S2-9「経緯1」
「ダーネス……?」
「ええ、あなたを唆した男。私のクソみたいな
目をパチパチとさせ首をかしげる高音にセインはそう言い放った。
――鈴江には前にも話したけど、私は生前、この世界とは違う、別の世界で神様やったてたのよ。……神様って言ってもそんな全知全能で何でもできるなんてすごいもんじゃなくて、炎、氷、雷、風、土、水、そして光と闇、全部で八つある属性の頂点に立つ神様たちが、それぞれ役割分担してあれやこれややっていこうってやり方だった。こっちで言うギリシャ神話とかに近いかもね。
八属性の内、私は光でダーネスは闇を司る神様だった。だけど、アイツは余りにも野心に溢れすぎていた。アイツは常々、神の力を他者のために使うことに不満を言っていて、そして、ある日ついに……
「ダーネス! 貴様、勝手な真似は許さんぞ!」
白く長い顎ひげを大きく揺らし、大柄な老人は声を張り上げた。
「ようやく世が平安を手にしつつあるというのに、主(ぬし)は何を血迷っている!」
それに続いて下半身が蛇の姿をした女性が言った。
「血迷っただと? フフフハハハ!」
彼らの言葉を受けた男、ダーネスは大仰な動作で笑ってのけた。
「強い物がのし上がり、弱い者は淘汰されていく。それがこの世の本来あるべき姿だ。『全ての者に平和な世界を』? 血迷っているのはお前たちの方じゃないのか?」
「何をっ……!」
「もし仮にそれを目指すのであれば、下界の連中を
「下界を監視し、彼らに加護を与えるのが我らの本命であろうに!」
ダーネスの物言いに先程の二人とは別の下あごから巨大な牙を生やした緑色の肌をした大男が声を上げた。
「……いいや、違うな。それは違う。それは自分が他とは違う、強者であると自覚しているものの考えだ」
ダーネスはそれらの声に一切表情を変えず凍りついたような声で淡々と言う。
「自分の存在が絶対的に侵害されることがないと、そう自覚しているからこそ、連中を守るべき、導くべきと
「貴様……!」
「……俺たちは生まれついての神々ではない。俺も、お前たちも、元は下界に存在する石ころ同然の存在でしかなかった。それを、ほんの少し
「…………」
「この世の理(ことわり)は弱肉強食! 強きものが支配し、弱きものは淘汰される! その過程で生命は進化し更なる高みへと昇っていく! それは俺たちも同じこと! 故に! 強者である俺たちが他を支配し、更なる進化を求めることこそが世のあるべき姿だ!」
ダーネスは他の神々を相手に高らかと言い放った。その場にいた神々はダーネスを怒りを孕んだ視線で睨みつけている。
「……セイン。お前はどうなんだ?」
その場の視線がセインへと集まる。セインは他とは違い唯一ダーネスを憐みとも憂いともとれる表情で見つめていた。
「私……は……」
セインは目を伏せて口ごもり、しばらくしてその目を開いた。
「私は……やっぱり
セインは小さく、しかしはっきりとダーネスへ拒絶の言葉を言ってのけた。
「フン、だろうな……所詮お前ごときに俺の考えが理解できるなどとは思えん」
ダーネスはそれを鼻で笑い、そう言い捨てた。
「もし……兄さんの言う通りになったら、あなたは地上の生命を自分の道具として、自分の進化のために使い、捨てるつもりでしょう? そんなのって……」
「事をなすには犠牲は無くてはならない! 生命の限界とは、頂点とは! 俺はそれを知りたい! それを確かめる事ができるのは、俺以外にいない!」
セインの言葉を遮って、ダーネスは声を上げた。セインの懇願を聞き入れる様子は微塵もなかった。
「もうよい! これ以上は時間の無駄じゃ!」
そこへ先ほどの蛇の下半身を持った女性が怒声を上げた。
「ダーネス! 貴様をこれ以上野放しにしておくわけにはいかん!」
白髭の老人がそう言うと、他の神々も同調し、ダーネスへと攻撃の姿勢をとった。
「フハハハハ! いいだろう! そっちがその気なら、今ここでお前たちを打ち倒して、まとめて俺が支配してやろう!」
そう言い放つと共に、様々な魔法による攻撃がその場に入り乱れ始めた。
