S1-7「嘲笑う無表情」
(あれは……人体模型?)
――人体模型。
おそらく各学校に一つはあるであろう、ヒトの体内機関を簡易的に表した物体。
ここは学校、故にここに人体模型があること自体は何もおかしくない。だがしかし、
視線の先には、先程廊下から入ってきた人体模型が立っている。息を殺して様子を
いったいアレは何なのか、何をしにここに来たのか、いや、ここに来た理由は分かっている。おそらくは自分とセインを捕らえるためなのだろう。ここにいる者(物)はほぼすべて、環境に至るまでが自分の敵なのだ。おそらく奴もきっとそうなのだろう。
鈴江はこれまでの僅かな経験と直感で、人体模型が自分にとって危険な存在であると本能的に察知していた。しかし、だからといって不用意に何かを仕掛けることはしない。自分の目的はあくまで空を助け出し、この場所から無事に脱出すること。そのためには極力敵と遭遇することは避けるべきなのだ。
(どうにかこのままどこかに行ってくれるとありがたいんだが……)
なんとかやり過ごしてしまいたい。そう思いながら視線を隣に隠れているセインの方へと移した。
セインは黙ってこそいるが、その顔は緊張や恐怖よりも好奇心が前面に出ているように思えた。現に今もいったい何が見えたのか? 教えろ。と言わんばかりの表情で鈴江に視線を向けている。
鈴江はそんなセインの様子を見て、何とものんきなものだ、と思いつつ再び模型の動きに注意を向けた。
模型は決して動かぬ表情筋をさらけ出しながら、無表情で周囲を見渡している。その際に関節部分から人工物同士がこすれる音が鳴っている。
(やっぱり私たちを探しているのか? ……っ! まずい!)
模型はしばらく自信の周りを見渡したのち、おもむろに歩き出した。その方向は鈴江とセインが隠れている方向。
(隠れていないか
「(セイン!)」
「(ん?)」
「(おそらく敵であろうやつがこっちに向かってきてる。場所を変えないと見つかるぞ)」
急に焦りの色が強くなった鈴江の表情に一瞬戸惑ったセインだが、すぐに事態を察すると彼女の言う通り位置を移動しようとした。……が、
――ゴンッ!
「いっt(――ムグォ!)」
突如セインの頭部周辺で鳴り響く鈍い音、何事かと思い見るとセインが隠れていた場所から移動しようと頭を上げた際に机の天井に頭をぶつけていた。反射的に声を上げようとするセインの口を押え、強引に声を体内に押し戻す。
「(何やってんだ! このバカ!)」
「(さ、サーセンした……)」
敵にばれないよう小声でセインを咎める、だが、おそらく状況が違えば声を張り上げて怒鳴っていただろう。鈴江の剣幕に気圧されたセインは、彼女にしてはずいぶんと素直に謝った。
しかし、それで許してもらえるのは味方の場合のみ、敵は常に非情であり無情である。セインが頭をぶつけた時になった音、そして彼女が漏らした声を敵は聞き逃さなかった。
ゆっくり、確実にこちらへと向かってくる。このままではまずいと、二人は急いで別の場所に隠れる。しかし、焦るあまり二人はそれぞれ違う場所へ隠れてしまった。
模型は音のした場所を覗き込んだ。しかしそこには何もなく、何も見つけることはできなかった。模型は覗き込むのをやめると、再びその場から周囲を見渡し始めた。
――まずいことになった。二人がバラバラの場所へ隠れたことにより、同時に敵に捕捉されることはなくなったが、敵に見つかるリスクは単純に倍になってしまった。おまけに、アレに感情や意志の類があるのかはわからないが、敵はさっきよりもより確信を持ってこの部屋を探してくるだろう。
(やはりこのままやり過ごすのは無理か?)
どうするべきか思案に暮れる、だがとにもかくにも敵の動きを見ぬことには始まらない。そう思い物陰から顔を出し、敵を捕捉しようとした。しかし、
(いない! どこへ行った!?)
