S2-4「ヘンタイ女神とインチキ刑事」

「鈴江~! I love you~!!」

「…………」

 セインのラブコールが扉の外にいる三人に聞こえてくる。

 鈴江は何も言わずひきつった顔で窓から見えるその声の主を見ている。鈴江の母は様子のおかしい娘と、娘の視線の先にいる女を交互に見て困惑した表情を見せる。飯田、それらの様子を一歩引いた位置から見てただ突っ立っているだけ。

 三者三様の反応を見せる中、不意に三人の目の前の扉が音を立てて開いた。

「い……いぃださ~……ん……」

 中から保存のために軒先に干されたものの、その存在を忘れられてしまった野菜類のような生気のない顔をした男が出てきた。動く屍のような声で自身の名を呼ぶその存在を飯田は知っていた。

「おぉ、日並ひなみ……どったの、その顔?」

 日並、そう呼んだ男に対して形ばかりの気遣いを見せる飯田。

「僕には……僕にはもう奴の相手は無理です。まさか、あそこまで話が通じない人間がいたなんて……!」

 日並はほぼすがり付くような形で飯田に言った。するとその直後に日並の体はがっくりと力が抜け、地に倒れ伏してしまった。

「あ~あ…………よっこいせ!」

 飯田は日並のほぼ亡骸なきがらを特に介抱することなく廊下の端へと寄せると、部屋の入り口に戻って来た。

「鈴江~!」

「……呼んでるけど?」

 扉が開かれたことにより、より鮮明に聞こえるようになった鈴江コールに、飯田は鈴江の顔色を窺う。

「……はあ、わかりました。……母さんはここで待っててくれ」

「あ、うん……」

 溜息を一つついて何かを諦めたような表情でそういうと、鈴江は母を外に残し、飯田の後を付いて取調室の中へと入っていった。


「いやー、よく来てくれたわー! もうこのまま変態の汚名を被らされて終わりかと思ったわ!」

 セインが大げさに涙をぬぐうゼスチャーと共に感動の言葉を口にする。

「とりあえずだな、なんでお前がこんなところにいるのかが私は不思議でならないんだが?」

 そんなセインを怪訝な顔で見ながら鈴江は言った。

「それに関しては俺の方から説明させてもらおうか」

 そこへ鈴江の椅子を用意した飯田がセインと対面になるように座り言った。その様子を見たセインはあっ! と声を張り上げった。

「鈴江! こいつよ! こいつが私をおとしいれた張本人よ!」

「なるほど、飯田さん。気にせず説明お願いします」

「鈴江!?」

「……お前の話は後で聞いてやるから今はとりあえず黙ってろ」

「ぐぬぬ……」

 主張を却下されたことにセインが喚きたてそうになるのを鈴江が強い言葉と視線で圧殺したのを確認すると、飯田はセインが今に至る経緯を語り始めた。




 ――――あれはそう、俺が朝に署の近くにある大きめの公園でサボ……休憩してる時にだな、仕事がいや……日々が平和であればいいなと思いをはせているとだな、どこか遠くから叫び声が聞こえたんだ。年老いた爺さんの声だった。めんどくさ……いと思うこともなしに俺はすぐさま爺さんの元へと駆けつけた。そう、駆けつけたんだ。うん……。で、現場についてみると爺さんが腰抜かして歩道の脇にへたり込んでたんだ。俺がどうしたのかって聞いてみると、その爺さん、うわごとのように『お……オンナ……女が……!』って言いながら道の先の方を指さしてたんだ。で、俺はその爺さんの遺言に従ってその道の先へと進んでみたんだ。そこは公園の広場の部分だった。そして、そこのちょうど中心辺りに何やらおかしなものが見えた。……それは裸の女だった。俺はとりあえずそいつに声をかけてみた。もしかしたら事件の被害に遭ったのかもしれないと思ったからだ。決して捕まえた後の処理がめんどくさかったとかそういうことじゃない。すると女は不自然なほど平然としていた。裸でいることを一切恥じることがなかった。俺は嫌な予感がしたが恐る恐る聞いてみたんだ。『なんで裸なんだ?』と……。すると女は言った。『裸でいることに何を恥じることがあるのよ!』と。俺はこいつは黒だと確信した。結局俺はサボるために来た公園で露出狂を逮捕するハメになってしまった。