――で、そのあとなんだかんだでダーネスのやつを取り押さえることに成功したわ。でも、あいつはとにかく戦闘能力としぶとさだけは私たちの中でも群を抜いてて、完全に倒すことはできなかった。だから、私たちはダーネスを出られないようにして封印することにした。そして、それはひとまずうまくいった。
「……はい、ここで第一部終わり」
セインが言うと共にタイミングを見計らったかのように授業終了のチャイムが校内全体を包み込んだ。
「ここまでで質問ある人~」
「…………」
聞かれて、鈴江が黙ったまま、すっと手を上げた。
「はい、鈴江」
「……トイレ行ってきていいか?」
「いってら」
許可を得ると鈴江は立ち上がり、図書室の入口へと向かおうとしたところで、ふとセインの方を振り返った。
「それと、そいつにいろいろ説明しておいてやれ、魔法だとか何だとか、話についていけなくて完全にフリーズしてるぞ?」
鈴江はセインの向かいで熱暴走を起こしたパソコンのような状態で固まっている高音を指さして言った。
「ん? あ……」
「はぁ……」
小さくため息をつくと、鈴江は今度こそ図書室の外へと向かった。
しばらくして鈴江が戻ってくると高音は情報の整理ができたのか、平静を取り戻した様子であった。
「説明は受けたのか?」
「えっと……セインさんが幽霊で魔法? が使えて、元女神様ってことは」
「……改めて並べてみると胡散臭いことこの上無いなお前」
「事実は小説より奇なりってやつよ」
「奇人という意味ではその通りだな」
鈴江の物言いにセインは一瞬むっとした表情になったが、すぐに元の表情に戻ると、先ほど中断した話を再び語り始めた。
――えーと、で、さっきの話からけっこうたった頃に、少し異変が起こり始めたのよ。それまでその世界に存在しなかった生物が相次いで確認されるようになったの。私はそれについて何か嫌な予感がして調査を開始したわ。そして、原因を探るうちにあることを知った。
私はその事実に恐怖したわ。私のほかにいた神様たちの多くは、ダーネスを封じ込める時の戦闘で大きく力を失って、数百年単位で眠りについていたし、そうじゃない神様もとてもダーネスと戦えるような状態じゃなかったから、実質私一人でどうにかしなきゃならなかった。
私はその時集められる限りの仲間と一緒に捨て身の覚悟でダーネスに挑んだわ。
絶望的な状況下だったけど、仲間の活躍もあって徐々に戦況は好転しつつあった。でも、そんな中で私はダーネスの放った不意の一撃で殺されてしまった……。
――それから自分が死んだってのを自覚して、ふと目が覚めたら私は裸の状態で森の中に倒れていたのよ。それで、自分でいろいろ調べてたら、私の体は幽霊と呼ばれてるものと同じものになってるってことが分かった。その過程でダーネスが私の仲間に倒されたことも知った。肩の荷が下りた私はそのあと特に何にもすることもなしにダラダラと幽霊ライフを過ごしてたんだけど、知りたくもなかった情報を知ってしまったの。
「そして、それこそがこの世界で、私は今度こそあのボケナスを倒すためにこの世界に来たのよ!」
セインは拳を握りしめ選挙演説さながらのジェスチャーで語りきった。熱を持ったセインの言葉とは裏腹に他の二人の間には微妙な空気が流れていた。
「えーと、つまり要約すると……『世界征服を大真面目にやろうとするような人がこの世界に来ている』ってことでいいんですか?」
高音は恐る恐る尋ねた。
「まあそんな所だろうな。……で、私はそのダーネスとやらとお前が何かしら繋がりがあるってことを確認するために、櫻笛、お前を連れてきたってわけなんだが……」
高音から視線をはずし、鈴江は妙にやりきったような顔をしているセインへと視線を写した。
「結局そのダーネスとやらは何でこの、櫻笛に声をかけてきたんだ?」
鈴江は高音に目を向けながら言った。高音の方も同じらしくうんうんとうなずいている。
「……そうね、それについてを今から説明するわ。……第三部始まるわよ!」
セインは妙に嬉々としていた。
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