S2-8「元凶」

 校内の至るところにあるスピーカー。そこから鳴る授業開始のチャイムと共に、騒がしかったは多くの足音でよりいっそうその音を増す。

「……あの、先輩授業は……?」

「今日はサボれ」

 そんな中、鈴江と高音の二人は他の生徒たちの流れと逸れた場所にいた。二人はお互いどちらの所属するクラスの教室でもない、ある場所へと足を進めていく。

「ついたぞ、入れ」

 鈴江はある部屋の前で足を止め、入口の扉を開きながら言った。

「ここは……」

 高音が見上げた先には『図書室』と書かれたプレートが壁に取り付けられていた。


 図書室には授業中ということもあり、生徒教師ともに不在のようだった。鈴江はを適当な席へと座るように促すと、それに対面するように席に着いた。

「あの……」

「何で私がお前をここへ連れてきたのか、見当もつかないって顔だな?」

「…………」

 鈴江に言われ、高音は再び黙りこんだ。先程自分を助けてくれた目の前の存在のことを、高音は他の生徒が話している噂で聞いたり、遠巻きに見た事があり知っていた。しかし、面識は全くなかった。その人物が何故自分をこの場所へ連れてきたのか、不可思議でならなかった。

「……私がお前をここへ連れてきたのはを聞くためだ」

「あること……」

「ああ、だが、それを聞くには一つ一つ順を追って質問していかなきゃならない」

 そういって鈴江は懐からあるものを取出し、それらを机の上へと並べていった。

「こいつらに見覚えがあるか?」

「――っ!」

 を見た瞬間、高音の表情が凍りついた。

 それは写真だった。いずれもおそらく学生であろう人物の写真が数枚高音の目の前にあった。

「そいつらは、ここ最近になった連中の写真だ。他校の連中が何人かと、この学校の奴も一人か二人。……まあどいつもロクな奴じゃなかったとかで、大概は家出扱いでさして騒がれてすらいないが……」

 鈴江はそう言って高音の方をチラリと見やった。高音はそれらを青ざめた表情で見ていた。

「……ところがだな、そいつらは行方をくらます前の行動として一つ、共通点があった。――『天埼高校に肝試しに行ってくる』――周りの友人やら何やらにどいつもそんなことを言っていたらしい」

 鈴江が言い終えた時、高音は既に震えが止まらなくなっていた。うつむき気味に汗のにじんだ手のひらを握りしめて何かをブツブツと呟いている。

「……どうやら知ってるみたいだな」

 鈴江はこの時点であることに確信を得た。そして、

「単刀直入に言う。この学校に来たやつの身に起こる神隠し、あれはお前が原因だな?」

 高音をまっすぐ見つめ言い放った。

「…………」

「…………」

 二人の間に沈黙が流れる。ほんの数秒、しかし二人にはまるでそれが永遠に終わらない呪われた時間のようにすら感じられた。

「……ちがう」

 呪いに亀裂を入れたのは高音だった。

「ちがう、ちがう! そんなわけがない! あれが、! あれは夢! 夢の中の話で! あんなことが本当のわけが――」

「これでもそう思うか?」

 氾濫した大河の如くあふれ出た言葉は、向けられた切っ先によって断ち切られた。

 高音の視線の先には鈴江、その鈴江の手に握られた桜花はその切っ先を高音の顔面へと向けられていた。

「これを見てもまだ、あれが夢だと思うのか?」

「――っ」

 それを見た高音は声を発することもできず、力無く椅子へへたり込んだ。

「…………」

 高音の様子を見ると鈴江は桜花の戦闘態勢を解除し、元にもどした。

「安心しろ、私は別にお前を殴りに来たわけでも、ましてや叩き斬りに来たわけでもない。さっきも言ったように私はお前に聞きたいことがあったから連れてきたんだ。」

 そういいながら鈴江は静かに元の椅子へと座りなおした。

「……わたしに何を聞きたいんですか」

 高音が力なく消えるような声で言った。

「まず、お前がさっき言っていたとやらについて聞きたい」

「……はい」




 ――ここ最近、妙な夢を見ていたんです。

 どこかよくわからない暗い場所で私が一人で立っているんです。物も人も何もない場所でだんだん不安になって彷徨ってると、遠くにうっすらと人の姿が見えたんです。でも、私がそれで近づこうとすると誰もかれもがみんな逃げていってしまうんです。待って、一人にしないで、って追いかけて、やっとのことで追いついてその人の腕をつかんだんです。でも、その次の瞬間には視界が真っ赤に染まって、足元にはバラバラの死体が転がってて、その時、初めてその人の顔がわかるんです。知ってる人も知らない人も、みんな首だけになった状態で私のことをじっと見つめてきて、それで……


『嫌い、きらい、キライ……!』


「……そういわれたところで毎回目が覚めて、布団から飛び起きるんです」

「…………」

 鈴江は高音の話を黙って聞いていた。あくまで鈴江の直感ではあるが、彼女に嘘をついているような気配は感じられなかった。


 ――最初は気味の悪い夢だってくらいにしか思ってなかったんですけど、ある日、夢によく知った子が出てきたんです。その子、一年の時私の事いじめてた子の一人だったんですけど……その夢を見た次の日、学校に行ったらその子、学校休んでて、あとで行方不明になったって知ったんです。


