昔話と能力
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人生にはリセットボタンはあるけれど、ゲームオーバーはない。どこまでも続いてゆく。
どんなに悔やんで後悔しても夜が終われば朝になる、冬が終われば春になる。
無責任な終わりを決めるのはいつだって自分以外の他人なのだから
◆
『は?俺に能力?』
『うんうん、今時珍しい能力だねぇ。自分自身ではなく、回りのための能力だね。ここ最近ではとんと見なくなったよ。』
城の入り口付近で兵士と言い争いをしていた騒ぎを聞き付けて来たと言う、鑑定士の男が俺に話をしている。
あとから聞いた話だが。この男、この国の王からかなりの信頼を得ている事を理由に城勤めの1人ではあるが、かなりの発言権を持っているらしい。
現に今の今まで俺に対して騒ぎ立てていた2人の兵士は鑑定士の男に挨拶をすると、端に寄り俺の行動に目を光らせ、見張りと警戒を平行させて行いつつも男の話を邪魔しない様に置物の様に直立不動の姿勢を保っている。
『そ、それで。俺は?』
『いいねぇ、実にいい。身体は農作業で作られた足腰以外には特質するものはないが、その能力がそれらを補ってくれるだろうね。魔力はほとんど感じ取れないが少しだけなら伸ばせる余地もあるね。それに見た目の年齢とは違う落ち着きもある。まるで見た目の倍以上の年齢を重ねているみたいに見えるね。
おぉっと、なにやら警戒してるみたいだけど敵対行動は辞めてくれよ。そこの兵士だけじゃぁなく、僕の直属の護衛が今もキミを見ているからね。』
矢継ぎ早にペラペラと、この初老の男はよく回る舌を持っているみたいだ。見た目以上の落ち着き、と言われて一瞬固まってしまったが。別段バレて不利になることも困ることもない。逆に話したとしても得られる物もないだろう、それに関しては黙秘する。
それに直属の護衛と言う割には姿が見えない。が、これに関してはハッタリでもなんでもないのは分かる。
命の奪い合い等したことなどない、そんな俺にも理解出来る程の濃厚な、重圧な気配。殺気、なのだろうか?肌を這いずり回る様な視線を感じる。
『面白いね、実に面白い。最近は良くも悪くも自らの地力を補正して補う能力が多いんだ。
間違いなくその方が良いのだろうけどね、だって回りの状況によって実力が左右されない確定した力なのだから。それに比べるとキミの力はムラがある。だが限界を容易く飛び越えることも、その時の状況によっては可能だろうね。
可能性が広く持てると言うのは幸福だよね。幸福の定義は人其々だけれど。大事なのは認識だと僕は思うね、確定しない事象や能力、実に結構だね。年甲斐もなくワクワクするよ』
それにしても今も身振り手振りを加えて機嫌良く喋り続けているこの男は、未だに俺の能力について詳しいことをわざわざ暈しながら話しているように思う。全く自覚のない自分の能力。しかもこの男の言葉を借りるとそこそこレアな能力らしい・・・。
こいつを守れる力なのかもしれない。
俺と手を繋ぎ、緊張からか指に力が籠っている。血を分けたわけではないが、ずっと一緒だった大事な妹の様な存在。
それを護る事が出来る。その可能性が示された事に密かに歓喜する。そしてこいつを安心させる為に握られた手を握り返し、鑑定士の男にこちらからもう一度尋ねる。
『それで?俺の、いえ、私の能力とは結局のところ。なんなのでしょうか?』
直属の護衛と言う彼の言葉と、先程まで俺と一悶着を起こしていた兵士の態度が一変したことで、彼が相当な権力を持っていると、足りない俺の頭で考え。事を荒立てないよう必死に苦手な言葉遣いで、たどたどしく話を進めようとする。
『あぁ、すまない。僕はお喋りが大好きでね。』
知ってる
『それで、キミの能力だけどね』
『はい。』
機嫌良さげに詰め寄ってくる鑑定士の男と、隣で身体を強張らせている妹。手を繋いだ指に力が籠るのは彼女を少しでも安心させようとしているからなのか、俺が自分の高ぶった気持ちを落ち着かせるためなのか。
それとも、その両方なのか。
『守護者。僕はそう呼んでいるよ。』
◇
