S1-12「籠目」

 開花した腕の花の中心にいたのは紛れもない、空だった。


「空!」

 思わず駆けだそうとする鈴江をセインの腕が遮る。

「待って! ……何か様子が変よ、アレ」

 鈴江を片手で制しながら眼前の空と、その後ろに居る腕の化け物を見る。空は冷たい目でただこちらを見つ目ていた。そこにはまるで光が宿っていない。言うなれば深海、暗闇と無音の支配する世界、それが二つの小さな目の中に凝縮されているようだった。

「フーん、来ないンダ……」

 鈴江とセインのやり取りを見ていた空がぽつり、とつぶやいた。目は依然そのまま、顔だけがまるでとって張り付けたような笑顔を浮かべている。

「来タラめっタ刺しにしテヤろウと思っタノニ……」

 不気味に口角を釣り上げ、そういう空の後ろに無数の刃が浮かんでいる。否、持ち上げられている。敵本体から生えている腕が無数の刃物を掲げている。

「――ッ!」

 絶句。ようやく見つけた親友に完全なる殺意を向けられた鈴江は、その場に立ち尽くしたまま何も言えずにいる。

(……! やっぱりそうか!)

「その辺にしときなさい。人形劇のつもりなら随分と悪趣味ね」

 代わりに言葉を発したのはセインだった。彼女は空とその後ろの敵をにらみながら強い口調で言った。

「鈴江、安心……はできないけど、一つわかったわ。あの子、操られてる」

 鈴江が驚いた表情でセインの方を見た後再び空へと視線をもどす。言われた当の本人は心なしかつまらなそうな表情をしているように思える。

「なーンダ、思ッてタヨリだいぶ早カッタね気ヅくノ」

 言いながら不自然な笑みを崩さないままセイン、鈴江を交互に見やる。背後の腕はその位置を維持したまま波打つようにうごめいている。

「お前は……お前はいったい何がしたいんだ!」

 言ったのは鈴江だった。鈴江は空を、正確には空の後ろにいる敵本体を睨みつけながら言った。その言葉には強い怒気が混じっている。

「別ニ? この子ヲ使ッてるノハただアんタと話しタカッただけだよ。特に理由ナンテなイよ」

 なんでも無いように答える空、もとい敵本体。鈴江の怒気がさらに増すが、気にも留めることはない。

「ワたしの目的ハここニ入ッテキタやつらヲ絶望さセテかラ殺スこトダヨ」

「何でそんなことを……」

 本体の語る内容に鈴江は背筋に冷たいものが走る感触を覚えた。いったい、何故そんなことをするのか、鈴江がそれを実際に言い切る前に答えは相手の方から飛んできた。

「ソれヲが望ンでるカラダよ」

「あいつ……?」

 あいつ、という言葉が何を指しているのか、思い当たる節の無い鈴江はただその言葉を復唱することしかできない。腕はさらに言葉をつなげる。

「あいつハ自分以外の、ソれも幸セニ暮らしテイルやツらが大嫌いナンだ。ダカラ、そウイウやつらヲ一人残らズ殺してヤリタいって思ッてる」

「…………」

「でもソレにハ魔力がイルんだヨ。だから人ヲ殺す時に出来ルダケ苦しメて、絶望ノ内に殺す。恐怖に染マッた魂ハ多くの魔力を残シテいくカラネ。そシテ余った魔力を献上すレばワタシの力はサラに大キクナル」

「魔力……献上だと?」

 魔力、という単語に反応し、先ほど同じように魔力がどうだと言っていたセインの方を見る。セインはその視線に気付いていないのか、何も発することはない。しかし、その顔は先ほどよりもより険しいものとなっている。