「それ以降なんだか怖くなってきて、もうあんな夢見たくないって思ってたある日に……」

「私が夢に出てきた……か?」

「はい……。正確には先輩だとは分かりませんでした。でも……その日の夢はいつもと変わっていて、いつもの人影の横にすごく、強い光が有って、その二つが逃げないでこっちに向かってきて、さっきの先輩が持っていた刀を私の目の前に振り下ろしてきたところで目が覚めたんです」

「……そうか」

 鈴江はそういうと、しばらく考える素振りを見せた後、小さくため息を吐いた。

「お前の夢については分かった。本当か嘘かは正直判断がつかないから、とりあえず今は本当だと仮定して、もう一つ聞きたいことがある」

 鈴江は言ってから、少し溜め、目があったのを見てから口を開いた。

「お前がその夢を見るようになった原因に心当たりはあるか? ……もっと言うと、その夢を見るようになる前にに会わなかったか?」

「――!!」

 鈴江の言葉に高音は大いに動揺を見せた。

「……心当たりがあるんだな?」

「はい……」




 ――私、一年生の時からずっといじめられてて、二年に上がってからもどんどんその内容がエスカレートしてて、なんかもう……いろいろ嫌になってて、その日も誰かにつかまる前に早く帰ろうって、逃げるように学校を出たんです。そんな時、

「ねぇ、君さ……そんなんで人生楽しい?」

「えっ?」

 ――全然知らない男の人に声をかけられたんです。

「毎日毎日何かに怯え、逃げ続ける日々。いわれなき暴力に涙を流して、何もできない。そんなんで楽しいのかい?」

「――っ」

 ――今思えばなんでそんなこと知ってたんだろうって思いますよね。でも、その時は、疑問とか不気味さとかよりも、自分の事がただみじめで悔しくて……

「そん……な、わけ……」

 ――無視すればいいのに、思わず言い返しちゃったんです。そしたら……

「ない。が、自分には何もできない、……と? 弱者に抗う術などないと?」

「…………」

「……それは違うな、。君は自分自身を弱者だと思い込んでいるだけだ。」

 ――気づいた時には金縛りにあったみたいにその場から動けなくなって、その人の声がまるで脳に直接響いてくるみたいに朦朧としてきて……

「君は強者足り得る力があるのにもかかわらず、それを無意識のうちに無い物だと思い込んでいるんだ」

 ――そういってその人、動けない私の顔の前に手をかざしてきたんです。

「――!? あ……が……ぐぅ!」

 ――そしたら、まるで頭を内側から金づちで殴られてるみたいな痛みが襲ってきて……

「恐れるな、存分に怨め、大いに憎め、思うがままに行動しろ。君のその苦しみこそが力になる。フフフフフ……」




「それで意識を失って、気が付いた時にはもうその人はいなくなってました。それで……ちょうどその日からなんです、あの、怖い夢を見るようになったのは……」

「…………」

 鈴江は高音の対面で腕を組みながら何を言うわけでもなく、その話を真剣な面持ちで聞いていた。

「話は聞かせてもらったわ」

「……ん?」

 そこへ、鈴江の後方から両者どちらの物でもない声が聞こえてきた。

 鈴江が振り向くと、そこには腕を組んだ状態で本棚にもたれ掛かりながらドヤ顔でこちらを見つめるセインの姿があった。なお、つい先日国家権力の名の下に連れ攫われた時とは違い、Tシャツとジーンスという簡素な恰好ではあるが往来に出ても恥じることのない恰好をしていた。腰の位置よりも長く伸びた金髪もおまけ程度ではあるものの一本の束にまとまるよう結い上げられている。

「……お前いつからいたんだ?」

「最初からよ。あんたに憑(と)りついて一緒に学校まで来たのよ?」

「何か今日妙に肩が重いと思ったらお前のせいか!」

「えーっと……」

 二人の様子を高音は何が何だかわからないと言った表情で見ていた。

「……で、このタイミングで出てくるってことはは当たってたのか?」

「……ええ、まっ、大方予想通りってとこね」

 一段落付いた後、投げられた問いにセインは先ほどとはうって変って真剣な顔で肯定した。

「高音ちゃん、だっけ?」

「え、はい……?」

、覚えてるかしら?」

 セインは鈴江の隣の椅子に腰かけると、手のひらを上に向けた状態でそれを机の上に差し出した。そして、徐々に彼女の手が光を帯びていくと、やがて光の球体が現れた。

「これって……」

「そ、この間この子の隣にくっついてたのがアタシね」

 そういってセインが手のひらを閉じると光の球体は散開し、塵と消えた。

 高音の夢の中の記憶に確かにそれはあった。夢の中に出てきた、逃げずに自分の方へと向かってくる人影、そしてその隣にある強い光、それらの正体が自分の目の前にいる二人であると、高音の中で点と線がつながった。

「まあアタシの事についてはまた追々説明するとして……高音ちゃん。あなたが会ったっていうその男。その男の正体を私はしってるわ」

「え……」

 突然の物言いに高音は目を丸くする。鈴江は変わらぬ表情でセインの方を見ていた。




「そいつの名前は『ダーネス』! かつて私の故郷を支配しようと企み、私を殺した張本人よ!」

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