!?」

「善は急げだっけ? いうじゃないそんな風に」

 呆気にとられる高音に対してセインはあっけらかんとして答えた。


「それじゃあ、ひとまず解散でいいか?」

「おっけー」

 そういうと二人は高音に背を向けて出入り口の方へと向かっていった。そして、扉に手をかけたところであることに気付いた鈴江が再び高音の方へと振り向いた。

「櫻笛、もしさっきみたいな連中に絡まれて邪魔されそうになったらとでも言え。……不本意だが大抵の連中はそれで諦める」

「あ……はい」

 高音が返事をしたのを確認すると二人は図書室を後にした。


「……桜埼公園ってなんか聞いたことあったっけ?」

 図書室を出たところでセインがふと言った。

「……あれだ、お前がところだよ」

 帰ってきたのはなんとも投げやりな呆れ声だった。

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