物陰に隠れて敵から目を離したほんのわずかな時間、そのうちに模型は鈴江の認識の範囲内から忽然と姿を消した。
(部屋から出て行った様子はない! いったいどこへ……)
――カチャッ
生物の持てる五感、それのもっとも手薄になる場所、背後からその音は聞こえた。
「し、しまったぁ!! 桜k――うぐぁ!」
一瞬、ほんの一瞬反応が遅れる。桜花を戦闘態勢へ切り替えようとした鈴江に、ヒトを模した無機物から人間らしい動きの蹴りが放たれる。
「がはっ! くそ! 桜花!!」
衝撃でゴロゴロと転げる。だがそのまま転がる勢いを利用しすかさず体制を立て直す。桜花と共に自身も戦闘態勢に入る。
「鈴江!?」
やや離れた場所に隠れていたセインが、異変に気付いて声を上げる。
「セイン! こうなったら仕方ない! やるぞ!」
目はまっすぐ敵を捕らえたまま、セインに向かって戦闘の開始を告げる。
敵は一体、それに対しこちらは二人。状況はこちらが有利。しかし、鈴江はにらみを利かせたまま、動こうとしない。なぜなら、相手はこれまでの敵とは勝手が違うせいだ。今までの相手のような異形の相手ではなく形だけではあるが人型を取っている。そして、先ほどの蹴りからもわかるように、こいつの攻撃方法は人間のそれに近い。
模型は鈴江を蹴りつけた足を再び床へとおろすと、鈴江をじっと見返した。いや、正確にはその方向を向いたと言った方が正しいのかもしれない。鈴江の敵意、それに伴う眼光を目の当たりにしても偽りの表情はピクリとも動かない。一切の意思を感じない。
(表情が動かないせいでまるで何を考えているのかわからない。いや、そもそもこいつは何かを考えて行動しているのか?)
お互い何もしない。お見合い状態。実際はほんの僅かな一瞬のこの間、しかし、実際に戦闘中の存在にはその時間はまるで1分にも10分にも感じる。
「――――!!」
その硬直を先に破ったのは模型の方だった。その足で地面を蹴り、鈴江へと向かってくる。それに合わせ刀を振るう。しかし。
「――! 避けられた!?」
刀は何も捕らえることはなかった。ただ空気を棒状の物が薙ぐ音だけが聞こえる。模型は鈴江に突っ込んできていた、しかし、それに反応し桜花を構えたのを見て、瞬時に減速、地面を蹴って後方へとジャンプしたのだ。
「来る! しまった、間に合わない!」
刀を扱うことに関してはド素人もいいところの鈴江、故に彼女の攻撃はとにかく力任せに振ること、そのため今の攻撃を避けられたせいで彼女は隙だらけ、
「セイントアロー!」
模型が放とうとした一撃はその声と共に横方向から飛んできた閃光によってかき消された。その閃光が放たれた場所にはセインが立っていた。
「腕一本吹っ飛ばしてやったわ!」
見ると模型の片腕が根元付近から砕け散っている。
「セイン!! 助かった!」
「そうバンバン打てるもんじゃないわ! しばらく援護できないわよ!」
「ああ、わかった!」
そういうと同時に刀を構えなおす。
「テェェ!!」
セインに狙撃された衝撃か、それとも腕を失ったことによりバランスが乱れたのか、
その斬撃は模型の首を確実にとらえていた。模型の首が胴体から離れ、宙を舞う。すると切断された首部分から黒い霧上の物が勢いよく吹き出し始めた。
間違いないこれはあの腕たちと同じものだ。そう認識すると同時に頭と片腕の無い人体模型がまるで毒を食らった人間のように悶え、苦しみだした。
模型が悶える動きは徐々に鈍くなっていき、最終的には膝から崩れ落ち、うつぶせに倒れるとピクリとも動かなくなった。
「……作り物のくせに人と同じように首が弱点だったのか?」
動かなくなった敵を見て、戦闘が終わったと思ったと同時に桜花も元の状態へと変化した。セインの元へ歩こうとした。その時だった。
「鈴江ぇー!!」
セインが声を張り上げて自分の名を呼んでいる。その顔は焦りと驚きに満ち、自分の方向を見ている。鈴江は、セインが何をそんなに焦っているのか理解できなかった。
「鈴江ぇー! 後ろー!!」
だがそれも次の瞬間に解決することとなった。彼女が見ていたのは鈴江ではなく、そのさらに後ろ。慌てて振り向くと、そこには先ほど崩れ落ちた人体模型の破片を自分の高々と頭上に掲げた
「あ……」
振り下ろされた腕を見たのを最後に鈴江の意識は途絶えた。
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