「なんなんだよ、あんた!」
「なんなんだよって言われても。料理人?」
腹が一杯になった俺は、その場に居合わせた魔法使いのお嬢ちゃんに頼んで、狼をベースにした魔人の男の腕。俺が勢い余って折ってしまった腕の治療してもらった。
ほんの15分くらい前に暴れそうな雰囲気を放っていた男は、先程よりは幾分か落ち着いて見える。
そんな彼と勇者、それに魔法使いのお嬢ちゃんがテーブル席に座り。俺はテーブル席と調理台を挟んだ対面に座っている。
「マスターって料理人だったの!?」
「おう、お前は俺の何を見てそう思った。正直に言ってみろ。俺は心が海のように広いから許してやるかもしれないぞ、気は短いけどな」
そう、俺は優しいぞ。具体的には瀬戸内海くらい。広いか狭いか微妙なところだ。いやまあ、広くはないか。
言ったところで絶対に通じない駄洒落なので口には出さないが。
それにしても、最早常連客と呼んでも差し支え無いほどにウチに入り浸り。そして未だに俺の作った料理を食べながら何を言ってるんだこいつは。
失礼なお嬢ちゃんだ。
「うん、いやマスターのご飯は勿論美味しいけど。前に蠍の魔物の複数体を1人で倒してたし。少なくともさっきの動きは間違いなく料理人のそれじゃない。」
まあ、蠍のやつに関しては私は自分の目で見たわけではないけど。と補足の言葉を最後に口の動きを再開した。
若干むず痒い気分に浸りそうになるが、休まずに食いまくる彼女を見ているとその気持ちも直ぐ様萎んでゆく。
「うん、兄さんの動き久し振りに見たけど前よりキレがある気がする。どうして?」
「どうして、って言われてもなぁ・・・。」
俺の能力『守護者』
鑑定士のあの男曰く。
『守護者。これはね使いどころが難しいよー。ここのお城に詰めてる兵士や、近衛兵なんかは喉から手が出るほど欲しがるんじゃないかな?能力がもし奪えるもんだったら殺してでも奪い取るんだろうね。ま、僕も能力を奪い取る力。なんて寡聞にして聞かないけどね。
で、能力の話なんだけど。これは発動条件自体は単純なんだ。自分が護りたいと心の底から思った対象を自分の身の回りに配置するってことなんだ。
これは他の地力底上げの能力に比肩するのも烏滸がましい程に効果が強い。けれど、その実難しいよ。護りたいものの対象が場所ならいいけれど、尊敬する人間なら戦闘をする自分。戦争で例えるなら、進軍する時に将軍や王様を前線に連れてこなきゃいけないんだからね。
そしてそれは自分より弱い、守らなければいけない対象を危険な目に合わせることに他ならない。護る為に危険な目に合わせる。なんとも皮肉が効いてるよね?モラルって言葉がーーー~~~~。』
云々、まだまだ喋っていた気がするけどカット。
要するに、護衛対象がいる場合のみ俺が強くなる。これだけだ。20文字も掛からない説明にあれだけ付属してあれこれと喋り倒す。あのおっさん喋るの好きすぎだろ。
「能力の守護者が再び発動してるって事なんだろうな。理由は、場所?」
「疑問系なんだ・・・。」
「ああ、お前と一緒に旅してて足手まといになったから、俺はここに残ることを決めたんだからな」
「私は一緒にいたかったけどなぁ」
俺は勇者の、その言葉に苦笑いを浮かべながら、テーブル越しに手を伸ばして、その頭を髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる様に撫でる。
不満の声を上げながら笑う勇者を見ながら、その旅から脱退することになった出来事を。思い出していた。
◆
鑑定士の男に出会い俺の能力が判明した。それを理由に王と勇者の謁見に俺も末席ながら参加の赦しが出た。
そうして、鑑定士の男との格式張った謁見の中でのやり取りで妹は勇者である、と鑑定士の男のお墨付きで確定のお触れが出された。
その日、妹の小さな肩に大きなものが。人類の希望と言う重荷を背負わされる事となった。
王様からの餞別として様々な物を譲り受けて、そして妹は勇者として旅をすることが決まった。特別に鍛えていた訳ではないが、能力『守護者』を説得の材料にして俺もこれに同行したのだった。
旅は最初は順調だった。