「今日モマたバカな奴が釣らレテきたト思ッタンだ。シカモそレを追ってきた奴もオマけでネ。」

鈴江はそれが自分たちのことを指していると理解した。自分たちは最初からこいつの手のひらの上でいいように弄ばれていたのだと、理解した。

「……デモ、結果ハコのザマ。苦シメテ殺すどコロかソっチからワタシを殺シニ来る始末ダ」

 本体は忌々しげにそういうとゆっくりとセインの方へと視線を移した。

「そッチの黄色いのノセイで予定がめチャクちゃにナッた。……黒イノのせいデスごく痛イ目を見る羽目にナッタ!」

 徐々に敵の言葉に強みが増してくる。乗っ取られている空の顔が歪な怒りに染まっていく。

「だカら……! オ前たチダけは絶対ニ殺シテヤる!!」

 そういうと同時に敵は空の体で本来の本体をまとった状態で鈴江とセインに飛びかかった。本体の腕には大小さまざまな刃物、鈍器が握られている。また、空の手中にも一本の包丁が握られている!。

「危ない!」

 武器類が体に届く前に二人は左右別方向へと回避する。それを逃がすまいと敵本体は手中の得物を投げつける。鈴江は紙一重でそれを避け、セインは手持ちの剣でそれを叩き落とす。

「チぃ! ちョコまカと!」

 お互い反対方向へ避けた結果、敵本体を挟み撃ちする形になった。敵は、空の身体を鈴江の方へ、本体の方をセインの方へと向けた形になる。

 状況的には鈴江達側が有利、しかし敵は一切の動揺を見せず、むしろほくそ笑んでいるようにも見える。

「挟み撃チデ有利な状況ニデモなッたツモリか?」

 そういうと空と敵本体の身体から黒い霧のようなものがあふれてくる。それは地面を這い、やがて壁を伝って屋上から下へと流れ出ていく。

「これは……魔力!」

 声を上げたのはセインだった。セインはその黒い霧のようなものが魔力によって作られていることを察知した。

「こノ学校ニイる時点で! お前タチニ有利な状況ナンてあリハしない!」

 空の口からその言葉がつづられると共に、ただ流れるだけだった霧状の魔力が数か所に固まるように集まっていく。次の瞬間にそれは今まで何度も見た腕の怪物へと変化する。

「――っ!? これは!」

「コレデ数はコッちが有利ニナッた……黄色イノは任せるヨ!」

 目の前の光景に驚いている鈴江をよそに敵がそういうと、新たに生み出された腕の怪物はみなセインを取り囲むように移動する。

「っ! セイn……!!」

「お前ノ相手ハワタシだ! 黒イノ!」

 間髪入れずに鈴江に包丁を持った空と本体が鈴江に襲い掛かる。その剣撃はただ闇雲に得物を振り回すだけのもの、しかし手数が圧倒的に違いすぎる。ぱっと見で正確な数が把握できないほどの腕から放たれる攻撃をたった一本の刀で応戦しなければならないのだ。また、敵本体に攻撃を仕掛けようにもその前に空の体が立ちふさがる。空の体ごと敵を切ることのできない鈴江は満足に攻めることができない。

「うぐっ……!」

 圧倒的劣勢に立たされた鈴江に少しずつ傷が刻まれていく。ただ相手の攻撃を受け続けることしかできない。

「鈴江! くっそぉ! なめるなコノォ!!」

 そんな鈴江の様子を見たセインが大ぶりの剣撃を放つ。それをくらった雑魚腕たちが二、三体まとめて塵と化す。しかし、未だ残る他の雑魚に阻まれ鈴江の元へ行くことはできない。

「……思ったヨリやるな、アノ黄色イの。めンドくさイコトニなる前ニお前カラさッサと殺シテヤル!」

 そう叫ぶと敵の攻撃はより一層激しさを増す。そのうちの一つ、上部にホースのついた赤い円柱、消火器による打撃が鈴江の左足を襲う。

「う、ぐぅあああああああ!」

 足に強烈な打撃を受けた鈴江はそのまま床に倒れこんでしまう。さらにはその衝撃で桜花を投げ出してしまった。

「ぐぅ……はぁ……はぁ……」

 立ち上がろうと足に力を入れようとするもなかなか力が入らない。そうこうしていると倒れ伏す鈴江に影が差す。

「マズは一人……」

 空の手に握られた包丁が逆手持ちで高く、空の頭上に持ち上げられる。 月の逆光で正確には分からないが、その顔はひどく、それはひどく満面の笑みに見えた。

「シね」

 空の持つ刃が勢いよく風を切った。

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