P-2「失踪」

 次の日、空は学校を欠席していた。

「加藤、加藤は休みか?」

 クラスの担任が出席を取っているかたわらで鈴江は空が休んだ理由について考えていた。

(昨日本当に夜遅く学校に忍び込んで朝寝坊してずる休み……、もしくは夜に外歩いて風邪でも引いたか?空のことだから前者かな?いや、忍び込んだのがばれて別室指導とか……)

 そんな風に考えていた。

「原田ー、原田ー? 休みかー?」

「ん? え、あっはい。います!」

「いるならちゃんと返事してくれ。春だからってボケ~とするなよ?」

「スミマセン……」

 物思いにふけりすぎて危うく欠席扱いになるところであった。

(まあ、それも次会った時に聞けば済む話か……)

 そう考えて他のことに集中することにした。




 その日の放課後、いつもに比べ異常に静かな帰り道でのこと。日頃の騒音がなくなり爽快だと感じる一方でなんとも形容しがたいもの悲しさを鈴江は感じていた。空とは小学校からの付き合いで、高校に入ってからも一番親しくしてきた親友だと思う反面、もう少し静かにできないものかと不満を感じていたが、いざいなくなるといなくなるで物足りなく感じてしまっていた。

(今度会ったら誘いに乗ってやるかな……)

 たまには付き合ってあげるのも悪くはないかもしれない。そんなことを考えながら帰路についた。




 その晩、家の電話に一本の電話がかかってきた。

「はーい、原田です。あら、加藤さん!」

 鈴江の母が電話にでた。相手は空の母親だった。

「ええ、え? 空ちゃんが?」

 母の顔が驚きに変わる。そして、

「ねえ鈴江。あんた今日だった?」

 ドクン! と嫌な鼓動がなった。いやな予感がした。聞いてはいけないことを聞いてしまったような気がした。なぜかはわからない……

 自分の母親が聞いてきた言葉の意味が一瞬理解できなかった。

「ねえ、聞いてる?」

 母親が再度聞いてくる。答えようとしてなぜか言葉が詰まった。なぜか……

「空は……」

「え?」

 よく聞こえなかったという意図の声を上げる母。

「空は……今日学校に来てなかった……」

 母親の顔が再度驚きに変わる。慌てて鈴江の言った内容を電話の相手に伝える。相手側も驚いている。電話越しだというのに異常に会話の内容がクリアに聞こえてくる。

「鈴江! 空ちゃんのお母さんが直接あんたから聞きたいって!」

 母にそう言われ鈴江はおそるおそる電話を手に取る。

「はい……」

「鈴江ちゃん?空のことについて聞きたいんだけど、学校に来てなかったって朝からずっと?」

「はい」

「空、この時間になっても帰ってこなくて、今日朝からいなかったからてっきり朝練か何かに行ってるものだと思ってたんだけど、もしかしたら事件に巻き込まれたのかも……」

 鼓動が速くなる。鈴江には心当たりがあった。否、それしか考えられなかった。

「!? ちょっと! 鈴江!?」

 次の瞬間、鈴江は走り出していた。会話の途中だった電話を放り捨て、母親の言葉も聞こえないと言わんばかりに全速力で。受話器が落下し、電話の相手が驚いているのが声を聴かずとも容易に想像できた。しかし、止まろうとはしない。止まれない。嫌な汗が止まらない。『そこ』に向かわなくては気が済まない。全速力で『そこ』を目指して走る。が、『その場所』がある学校までは歩いて30分、全力で走っても10分はかかる。当然全力疾走で体力が持つわけがない。肺が痛む、呼吸が苦しくなる、ついには立ち止まってしまった。

「ハァ……カ……ハァ……ハァ……」

 立ち止まり、僅かではあるが息が整ってくる。そこで鈴江はようやく我を取り戻した。

(そうだ……普通に考えれば)

 そう、普通に考えれば空が学校にいることはありえない。昼間には学校に多くの生徒がおり、鈴江自身も学校にいたのだから。

(もしかしたら……昨日の夜の行きか帰りに……誘拐されたとか……)

 空の母親からの情報で空が昨日の夜、幽霊目的で家を出たのはほぼ確定と見ていい。ならば、その時に何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが普通。誘拐、殺人、事故……そう考えるのが妥当、必然なのである。

(だけど……!)