勇者としての才能を持っている妹と、それを護る事が出来る存在の二人旅。一言で言うと俺の能力。守護者はとんでもないポテンシャルを誇っていた。
そこらの魔物を、手練れの盗賊を、一瞬で無力化させる事が可能な力が手に入った。
そして勇者としての妹の成長速度もまた、とてつもないものだった。魔法による回復、攻撃。そして技術は付け焼き刃だが、戦闘を重ねる毎に研ぎ澄まされて行く我流の剣術。
近距離、中距離、遠距離。どこをとっても隙の無い化け物の様な成長を見せる妹。
誤算は彼女の異常すぎる成長速度だった。
最初は小さな違和感だった。いつもの様に敵の攻撃から妹を庇うためにバックラーを構えて、立ちはだかろうとして間に合わなかった。
思うように動かなくなっていく身体に苛立ちを覚え、妹が旅の宿で寝静まったのを確認すると、俺は多くの鍛練を重ねた。
次の日に疲れで身体が動かないのでは、本番で妹の命が守れないのでは話にならない。無茶な訓練は出来ないが、それでも俺は特訓を続けた。
ある時、魔物の群れとの戦闘中に、その時を狙っての不意討ちの攻撃を受けた事があった。俺達の行動が原因となって滅ぶ事になった盗賊団の生き残りが仕掛けた、俺達への報復だったらしい。
距離の離れた遠くから射られた弓矢自体は防げた。だがそれは戦いの最中に魔物の攻撃と同時に放たれていたものだ。俺は矢は防げたが、その代償をすぐに払うことになった。
魔物の牙による攻撃を腹にモロに喰らうと言う代償を。
ズブズブと俺の腹に沈んで行く鋭利な牙。薄れ行く意識を必死に歯を食い縛り留める。これで出血した血が戻るわけもなく。妹の驚愕した声が俺の耳に響く。
『あ、これ。死ぬな』
まるで他人事かの様に脳裏に浮かんだ言葉。
俺に噛みついている魔物の口に両手を割り込ませる。
手に、指に、牙が食い込むが知ったことではない。力任せに口を抉じ開け。そのまま空中に放り投げる。空中にいると言うことは翼でもない限り回避は出来ない。
宙を舞う魔物に一息で距離を詰めて、その頭を蹴り飛ばす、文字通り魔物の1体の頭を吹き飛ばし絶命させた。
その行動を最後に俺の意識は、視界の暗転と共に闇へと沈んでいった。
そして、次に目を覚ました俺が最初に見たのはボロボロと両目に大粒の涙を貯め、泣きながらも必死に治療魔法を使う妹と。
魔物と盗賊。もはやどれがどの部位か、人間かモンスターか判別出来ないほどバラバラにされたパーツと血の海だった。
目の覚めた俺を確認した妹は、俺の胸に顔を埋めて大声で泣きじゃくった。
いくら勇者と。特別な存在だと持て囃されても。
例え、並の兵士ではもはや敵わなくなったとしても。
例え、この惨状を作ったのが彼女だとしても。
それでも
彼女は子供だ。
まだまだ幼ない子供だ。
大事な、大事な妹が突然背負うことになってしまった重荷を、一緒に背負う為に。
危機から護る為に同行した俺は、周囲を見渡してから、妹を強く抱き締める。
いつの間にか
護って助ける側から
護られる側になっていた事を
薄々とは自覚していた事実を
実感を持って確信したのだった
そして、その時の俺には。
弱くなってしまった俺には。
勇者が泣き止むまで抱き締める事しか。
そんなことしか出来ないのだった。
◇
「まあ、仕方ないだろ?
途中で放り投げたみたいですまないとは思っているが、お前1人でもなんとかなっているんだろう?」
俺が付いていっても、もう助けてやれないしな。
過去の苦い記憶を振り払う様にそう呟いて勇者の頭を撫でる。もう成人したんだから辞めてー、と本気で振り払うことはせずに軽い抵抗と共に言われるが知ったこっちゃない、そのまま撫で回す。
「あん?じゃぁ、お前さんはもう戦えないって事なのか?」
「うーん、まあ。そう、なるな。」
「マジかよ・・・。」
「御馳走様でした。」
勇者の頭を撫でながら、訪ねられた質問に憶測が混じっているが、その旨を伝える。
意気消沈した魔人の男と、そんな話をしているとやっと満足した魔法使いのお嬢ちゃんが食器から手を離した。
食い過ぎだろ・・・。なんでそんなに喰えるんだよ、もしかしたら体積上回ってんじゃね?
