After P

ちゃいす

プロローグ

P-1「よくある話」

 怪談というものを聞いたことがある、という人物は世の中に巨万ごまんといる。しかし、実際に怪談話に出てくるような怪異に立ち会ったという人物はそう多くはないだろう。しかも、その中から嘘や勘違いの類いを抜けばその数はさらに減る。

 怪異とは超常的であり、非日常的で、信じるには無理のある部分が多々あるものである。

 だがしかし、人はどういうわけかそう言った超常的で、非日常の物に興味を抱いてしまうものである。




(ねぇねぇ~あのはなし聞いたー?)

(えー? 何の話ー?)

「……またか」

 ここは関東のS県、S市、桜埼町、天埼高校。この学校のクラスの一つにて、クラスの女子たちの会話を遠くから傍観ぼうかんしていた少女はそう呟いた。

「まだ夏には遠いのにみんなよくあーも盛り上がれるよねぇ」

 するとその隣に佇む先程の少女とは別の小柄な少女が呟きに同調する形で言った。

 しかし、その声には呆れとは別の感情が多く含まれているように取れた。

「そう言う割にはさっきから興味津々なように見えるぞ?」

「あり? ばれたぁ?」

 少女に心中を見透かされ、ケラケラと笑うもう一人の少女

「鈴江は興味ないの? ああ言う話」

 少女は笑いながら問いかける。

「面白い作り話程度には興味はあるけど、それだけだな。マジックとかみたいに自分の目の前で起こるなら、楽しめはするだろうけど」

 『鈴江』そう呼ばれた少女がつまらなさそうに返す。

「ふ~ん、でも案外そういうこと言ってる人がキャーキャー言って怖がったりするもんなんだけどね~」

 そんな反応も気にせず少女は楽しそうに笑っている。

 二人が話しているのは、最近二人の通っている学校の中でささやかれている怪談話についてである。

 まだ新学期が始まり間もない、桜が校舎とその回りを彩る季節。その話はまことしやかに噂されていた。




枝垂桜しだれざくらの幽霊の神隠し』

 時は丑三つ時、校内の中庭にそびえる枝垂桜。そこに幽霊が現れ、その場にいた人物をこことは違う別の世界へ連れ去ってしまう……


「連れてかれた人は天国にも地獄にも行けず永遠に彷徨さまようことになってしまうでしょう……お~こわ!」

 その日の帰り道、先ほどの少女がくだんの怪談話を楽しげに語っていた。

くうってやっぱりそう言う噂話好きだな」

「何をおっしゃる! 女子高生たる者噂話には興味があってしかるべきでしょう!」

 『空』と呼ばれた少女は声高らかに鈴江に対して言い放った。が、

「私は興味ないな」

 見事に切り捨てられた。

「えー! なんでそういっつも興味ありませーん! なの! クール? クールビューティーめざしてんの~? ん~?」

 素っ気ない鈴江に対して文句を連ねる空。それと同時に煽りとも取れる発言を飛ばしてみるが反応はなし。鈴江は呆れ顔で空を黙ってみている。

「鈴江ってあれでしょ、超能力番組とか見ても『こ、こんなのトリックだ! トリックに決まっている!』て言って楽しめないタイプの人でしょ?」

「別に、マジックも超能力も娯楽として見る分には面白いとおもうよ。ただ、自分の目で見ないと興味が湧かないってだけだ」

「結局冷めた目でみてんじゃん!」

 つまんないな~、と空は口を尖らせる。

 こういったやり取りはこの二人の間ではよくあることである。空のせいでやかましく聞こえるだけで二人にとってはいつも通りの他愛ない会話のつもりらしい。

 そんな会話を交わしていると突然、空がふと思い立ったように、

「おし! ならこうしよう!」

「?」

「幽霊が出てくるか実際に見にいk」

「パス」

「なんでやねん!!」

 ズザー! という効果音が聞こえそうなほど見事なリアクションとって空が叫んだ。

「4月とは言っても夜はまだ肌寒いし、夜中の2時なんかに外に出るとかバレたら親に怒られるし、夜は普通に寝ていたいし、そもそもそこまで興味ないし、それに……」

 つらつらと行きたくない理由を述べていく鈴江。顔にも態度にも行きたくないという意志が、オーラがかもし出されている。そうしていると、

「じゃあもういいや。私一人で行く。私一人で心霊写真撮ってみんなに自慢してやるもんね!」

 鈴江の反応に諦めたのか、そう言うと鈴江を置いて自分の家のある方向へ走っていってしまった。

 思わずため息がもれる鈴江。すると次の曲がり角を曲がるかというところで空が突然止まり、鈴江の方を振り向き、

「見せてって言っても鈴江には見せてあげないからね~!」

 そう言い捨てて帰ってしまった。

「……幽霊ねぇ……」

 一人置いて行かれた鈴江は誰にも聞こえないほどの大きさでそうつぶやいた。




 その日の晩、鈴江は食事と風呂を済ませ、あとは明日の用意をして寝るだけの状態だった。

「…………」

 時計をみると針は11時を指していた。怪談話にあった『丑三つ時』とは今でいう午前2時頃をさす。

(空、本当に行く気なのか?)

 幽霊が現れるという時間にはあと3時間ほどある。今頃は学校に忍び込むために準備をしているのだろうか。はたまた、そんなことは忘れて熟睡しているのだろうか。そんなことを考えながら明日の用意を済ませた。

(まあ、明日聞けばいいか……)

 そう結論付けて布団に潜り、目蓋まぶたを閉じた。

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