S1-6「無機質な足音」

「……で、これからどうすればいいんだ?」

 鈴江がセインに尋ねる。

 無事セインと合流できた鈴江だが、依然として状況は悪い。どこからか襲ってくる敵から逃げるか受動的に応戦するかの二択なのだ。

 ここから脱出するためには、少なくともこちら側から何かを仕掛けなければならない。その何かを知っているのが他でもないセインなのである。

「え~とね、とりあえず今の状況だけおさらいしとくと……」

 そういうとセインは、どこから取り出したのか紙とペンを使って状況を箇条書きにしだした。


 一、今いる場所は本来の学校とは違う。

 二、そこら辺に敵がうじゃうじゃいる。→こちらも応戦することは可能。

 三、ここから脱出するためには敵のを倒さなくてはならない。→見つけてぶっ倒そう。


「こんなところかしらね」

 セインが書き記したのはこの三つだった。そして、この中でもっとも重要になるのは三つ目のものだろう。

 セインがそれについていよいよ説明しようとしたとき、鈴江がセインの言葉を遮って割って入った。

「いや、もうひとつ追加してくれ」

 そういうとセインの持っていた紙とペンを取り上げ、追加の項目を書き記した。


 四、空を捜索する。


そら?」

くう。人の名前だ。そもそも私はこの子を探すためにここに来たんだ」

 頭上に疑問符が飛んでいるセインにこれまでの経緯と空のことを説明した。

「なるほどね~、その子がここにいるかもしれないと思ったからこんな時間にここに来た。で、見つけたはいいけどはぐれて気がついたらここにいたと」

「……そうだ」

「かぁ~! 友情っていいわねー! なによ、アナタすました顔して結構熱い性格してんじゃない。ライオンに狩られた子供取り返しに来た水牛見たときと同じくらい感動的よ!」

「…………」

 感動してるのかしていないのか、いまひとつよくわからないセインの言葉に乾いた視線を向ける。

 セインはそんな鈴江の心中など知ったことではないと言わんばかりに笑顔で背中をバシバシと叩いてくる。

 このままでは背中の耐久が保たないと思った鈴江はセインの腕を払いのけ、自分の要求を言う。

「とにかく私は空を見つけるまではここから出るわけにはいかない。助けてもらっておいてその上こんなことを言うのは勝手だとは思うけど、空を探すのも手伝ってくれないか?」

「おー! いいわよいいわよ! そのくらい! アタシの女神ックパワーにかかればその程度大したことじゃないわよ!」

 自分の言うことが如何に虫のいい話か理解していただけに、あまりにあっさりと了承してくれたセインに呆気にとられ、一瞬反応が遅れたが、

「……ありがとう」

 そう言ってセインに頭を下げた。

「やーねぇ、頭あげなさいって。むしろ私にもその友情の一端担がせろってくらいよ」

 そう言って笑うセインを見て鈴江は、どこか空の面影を感じていた。

「――あ」

 セインが突然口を開けたまま固まった。

「どうした?」

「そういえばアタシのあなたの名前知らないわ」

「あ……」

 そう言われて鈴江は自分が名前すら名乗っていない事実に気がついた。先程は状況を確認している最中に敵に奇襲をかけられてしまったのだった。

「すまない、忘れてた。原田鈴江だ。改めてよろしく頼む」

「ハラダスズエ……スズエってのがファーストネームでいいのよね?」

「そうだ」

「そんじゃこちらこそよろしく頼むわね、スズエ」

 そう言うとセインは鈴江の前に手を差し出してきた。その手は固く握り返された。




「さて、なんとか無事にここまで来れたわね」

 二人は現在、北館二階、職員室の扉の前に立っている。空を捜索するため校内各所の鍵を手に入れるためである。

 すると教室に入る前に鈴江がセインに対してある疑問をぶつけた。

「一つ思ったんだが、わざわざ鍵なんか手にいれなくてもあんたが壁すり抜けて教室を覗けば済む話なんじゃないか?」

「いやー、実は幽霊モードの時って実はかなり無力な状態なのよねー。その時に襲われたら基本逃げることしかできなくなっちゃうからねー」

「つまり今の状態はその状態とは違うと?」

 そういうと鈴江は今のセインとさっき壁から湧いて出てきた時のセインを脳内で比較した。

 今、セインはしっかりと地に足をつけて立っている。また、その体も肉眼でハッキリと視認できる。それに対して、先程合流した際のセインの姿は床から若干浮遊した状態で、その姿もどこか実体がつかめず、体の向こうが薄手の絹布越しの風景のように映っていたように思う。