 が、しかし、鈴江は再び走り出した。目指す場所は学校ただ一つである。

 何かしらの根拠があるわけではない。強いて言うのであれば感。直感である。他に比べて限りなく低い確率。だがそれを切り捨ててはいけない、と彼女の何かが叫ぶのである。

 誘拐でも、殺人でも、事故でもない。もう一つの可能性。その可能性が彼女の頭から離れない。


『神隠し』


 空が夜中に学校を忍び込むに至ったそもそもの理由。枝垂桜の幽霊の神隠し。あの話が頭から離れないのである。




「ハァ……はぁ……ついた……」

 彼女は今、学校の校門の前に立っている。息も絶え絶え、足もふらついている。だが、目はまっすぐ校内を見つめている。

(さすがに鍵は……かかってる)

 この時になるとすでに思考力はほぼ回復していた。

 校門をどうやって突破するかを考え、鍵が開いていないかと期待をすれど、開いているわけがない。

(仕方ない。上るか)

 忍び込む以上校門をよじ登る以外に突破する方法はない。

(足元が見えにくいな……)

 門の向こう側へ降り立つ際視界が悪く、手間取っている。だが、幸運にも学校の周りは住宅街。住宅からの明かりや電灯の光でぎりぎり視界を確保することはできる。

「よっと……ふぅ」

 無事門を突破。ここから目的の場所に行くには職員用の駐車場を通過する必要がある。今の時間は約10時半。夜間警備の仕組みがどうなっているかはわからないが、駐車場ならたとえ誰かが学校に残っていたとしても早々見つかることはないだろう。そう思い、敷地の奥へ足を進めていく。その時だった。駐車場の奥、そのさらに端側、手入れ不足で草が高々と生い茂っている辺りで大きな物音がした。慌てて身を隠す鈴江。

(誰か見回りの人か? ……それとも猫か何かの動物……?)

 だが、足音にしても動物にしてもいささか音が大きすぎる。大きさで言うなら小柄な人間くらいのものを投げ捨てたくらいの音である。しかし……

(何も出てこない……)

 何も出てこないのである。人はおろか動物の鳴き声すらしない。しかし、ここまで聞こえるほどの音がした以上勘違いということはないだろう。もうすこし神経と研ぎ澄まして耳を傾ける鈴江。すると・・・

「う……うぅ…………」

(人の声……?)

 人、人の声である。が、ほんのかすかにしか聞こえない。しかもそれはまるでうめき声のようで、生気のない声だった。

 恐る恐るその声のした方向へ進む鈴江。

「うう……かはっ……」

 やはり人の声である。

 そして生い茂った草の中にある『それ』を見た瞬間、鈴江は凍りついた。

「く……う…………?」

 そこにいたのは行方不明になっていた空であった。しかし、様子がおかしい。息は絶え絶え、目は虚うつろ、そして何よりおかしいのが、全身が粘度のある液体でずぶぬれになっており、なおかつ体に無《・》が浮き出ている。

「空!!!」

 慌てて空の元へ駆け寄ろうとする。空の方も鈴江の存在に気付いたようである。

「き………め……げ………て」

 震える口で空が何かを言っている。

「き……だめ」

「空、待ってろ! 今助けて……」

 空を助けるために彼女の元へ近づく。空のもとまで鈴江の足であと5歩ほどといったところまで来た。

 次の瞬間、突然目に映る天地が逆転した。

「え!? なん……」

 まるで上下の間隔がつかめない。目を回した状態でプールに飛び降りたような感覚が襲う。

 それと同時にどこからわいて出たのかわからない謎の光が辺りを包む。

「う……うわあああぁぁぁぁぁぁぁ!」




 …………数秒後そこには誰もいなかった。鈴江も、空も、二人がいた形跡は跡形もなく、ただただ不自然に地面が濡れているだけだった。




『きちゃだめ……にげて…………』

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