S2-5「尋問」
「――え゛!」
「いや、あたりまえだろ……」
流し目でセインを見つめながら鈴江は呆れ声で言った。セインは先ほどまで突っ伏していた顔を上げ、よほど予想外の事だったのか口を開けて固まっている。
「ちょ、ちょっと! どういうことよ! 話が違うじゃない!」
セインは我存ぜぬと大あくびをかましていた飯田の方を向いて吠える。
「ん? ああ、そりゃね。この子あんたの情報得るために呼んだだけだし。そもそも今日連れてきたんだってたまたま病院で会っただけだからね」
「な……!」
「……わたしもそんな話はさっき初めて聞いたしな」
それがどうかしたのか、とでも言いたそうな表情で飯田は言った。鈴江も目を伏せながらそれを肯定する。
「うそーん……」
そういうとセインは再び項垂れ、支えの無くなった頭部は机の面に音を立てて落下していった。
「…………」
音の震源地を見ながら鈴江はどうしたものかと思慮を重ねていた。
鈴江自身、別にセインに恨みがあるわけではない。むしろ先日のことを考えれば感謝すらするべきであり、恩を返すのであれば今がそのときであろう。が、しかし、身元不明、無職(元神)、露出狂。この負の大三元を成立させてしまったこの女を正式な手続きなしに自由の身にするのは、いささか無理があるという物だろう。もし、彼女がただの訪日外国人で最悪不法入国の身だったとしても、強制送還されればそれで済む話である。しかし、彼女の話をすべて信じるのであれば、彼女は国どころか世界が違うところからきている、ましてや幽霊である。このままでは無い物を延々と問い詰められてここに拘束されてしまうことだろう。もしかしたら幽霊として逃げ出すこともできるのかもしれないが、その瞬間から彼女は御尋ね者扱いになるだろう。
「……あ! そうだ!」
「ん?」
鈴江があれやこれやと考えていると、突然セインが打ちつけたせいか赤くなったデコを見せて声を上げた。
「ちょっとそこのインチキ警官!」
「残念ながら俺は本物だ。 で、何?」
「この子のお母さんいるでしょ! 今! ちょっと呼んできて!」
「なぁ!?」
セインのあまりの申し出に鈴江は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「……呼んでどうするんだ?」
飯田は少しの沈黙の後、怪訝な顔をして尋ねた。
「私の身元保証人になってもらうのよ!
「おい、どういう……ムグ!」
セインの意図がわからず声を上げそうになる鈴江をセインが無理やり口をふさぐことで制する。
「……?」
飯田は二人のやり取りを疑惑の表情でしばらく見つめた後、『ま、いいか』と小さくつぶやくと、鈴江にセインが逃げ出さないように見張っておけとだけ言うと、部屋から出て行った。
飯田が外へ出ていくのを見送ると、鈴江はセインの腕を引っ掴み、拘束を荒々しく解いた。
「おい、いったいどういうつもりだ?」
「大丈夫よ! アタシに秘策があるわ! 鈴江はさも当然のようにそこに座ってるだけでいいから! 当たり強くいったらあとは流れでいいから!」
「何でそういうくだらんことは知ってるんだお前は……」
やけに自信満々な態度に困惑しつつ、かつ無駄な知識に呆れつつも、他に特に妙案も浮かばない鈴江はセインに制されて、椅子に座りなおした。
「あ!」
と、ここでまたもやセインが声を上げた。
「今度はなんだ?」
まだ何かあるのか? と鈴江は頬杖を突きながら横目でセインを見やった。
「あんたのお母さん、名前何?」
「知らないのかよ!?」
予想外の質問に鈴江は頬杖の上から頭を滑り落とした。
「
「マオ……真央ね! OK!」
「…………」
名前も知らないというのにいったい何をするつもりなのか、鈴江の表情にいよいよ疑念の色が濃くなってきたが、ちょうどその時、飯田が鈴江の母、真央を連れて取調室へと戻って来た。
「……というわけでね。ちょっとよろしくお願いします」
「はあ……」
おそらく外で飯田から簡単に状況の説明が成されたのであろう。真央は若干戸惑いながらも飯田の後に続いて部屋に入った。すると、
「真央~! 久しぶり~!」
「「――!?」」
「…………」