「……で、その女ってのが今そこにいるその人ね」

「有罪!」

 飯田の証言の元、鈴江によって判決は言い渡された。

「待って! 違うのよ!」

 言い渡された判決にセインは慌てて机にその身を乗り出して意義を申し立てる。

「いや、何も違わないでしょ。それにあんた捕まった後も『人間みんな生まれた時は裸でしょーが!』とかなんとか叫んでただろう?」

「うっ……」

 意義通らず。セインは飯田に言い返す言葉が思い浮かばず、唯々目の前の男を忌々しげに睨みつけることしかできない。

「――セイン……」

 と、そこへセインの右斜め前方向から恐ろしく低い声が聞こえてきた。恐る恐る視線を移すとそこには絶対零度の視線でセインを睨みつける鈴江の姿があった。

「前に会った時も、もしやとは思ったが……まさか本当に変態だったとは……。幻滅したぞ」

「あ……あぁ……」

「おぉ……」

 その怒気にセインは完全に気圧され、飯田が入ってきたときに見せていた勢いはどこかしらへと吹き飛ばされていた。

 当事者ではない飯田もそのヤクザ顔負けの迫力に小さく感嘆の声を漏らした。


「――申し訳ありませんでしたぁぁぁぁ!!」

 約二秒後罪人はようやく己の罪を受け入れた。


「ん、犯人自供と……」

 セインの叫びを聞いた飯田は手元にあった用紙に何かを書き込んだ。その時、何かに気付いた。

「ん? あれ、あんたまさか名前すら吐いてなかったの?」

 飯田が書き込んだ用紙、それは取調べで得た情報を簡単に書き込んでおく物だった。セインの強情の前に破れてしまった新人刑事、日並の残したものであったが、そこには『原田鈴江という人物を呼ぶことを要求』としか書かれていなかった。

「これしか言わないから日並に丸投げしたけど、まさかあれから何にも進んでなかったとはなぁ……」

 さすがの飯田もこれには呆れ顔でセインを見る。当のセインは打ちひしがれたボクサーの如く机に突っ伏し、力尽きていた。

「セイン・グローラム」

「ん?」

 不意に鈴江が口を開いた。

「セイン・グローラム。彼女の名前です」

「えーと……あってる?」

 鈴江の証言した名前を飯田はとりあえずと言った様子で本人に確認を取る。

「あい……間違いないです……」

 机に突っ伏したまま小さく頷きながらセインは力なくそれを認めた。

「……えー、職業は?」

「無職の浮浪者です」

「はい……それでいいです」

 鈴江の証言に一切反論せずそれを受け入れていくセイン。飯田は深く考えることを放棄したのかそれを黙々と紙に記入し始めた。


 その後、国籍など一部情報をうまくはぐらかしながら必要な情報を洗いざらい吐いた後、鈴江があることに気付いた。

「そういえば、なんで私を呼んだんだ? 少なくとも今回のことに関しては全く関係ないぞ?」

 鈴江は未だ机に突っ伏したままのセインを見らがらいう。

「あー……いや、なんかそこの不良警官に釈放されたかったら身元保証人がどうのって言われたから……アタシの知り合いってあんたくらいしかいないし、ゴネてたら来てくれるかなーって……」

「誰が不良警官だ」

 セインはうつむいていた顔をのっそりと上げ、覇気のない声でそういった。飯田はセインの言いざまに反論するも、椅子に浅く腰掛け、頭の後ろに手を持っていきながら言うその空いた電車に乗車する高校生のような姿からは少なくとも真面目さは感じられなかった。

「……まあ現にそれで私は連れてこられたんだが、セイン」

「ん?」

 鈴江に顔に先ほどまでの怒気は既になく、代わりに真剣な表情がそこにはあった。


「私はだからお前の保証人にはなれんぞ?」

「え゛!?」

 ――飯田はその様子を見ながら大きく欠伸をしていた。

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