S1-5「反撃」
「
鈴江の声が周囲に響き渡る。ただの空気の振動でしかなかったそれは、次の瞬間、希望を可視の力として呼び起こしていた。
手の中に先程まであった物体が消失し、代わりに一本の、
そして、刀は既に敵をとらえていた。刀が具現化した瞬間、無意識に飛びかかってきていた敵を切り捨てていたのだ。
刀が描いた線上にあったであろう敵の部位からは黒いモヤのようなものが噴出し、水中に落ちた墨汁の如く空中に広がってはやがて光の塵となって消滅していく。
「はぁ……はぁ……」
鈴江はこのときになって初めて、目の前の敵の傷が自分の手によってつけられたものだということを理解した。そして、理解すると同時に次なる行動へと出ていた。
「でぃやぁぁぁ!!」
両断、刀を振り上げ、負傷してのたうち回っている敵に対して頭上から力任せに降り下ろす。
自身を真っ二つにされた腕は、傷口から墨汁のような黒々しいモヤを噴出させ、やがて光の塵となって死散した。
残る敵は3体。内二体が鈴江目掛けて突進してきた!
「ヤァァァ!!」
今度は確実に敵に狙いをさだめ、一体を撃破。もう一体は放たれた斬撃を
が、鈴江、それを逃すまいと横なぎの一閃を放つ。その攻撃は逃げた腕の形を二つに分断することに成功した。が、しかし、
「なっ! し、しまったぁ!!」
突如周囲に肉を断つ物とは違う音が鳴り響く。力任せに放った横なぎの攻撃は、敵を撃破した後、勢いを殺しきれぬまま壁へと激突。すると、刀は見事な切れ味で壁に裂け目を入れると、そのまま深々と突き刺さってしまった。
「ぬけない! くそぉ!」
必死に抜こうとするが、下手に刺さってしまったがためにちょっとやそっとの力では抜けない。不足の事態に軽くパニックになっていた鈴江はあと一体
「がっ! な、にぃー!」
突如として遮られる視界、同時に自身の首を掴まれ、気道が塞がれる。
刀に意識を取られていた鈴江は頭上から忍び寄ってくる敵に気づかず、接近を許してしまっていた。間合いに入った無数の腕が顔を、首を、胴体を、徐々に侵食していく。武器を失ってしまった鈴江には、もはや反撃の
(まだだ!
廊下に今一度、肉を断ち切る音が響く。腕の塊が芯を通って、真っ二つに両断されていた。両断された衝撃で腕が拘束を解く、すると鈴江が今、いったい何をしたのか、それを解き明かす光景が明らかになった!
鈴江の手には桜花とは違う、
それは桜花と対になって存在する、所謂(いわゆる)脇差しだった! 名は『茂道(しげみち)』。
鈴江は自身の危機を悟ると、アドレナリン全開の脳の瞬間的な高速処理により、瞬時に反撃の方法を見つけ、行動に移したのだ。
短身の小刀とはいえ、密着状態から放たれた攻撃は敵を完全に分断し、芯をとらえられた敵は、もがく間もなく一瞬で光の塵となって消えた。
「――はぁ~…………」
脱力感からか、膝から崩れ落ちる。
なんとか、なんとか生き残ったのだ。たった数分、いや、ほんの数十秒の出来事だったのかもしれない。しかし、彼女はもうすべてが片付いた後のような疲労を感じていた。
しかし、そうではない。今のは本で言うところのほんの一ページにも満たない寸劇に過ぎない。ここから出るためにはまだまだやることが残っているのだ。
「とりあえず、
鈴江は自分のせいで間抜けな姿を晒している鉄塊を見つめ、そういった。
「さて、どうするか……ん?」
如何にして桜花を引き抜こうかと思考を巡らせていた矢先、鈴江は自分の手中に違和感を感じた。先程自身の危機を救ってくれた茂道が
それと同時に場に――チャリン、という音が小さく響いた。音のした方を見てみると、ついさっきまであった桜花が無くなっており、壁には一筋の亀裂が入っているだけだった。
「これは……」
亀裂の下にあるものが落ちているのを見つけ、それを拾い上げてまじまじと見つめる。
「元に戻っている……」
それは桜花だった。しかし、その姿は先程までのそれではなく、戦闘に入る前、セインに渡された時と同じ姿だった。
「私の気が抜けたから元に戻った、ということか。……茂道は一応付属品扱いなのか?」
桜花のキーホルダーは本刀となる桜花と脇差しの茂道がセットでくっついたデザインとなっている。それらは武器化することによって二つの独立した刀となり、元に戻った際は二本の刀が離れた位置にあっても自動的に一つのキーホルダーとなるようだ。
そして元に戻った時、キーホルダーがあった場所は茂道のあった手中にではなく、桜花のあった場所である。それから察するにおそらくあくまで本体は桜花なのだろう。
「まあ細かい仕様については後で聞けばいいか。そのためにもとりあえず今はセインを探さないと……」
「呼んだ~?」
「うわぁぁあ!?」
不意に横から聞こえてきた声に鈴江は飛び上がって驚いた。目の前に行方不明だったはずのセインが突然現れたのだ。
「ど、どこから出てきたお前!」
「ん? そこから」
セインが指を指した方向には扉などは一切無く、そこにはただ壁があるだけだった。
「いや、そこって壁……」
「あなた私が何なのか忘れてない?」
「…………ああ」
反論しようとしたところに問われ、あることを思い出す。そう、この女、幽霊なのである。
「いやー、ほんと襲われたとき結構本気で焦っちゃったわよー。なんとか蹴散らして来たけど」
「まあ無事で良かった。……ところで、」
「ん?」
「
セインを指差してそういった。正確にはセインが着ているものを指差して。
鈴江とセインが腕によって分断される前、駐車場内にいたときはセインはものの見事な全裸だった。しかし、今セインは科学者などが着用するような白衣を纏っていた。
「ああ、これ? 拾ったのよ。リカジュンビシツ? だったかしら」
何でもないように答えるセイン。確かに理科準備室ならば白衣の替えの一枚や二枚くらいは置いてあっても不思議ではないだろう。無論、それが誰のもので、どのような管理のされ方をしていたのかは全くわからないが。
だが、鈴江は物を手に入れた場所の事以上に、あることを思っていた。
「まあ、隠すところをちゃんと隠すことはもちろんいいんだが……」
「――?」
「裸に白衣一枚だといよいよ
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