真央が入ってくるやいなや、セインはいきなり真央に抱きついたのだ。思わずこれには鈴江も目を見開いた。当の真央本人は完全に困惑してしまっている。いきなり見ず知らずの女に抱きつかれたのだ。至極真っ当な反応である。なお飯田、止めることもなければ注意すらしない。
「なっ……ちょ、えっと」
完全にパニックになってしまった真央、するとその耳元でセインは囁くようにつぶやいた。
「――リライト」
「――!」
飯田、鈴江にそれが聞こえることはなかったが、鈴江はセインの手がほのかに光を放っていることに気が付いた。そしてそれは鈴江とセインがあの空間に閉じ込められた際、セインが
しかし、それはすぐに収まっていき、気づくと真央の方も落ち着きを取り戻して静かになっていた。すると、
「あら~、ほんと久しぶりじゃない! いつ以来かしら本当に!」
「――!?」
鈴江は驚愕した。どう考えても初対面であったはずの母とセインが、まるで旧友に再会したかのように和気あいあいと話しているのだ。
「あ~、できれば早く話進めたいんで席ついてくれます? 本当はこんなに当事者以外の人ここに入れちゃいろいろアウトなんで、……まあバレなきゃ問題ないんだけど」
そこへいつの間にか自分だけ席についていた飯田が二人に向かって言った。
二人が席に着いた後、飯田によってあれやこれやと説明が成されている間、鈴江は終始セインの方を不信感を抱いた目で見ていた。
「いやー、ほんと助かったわ。ありがとうね二人とも!」
その後、数多の手続きを得て晴れてセインは書類送検の前科持ちとなって、日の下へ出ることを許された。
「まったく、もうやるんじゃないわよ? あんなこと」
「もう懲りたわよ……」
真央に呆れ顔で言われ、セインは苦笑いしながら言った。
「…………」
鈴江はその様子を一歩引いた位置から、黙ってみているだけだった。
「――母さん」
「ん? 何?」
いざ家に帰ろう、といった段階で鈴江が不意に切り出した。
「私はセインと少し寄りたい場所があるから、先に帰っててくれないか?」
鈴江は隣にいたセインの肩に手を置き、言った。
「ああ、そう? 帰りはどうするの?」
「電車で帰る」
真央は少し考えた後、こくりとうなずいた。
「まあいいわよ、セインもいるし、遅くなり過ぎないように帰るのよ」
「分かってる」
鈴江が言いながら頷くと、真央は鈴江たちが乗ってきた車に乗り、再度遅くなるなと釘を刺して帰っていった。
残された二人のうち、一方はもう一人の肩をがっしりとつかみ、もう一方は冷や汗を垂らしていた。
「さて、セイン。来てもらおうか」
つかまれた肩から何かが軋む音が聞こえた。
桜埼署近辺にある公園、例の飯田がサボタージュに勤しみ、セインがその素肌を晒して御用となった場所。その公園内の外れの外れ、ほぼ誰も使わないであろう場所にひっそりと佇む公衆便所。その裏手にふたりはいた。うら若き見た目の女性二人がこんな人目につかない場所にて、することと言えば、
「吐け! 吐くんだ!」
そう、尋問である。
「正直すまんと思っている」
「謝るつもりがあるならもう少し誠意を見せたらどうだ?」
「スイマセンでした!!」
鈴江に胸倉をつかまれ壁に押し付けられたセインは冷や汗を垂らしながら声を張り上げた。
「お前さっき母さんに何をした?」
鈴江は先ほどの不可解な出来事について、説明を求める。警察によって支給された服に早くもシワやノビができ始める。
「えー……っと、軽い……暗示の魔法を、ね?」
「正直に言え」
「記憶改ざんの魔法を使いました。ごめんなさい」
鈴江の巧みな尋問術の前にセインは成す術なく自分の行いを吐くことになった。
「私はお前に恩があるが、母さんは無関係なんだぞ?」
鈴江はセインに対する拘束を解きながら、言った。顔も笑ってなければ目はさらに笑っていない。
「ホント勘弁してください! こうするしかなかったんです! 私の目的のためにはこんなところで足止めを食ってるわけにはいかなかったのよ!」
この女をどうしてやろうか、と考えていた鈴江はセインのある言葉にその思考を中断した。
「……目的だと?」
「ええ、そうよ」
鈴江がそういうとセインは鈴江によって乱された服を正しながら、打って変わり真剣な声色で言った。
「それに、これは
その言いざまはまるで別人のようであった。
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