有名人と自称ライバル


 ~0~


 ありがとう、妹よ!お前のお陰で鍋が安く買えた!



 ◆


 1つの影が凄まじい速度で走る。

 走る、走る、唯唯疾走する。

 森を平原を丘を街道を、邪魔な障害物や湿原はまるで空中飛んでいるかの如く跳び駆ける。より速くより無駄のない最適解を模索し、ひたすらに最短距離を駆け抜ける。

 こちらから奴の匂いがする。


 最初はただの命令だったから戦った。そこに敵対心や執着心など微塵も存在せず、ただ仕事だったから。

 そこに疑問も無ければ必要性も感じない、ただ言われたことをやっただけ。

 そして、奴と出会い戦い。俺は負けた。


 さして努力をしたわけでもない、だが同郷のもの達に負けたことがない。所謂天賦の才だった。最初から出来るわけではないが。見て、経験して、真似して、実践する。それだけで一定以上の成果が得られる様な。そんな能力だった。


 そんな俺の初めての敗北。

 否、完敗だった。


 全力疾走した身体の疲れからではない。

 こんなに胸が踊るのはいつ以来だ。



 影は一点を目指し走り続ける。



 ◇



 話をしよう。

 あれは今から36万年前の事。うん、冗談だ、そんな訳ない。

 俺は今24だ。前の世界の分と合わせると初老ぐらいにはなるかも知れんが、今は24だ。そんな天文学的数字の年月を重ねている訳がない。


 さて、ここで少しだけ昔話をしよう。

 俺の生まれは割りと一般的な農家を中心に成り立っている、王国近くの小さな村だ。

 そして、物心付いたときには村の家族同然の村人達と一緒に働いていた。井戸で水を組み、畑を耕し、時間が開いたら明るい内に少しだけ解れた服を裁縫で補修、その間に隣の家に住むアイツの相手をしたりして、日が沈んだら寝る。

 日の出と共に起きて、日の入りと共に1日を終える。実に健康的な生活サイクルである。



『兄さん、また美味しいもの作って!』

 俺は生まれ変わる前から料理が好きだった。


 働かざる者食うべからずを地で行くこの世界では、働くのが普通だったし、それ以外には当たり前だがネットやゲーム等の暇を潰す為の娯楽も少ない。

 それらの農作業が嫌なわけではない。そりゃぁ自堕落に過ごせればそれが1番楽で素晴らしいのだろう。だが、まあ日々姿が変わってゆく作物の成長を嬉しく思い、自分達で育て上げたそれらを自分の手で更に美味しく生まれ変わらせる。俺の料理を食べて皆の、妹の綻ぶ顔が嬉しい。

 元々は趣味程度だった料理が、娯楽が少ない世界で、それは没頭するには充分すぎる程の魅了を持っていた。


『美味しかったよ!兄さん!』

『そうかそうか。』

 収穫の時期の作物、それらを国に納め、近隣の村々と交換し、余ったものは城下町で売り捌く。そうして手に入れた食糧を調理して皆に振舞い、隣には常に屈託のない笑顔を振り撒く妹同然の存在。その嬉しそうな表情を見るのは、ただただ楽しかった。頭を撫でてやり複雑な表情を浮かべる妹を見ていて満たされていた。

 いつしか、この生活を前向きに受け入れていた。



 だからかも知れない。


 ある時、アイツが俺の料理の手伝いをすると言い出した。それ自体はいつもの日常の一頁だ。いつもはアイツが用意してくれて俺が調理する。

 だが、目を離した隙に包丁に手にとっていた。あまり刃物に触わってほしくはなかったが、これも良い機会だと思い。その日は教えながら適当な大きさに色々なものを切ってもらった。


『痛っ!』

『お、おい。大丈夫か!?』

『大丈夫だよ、兄さん』

 そのときに不注意で妹は指先を切ってしまった。慌てて手当てをしようとする俺と不思議な程落ち着いている張本人。

 その傷は小さな女の子が自分で治した。自分で魔法を使って直してしまったのだった。道具を使っての治療ではなく、魔法を使用しての完治。傷口が逆再生でもしているかの様に戻っていく。