なんて冗談半分で聞いてみると、お嬢ちゃんからとんでもない答えが飛んでくる。
「あぁ、うん。この前の新しく出来た身体の構造をいじくる魔法あるでしょう?それを使って食い溜め出来る様にしたの」
「へぇー・・・。
はぁ!?」
なんだそりゃ?少しだけ話を聞いてみる、専門的な話とかは良く理解はできなかったし、まだ容量は少ないらしいが、それでも凄い魔法なんじゃね?それ?
人間が寝溜めと食い溜め出来る様になったら最強なんじゃね?とか昔思っていたが、食い溜め出来んのか。
と、とりとめもない話を続けていると。俺の撫で回す手から逃げ出した勇者が残念そうに、だがハッキリと口にしたのだった。
「兄さんが戦えるんなら、また旅に同行して貰いたかったんだけどなぁ・・・。1人じゃ辛いよ」
「は?お前が手子摺る案件でもあったのか?」
「ううん、ただ寂しくて、ね」
美味しいご飯も食べられるし。そんな言葉と共に、どこか我慢したかの様な苦笑いを浮かべる勇者。俺が子供の頃から知っている天真爛漫な彼女の、見知らぬ表情。それを前に言葉が詰まる。
なんて言っていいのか分からない。
「やっぱり納得できねぇ!」
そんなしんみりした空気を破ったのは、動かないことに定評があるお嬢ちゃん。
ではない。そんな事あるわけがない。
視界の端にいる彼女は既に読書に戻っている。本当にマイペースな奴だ。
「アンタさっきはすげぇ動きしてたじゃねぇか!
それがこの場所限定だっつーんなら、ここで俺と立ち合いやがれ!!」
随分と無茶苦茶な事を言い出す男だ。
ここは俺の仕事場件自宅だ。1人で切り盛りしている、それほど大きくない。むしろ狭い店内。
ここで決闘しろだなんて、言われても返答に困る。
俺の誇りを取り戻すには、云々言われても。そんなこと俺の知ったこっちゃない。
大体俺に彼との決闘を受けるメリットがない。
疲れるし、店で暴れたくないし、戦闘にはブランクがあるし、そもそも戦闘の勘を取り戻したところで。それはもう俺には必要のないものだ。
それに疲れるし、うん。やっぱりデメリットしかないな。
「だったら戦ってあげればいいじゃない?
なんだったら私が全部直してあげるからさ。あ、勿論報酬はいらないよ」
「ちょ、ちょっと!」
と、読書を辞めずに煽り立てるそんな一言が届く。また無償で働くって言うのか、コイツは。相変わらず食欲以外には無頓着な変な奴である。
「よーし。これで半数が納得したぜ!
さあ、俺と戦え!!」
半数って言っても4人のうち2人じゃん、血の気の多いやつだ。勇者はどうしていいか分からないみたいにオロオロしてるし、魔法使いのお嬢ちゃんは楽しそうにこちらを見ている。
「でもなぁ・・・。俺にメリットがないし」
「じゃあ、メリットがあればいいんだな!?
ここは飯を食うところで、アンタは自称料理人。ここまではいいよな?」
「失礼な奴だな。自称じゃない、歴とした料理人だ。」
「え?」
いや、そこに首を突っ込むなよ。それはもういいから
「で、俺のメリットって何よ?自慢じゃないが簡単には動かんぞ俺は」
「ああ、俺に勝ったら。俺の故郷、森の奥深くにある集落。そこでしか収穫されない特別な作物を格安で卸してやるよ。
自慢じゃないが美味いぜ!」
「ほぉ?」
それはイイな、実にイイ!
小さな声でチョロいとか聞こえた気がする。気のせいだろう、うん。
「良い目付きになったな。じゃ今手元にそれを握って携帯食料にしたものを持っているから見せてやるよ」
そうして彼が腰に括り付けたバックから取り出したものを見て、俺は一瞬でそれに釘付けになった。
彼が俺の前の調理台へと、それを置く。
「に、兄さん?眼が怖いよ?」
「マスター?」
「これはな。うちの故郷では握りって呼ばれてる」
それはどう見ても、おにぎり。
米だった。
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