S1-4「桜花」

「――しっつこいなぁ! こいつら本当に!!」

 鈴江は現在、猛スピードで迫り来る腕の団体から逃げていた。彼女がいるのは南校舎二階、各ホームルーム教室が並ぶ廊下である。

 またセインの姿もなく、単身校舎内を爆走していた。

 何故彼女が建物内に舞い戻り、あまつさえこのような逃走劇を繰り広げているのか、それはこの時より数分前にさかのぼる。




「……なんだこれは?」

 鈴江は己の手のひら……正確にはその平の上にあるものを見つめてそういった。

 彼女の手のひらの上には小さなキーホルダーがあった。それは一つの武器の形をとっていた。

「カタナよカタナ! ニホントウ! かっこいいわよね~」

「そういうことを言ってるんじゃない! この刀を模したキーホルダーは何だと聞いているんだ!」

 セインはこの神経の摩りきれる空間から出る方法を知っていると言った。そして、その方法はこの空間の元凶を倒せばいいという。だが、それを言って渡してきたのがこのちっぽけな飾り一つというのが鈴江が理解に苦しむ原因であった。

「ヘイヘーイ、ちゃんと説明しますよ~。ロマンがわからない子ね、まったく……」

「…………」

 あくまで自分のペースを崩さないセインに対して苛立ちを覚えたが、今は大人しく彼女の話を聞くことにした。

「まずそれはただのオモチャじゃないわ。それは幽霊たる私が丹精込めて作った『対幽霊用のすっごい武器』よ!」

「はあ……」

 いろいろとツッコミたいことはあったが、疑問は後でまとめて言えばいい、とその言葉を飲み込む。

「もちろんそのままじゃ使えないわ。ちゃんとした使い方があるのよ。えーと、それたしかタグついてるでしょ?」

「タグ?」

 キーホルダーに目を落とすと、たしかに刀を模した飾りと一緒に薄い一枚のプレートがくっついていた。

「そこに書いてあるのが、そのよ」

「名前……で、それをどうすれば?」

「武器を使うときはその武器を持った状態で強く『よし、使うぞ!』って意気込むことで使えるようになるのよ。で、その中で一番簡単で手っ取り早いのがやり方よ」

「名前を叫ぶ……」

 鈴江は再び自分の手の中に目を向けた。そしてそこにかかれている手渡された武器らしい物の名前を。

「一回やってみたら? 何だっけ、ほら。百聞ひゃくぶんは一見にしk……ぶへぇ!」

「――!?」

 突如として遮られるセインの声。鈴江の前からセインが何者かに引っ張られるように姿を消す。

 鈴江はもうこの先何が起こるであろうか予測がついていた。そこにはもはや見慣れた、今最も見たくないものがいた。

「はは……ははは……」

 ひきつった顔から搾りカスのような笑いが漏れる。

「だあぁぁぁ! もうー!!」

 鈴江の叫びと共に、命を懸けた鬼ごっこが再び始まったのであった。




(……くそ! さっきより明らか速度か速くなっている!)

 鈴江は先ほどから自分を追いかけてくる集団の様子を見て、そう思った。

 最初に職員室で遭遇した個体は、走れば余裕で撒ける程度の速度であった。しかし、今は走っても走ってもなかなか距離が開かない。かろうじてまだ鈴江のほうが速いが、体力ももうそろそろ限界に近い。

 加えて、先ほどとは違い敵は一体ではない。現在、後方から追ってくる敵の数は三体。中庭でのことを考えると敵の総数がこれだけであるとは考えにくい。追ってきている者の他にセインを連れ去った個体が何体か、そしてそれ以外にもこの学校内に敵は潜んでいるのだ。

 それを考えれば、いつまでも校舎内を走り回っているのは危険である。狭い通路内では、もしまた挟み撃ちにでもされたら一貫の終わりである。

(渡り廊下は駄目だ! 階段で下へ降りてもう一度外へ!)

 南館の中腹に差し掛かったとき、三本の分かれ道の中で階段を降りることを選んだ。選ぶことができたのは、そのまま曲がらずに走り抜き南館の東側にいく道、渡り廊下を使い北館へ向かう道、そして階段である。

 その三択のうち、東側へ行くことは論外。なぜなら東側の先には出口が一切ない。行き止まりなのである。そして渡り廊下を使うことも得策ではない。先程挟み撃ちにされたことから警戒せざるをえない。また、北館へ渡ってしまうと外へ出ることが困難になってしまう。

 したがってとるべき行動はは階段を降りること。それが一番の安全策だった。

「――! あ、あれは!」

 だが、安全策が必ずしも良い結果をもたらしてくれるなどと、誰が言ったであろうか。

「しまった! 回り込まれたか!?」

 階段を下りた鈴江の目に飛び込んで来たのは、自分の進行方向を塞ぐように佇む、一体の腕だった。そして、自分が通ってきた道にも奴らの気配を感じた。

「いや、違う! こいつは追ってきていた奴らとは違う、まただ!」

 自分を追って来ていたはたしかに階段を通って自分を追ってきている。結果、敵はさらに一体増え、計四体となった。

 しかし、重要なのは数ではない。敵の位置である。

 新たな腕が現れたのは、逃走経路として計画していた南館西側の廊下、そして既存の敵は上の階へと続く階段を現在進行形で降りてきている。 また、一階には渡り廊下は存在しない。結果として鈴江が進むことができるのは東側廊下のみ。

 安全策をとったつもりが結果として最も最悪の事態を招くこととなってしまった。

「くそ! 教室はどれも開かない!」

 東側廊下に面する教室へ逃げ込むことを考えたが、そのどれもきっちりと施錠されており開かない。

「くっ!」

 完全に追い詰められる鈴江。壁を背に迫りくる敵をただ見つめる。

「…………!」

 その時、鈴江は自分の手の中に、逃走中ずっと握り続けていたものがあったことに気づいた。

 それを見た瞬間、先程セインに言われたことを思い出す。




『武器を使うときは『よし、使うぞ!』と意気込まなくちゃならない』

『一番簡単なのは……』




「……簡単なのは、名前……!」

 思考に明け暮れている間も敵は待ってはくれない! 既に目と鼻の先まで来ていたそれらは鈴江に狙いをさだめる!

「……名前を……叫ぶ!」

 そう呟いた瞬間! それが合図だったかのように腕の一体が飛びかかってきた! だがそれを避けることはしない! 鈴江の目は真っ直ぐを見つめている!

「一か八か! さあ、来い!!」




ぁ!!」

 闇に閉鎖された校内に少女の咆哮が木霊した。

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