「そういうこと。私ほどの者になったら魂だけの状態になろうと実体を保てるもんよ」

「私はあんた以外のまともな幽霊を見たことがないから何とも言えないが、そういうものなのか? ……ちなみにその幽霊モードと今の状態の違いは?」

「幽霊モードは壁をすり抜けられるけど、同時に物も掴めなくなるし襲われたら反撃する手段がないわ。あと、ここ以外の普通の場所だと一部の人間以外には視認できないわね。……で、今のこの状態。実体モードの時は基本生きてる人間と同じように行動できるわね。だって使えるし。」

……?」

 セインの言葉の中に特異な言葉を聞き取った鈴江は、思わずその言葉を復唱した。

「そう、魔法。ほら、中庭でやったやつ」

「……ああ、あの光が……」

 何でもないように言うセイン。それに対して魔法等という非現実的な物にすんなりとは納得ができない鈴江。

「まあ、つってもこっちの人は魔法なんざ見たことも無いような人がほとんどだし、変に聞こえるかもしれないわね」

 鈴江の心中を察したかのようにセインは自分の発言に補足を入れる。

「――魔力にこだわらなけりゃ、誰でも使えるんだけどね」

 最後の言葉は鈴江の耳には届かなかった。


 額を押さえて唸っている鈴江を尻目に、セインは職員室の扉を開け放った。

「ハロー? 誰かいないわよね?」

 少しおかしなセリフを放った後、セインは室内へと足を踏み入れた。

「一人で勝手にいかないでくれ……」

 外で唸っていた鈴江もセインが部屋に入ったのを確認すると慌てて後を追う形で入ってきた。


 職員室の中をざっと見回してみたが敵の気配は特になかった。

 二人は校内各所の鍵が保管されている棚、先程鈴江が襲われたときに木っ端微塵になってしまった木片の継ぎ接ぎのような物体のもとへと向かう。

 そこへたどり着いた時、鈴江は気がついた。

「鍵が……ない?」

 鍵がない。彼女たちが求めていたものがそもそもなかったのである。

 厳密にはあるにはあるのだが、その数は本来そこにあるはずの数とは明らかに違っていた。

 辺りに落ちているのかと思い、見回してみるが、ガラスや木材の破片が散乱しているだけで鍵は見当たらない。

「……残っているのは、『理科室』と『職員室』。それと『一階出入り口』の鍵だけか」

 残されていたのはもう既に解放されている扉の鍵だけだった。

 これにより、新たに探索の場所を広げるのが困難になってしまった。残された方法は、しらみ潰しに空いている部屋を探して校内を練り歩くか、セインに頼んで室内の状況を危険を承知で確認してきてもらうかといったところか。

「いったいどうする……どうした?」

 意見を求めるためにセインに意識を向けた鈴江は、セインの表情の変化に気づいた。

「……なにか、来るわね」

「え?」

 耳をますと、確かに何かが近づいてくる音がきこえる。それは足音のようだった。しかし、只の足音のとは何かが違うように感じた。

 くつの音ではない。だが、ここに来てすぐの頃に聞いた音、今思えばあれは腕の化け物が移動していた音なのだろうが、それとも違う。非常に無機質で乾いた音だった。

 それはさらに大きくなり、もはや音で相手の動きがわかる程にすぐそこまで来ていた。おそらくもう既に壁の向こう側、職員室前の廊下には来ているのだろう。

「……どうしようかしら?」

「とりあえず下手なことはしない方がいいだろう」

「りょーかい」

 セインがそういったのを最後に、二人は極力物音を立てずに廊下にいるが通りすぎるのを待とうとした。

 しかし、足音ははたと消えてしまった。いなが移動することをやめたのだ。

(……入ってくるわよ?)

 どうする? セインがと苦笑いでに問いかける。

(とりあえずその辺に隠れろ!)

 二人は慌てて近くの物陰に隠れる。幸いにも隠れる場所には困らなかった。

 二人が隠れてからすぐに、部屋の入り口の方に動きがあった。引き戸がゆっくりと引かれる音。その音を鳴らしているであろう存在は、戸をゆっくりと全開になるまで引いたあと、動きを止めた。

(…………)

 鈴江の顔が険しさを増してきた。いったい誰なのか、いやそもそも人なのか。

 警戒心を高める中、はこれまたゆっくりと室内へと足を踏み入れた。高く乾いた足音が鳴っている。

 鈴江は物陰から侵入してきた存在を確認しようと顔を覗かせた。

(あれは……)

 それを確認した瞬間、目を見開いた。そこにいたものは人でも腕の怪物でもなかった。




(あれは……人体模型?)

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