S1-2「桜の樹の下で」
「うおぉぉわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
ガラスに映る
「なっなんだぁぁぁぁぁ! コイツはぁぁぁぁぁ!!」
絶叫。普段の冷めた言動と、その整った凛々しい顔立ちからは想像もつかぬような腹のそこから響きでる絶叫。
それもそのはず。彼女の目にしているものはまさに異形の者、言うなれば、
(まずいマズイマズイヤバイバイやばい! すぐに逃げなくては!!)
鈴江が職員室から逃走を図ろうとした時、一本の腕が鈴江に気づいた。
「――っ!」
一本が気づくとそれまで鍵を奪い合っていた他の腕までもが、一斉に鈴江に狙いを定める。
「だぁぁぁぁぁ!!」
鈴江、全力疾走。一目散に職員室を飛び出し、廊下を走り抜ける。謎の腕の大群も鈴江の後を追う。
怪物が追ってくる気配を感じ、鈴江は走りながら後ろを確認する。
(……いける! このスピードならこのまま走って南館から外に出れば!!)
追ってきてはいるが、見たところ腕の大群の速度は人間の早歩きから小走り程度。鈴江の足なら十分に撒けるレベル。
(ここからなら中央の渡り廊下が近い! そこから南館へ!)
鍵を手に入れることができなくなった以上、南館から脱出するほか方法はない。鈴江は南館へと渡るため、階段付近にある中央渡り廊下へと向かう。腕の大群も後を追うが、徐々にその距離は放されつつある。
だが、鈴江はまだ知らなかった。自分が取った行動が如何に愚かであったかを。
(よし! 渡り廊下! このまま向こうまで一気に! ……!?)
順調に腕たちから距離を離し、渡り廊下へとたどり着く。このままなら無事に南館までたどり着ける。そう思っていた。しかし、渡り廊下の中腹辺りまで来たとき、南館の廊下の窓に
「なにぃぃぃィィィィィィィ!!!?」
いた、ソイツが、腕の大群が、鈴江の進行方向、南館の渡り廊下出入口に現れたのだ。
「そんな馬鹿な! アイツは確かに私の後ろにいたはず!?」
慌てて引き返そうとする、だが、
「……うそだろ……?」
なんと後ろにももう一体、否、さっきまで追いかけられていたのはコイツ、敵は一体ではなかった。
「はっ! し、しまった! ここは!!」
鈴江はこの時はじめて自分が犯したミスに気付く。鈴江が今いるここ、この場所は渡り廊下。
そう、渡り廊下。一本道。挟み撃ちにされたら逃げ場などない。
(どうする! どうするドウスルどうすればいい!? ……!!)
混乱する鈴江の目に入ったのは、中庭。
この状況で唯一逃げ道があるとすれば、窓から中庭へと飛び出ること、だが、渡り廊下があるのは二階。ましてこの状況では満足に着地地点を確認することもできない。
しかし、悩んでいるうちにも敵はどんどん距離を詰めてくる。
「くそ! どのみち捕まるならっ! どのみち捕まるなら骨の一本や二本くらい!!」
たとえどうあがいても捕まることになろうとも、鈴江には諦めるという選択肢は存在しなかった。どうせ死ぬなら五体満足の状態で死のうが、
そして突っ込んだ。鈴江、ガラスを突き破り中庭へと逃走。落下。破られたガラスの音が北館と南館の壁に相互に反響する。
「っ……!」
ガラスの破片と共に地面に叩きつけられる。だが、幸運にも外傷はガラスによる傷のみで骨が折れた様子もない。着地の瞬間衝撃を逃がすことに成功していた。
「よ……よし、予定とはだいぶ違ったけど外に出られた!」
なんとか当初の目標を達成できたものの、決して状況は良くはない。先程の腕たちも鈴江が飛び降りた窓から外へ出るか出ないか、まるで迷っているように窓の周辺をうろついている。下手をすれば今にも飛び出してきそうである。逃げ道を確認するために辺りを見回す。
「……冗談も休み休みにしてくれ!」
思わずそう叫ばずにはいられなかった。彼女が目にしたのは
中庭から見える廊下や教室の窓の至る所にあの腕の大群どもが映っている。一階から最上階の四階まで、いったいどこにこんなにいたのかと問いただしたくなるほどの数がまるでウジムシの如くうごめいている。
「……ん? 四階?」
鈴江、ここであることに気付く。彼女は今中庭から校舎一階から四階を見まわし、敵がかなりの数であることを知ったのだ。つまり今、中庭から
不思議に思い辺りを確認してみると、やけに周囲が明るい。ついさっき廊下から中庭を見た時は二階から下を見ることもままならなかったはずだというのに。その明るさの正体はある場所から発せられていた。
「……あれは……桜の木?」
それは鈴江が学校へ忍び込んだ時、目的地としていた場所。例の怪談話の中に出てくる、中庭に
周囲に注意を向けながらその光源へと近づく。不思議とその光そのものに対する警戒心は抱かなかった。まるで吸い寄せられるように樹の下までゆっくりと進む。
樹の下まで来た鈴江、しばらく黙ってその光の玉を見つめる。校舎の内側から腕の塊どもが無い目で鈴江を口惜しそうに見ているが、彼女はもはや気にも留めていなかった。
「……何なんだ……これは?」
彼女の意識は完全に目の前の光に向けられていた。この奇怪な空間で、何故かここにいると恐怖を感じない。それどころか、むしろ安らぎすら覚える。
徐々にその手を光へと近づける。玉は依然その淡い光を保ったまま。
――鈴江の手が紙一重、光へと触れそうになった。
瞬間、爆発。玉が先ほどの淡い光とは正反対の強烈な光を発し出したのだ。
「うわぁ! くっ……目が!」
側にいた鈴江はとっさに目を瞑る。それでもなお、光は強さを増し続ける。鈴江は思わず後ろに倒れこむ、何が起こっているのかまるで把握できない。光が敷地内全体を包み込む。
――――しばらくすると徐々に光は収まり、消滅。中庭は先ほどとは打って変わり、またも不気味な暗闇が支配する空間へと変化していた。
「なんだった今のは……え?」
その場から立ち上がり、周囲の状況を確認しようとする。目を開けて周りを見渡すが光が消えたこと以外、特に変化はなかった。ある一点を除いては。
「いっや~、一時はどうなることかと思ったけど、何とかなるようになったわねー!」
鈴江は唖然とした表情で固まっている。
「……にしてもここどこかしら? ……あら?」
先ほどまで独り言をしゃべっていた
「あなたそんなところで何してんの?」
鈴江に対して質問を投げかける。が、鈴江はいまだ状況が把握できず、口を開けたまま間抜けな表情で固まっている。
だがそれも無理はないことかもしれない。彼女が目にしたのは、長く艶やかな金色の髪をなびかせ、透き通った泉に光が反射ような青い瞳、絹のような白い肌と整った顔立ち、鈴江と同じか若干低いくらいの長身からなる豊満な肉体。
それらを持ってして先ほどまで光の玉があったであろう位置から仁王立ちでこちらを見つめる
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