 その日、年齢が近くて俺を兄と慕ってくれるアイツには、特別な力があると分かり村はちょっとした騒ぎに見舞われた。

 そこからは激動の如く話がトントン拍子で進んでいった。時を同じくして、右手の甲に浮かび上がった紋章の様な痣、恐らく間違いは無いだろうが、念のために王国の鑑定士に見て貰う事になった。


 だから、なのだろう。



『兄さんのご飯。食べられなくなるなんて嫌ぁ!』

 そう言って泣きついてきた小さな身体を抱き締めながら少女を、勇者を守ると決意して、王国に呼び出され登城する際に、回りからの反対意見を押し退けて同伴者として俺が付き添ったのは。


「なんだお前は!」

「登城を命じられたのは勇者候補だけのはずだ!」

 そうして城の前で兵士達に、許可の無いものは通せないと。門前払いされそうになっていた俺達。正確には俺だけだが。



『おー、キミのその能力。興味深いね』

 その騒ぎを見付けて寄って来たのは、城に常駐する1人の男。後に聞いた話によると、彼は物質から人材まで、ありとあらゆる物を調べることに長けた有名な鑑定士の人らしい。

 その視線の先にいたのは14になったばかりの登城を命令された少女。


『は?』

『え?』

 ではなく、俺だった。





「兄さん、お腹空いた!」

「ちょっと空気読んで!」

「マスター、私も。」

「増えた!?」



 ◆


 腹が減った。

 凄まじい速度で平原を移動していた影が突然動きを止めた。慣性を無視する急激な制動。砂や埃を巻き上げる事なくそれは停止した。

 影の正体の男は回りを見渡し、近くに森を見付けると、木の幹にひょいっ、と飛び乗り腰掛ける。そして携帯用に用意した食糧を取りだし、それにかぶり付く。

 別段手の込んだものではないが、酷使した身体に程よい塩気が口内に広がる。


 美味い・・・。

 だが、補給を済ませ次第すぐに追いかけなければ。


 俺は生まれて初めての努力をした。今までなあなあでやってきた戦闘訓練をしっかりと行い。

 肉体改造を徹底して、身体を休ませながら知識や戦術を詰め込む。


 次は、負けない・・・。



 その男は食べている間も、その指に付いた残りを口に含む間も視線は一点たけを睨む様に見詰めていた。




 ◇


 街が有名人をもてなすためのパレードだかを行い、それを一目見るために集まる民衆。昼時を過ぎた頃、俺の店はまだまだ人が溢れ返っていた。

 空腹の俺が昼飯を作っては、お客様に提供と言う名の強奪にあう。腹が減った俺にとっては拷問にも等しい行為がまるで無限に続くのである。作った端から奪われて行く、我が昼食。ぐぬぬ・・・。


 うむ、皆の笑顔は嬉しいんだが、なんだこの人数は!

 味見しかできねぇ!!感謝で俺の腹は脹れない。まあ理由は分かっている・・・。



「うーん、いい香りー!ねえねえコレ新作!?新作だよね。嗅いだことないよ、コレ!!」

「カレーって言う、らしい・・・。」

 目の前ではしゃぐ妹に、食べ物の事となると二重の意味で食い付きの良い魔法使いが囃し立てる。この初対面の筈の2人の動きは妙に揃っていた。


「あーあー、わかったわかった。だから騒ぐな」

 まるで親鳥に餌をねだる雛鳥そのものだな。



 目の前に居る魔法使い。そして家族同然の存在。だが、今は勇者として世界を旅している妹。前者は兎も角、勇者。勇者だ。

 世界を救うための希望と言う名の重荷を背負わされて、100ゴールドと言う端金と桧の棒を持たされて、長い旅へと送り出される勇者。


 うん、ゲームと違って流石に実際にそんなことなかったけど。100ゴールドと桧の棒ってゲームの中の王様絶対に頭おかしいよな、せめて兵士と同じ剣やら鎧ぐらい提供してやれや!



 そんな世界を旅する勇者。

 その凱旋パレードとやらを終わった後、町の立食パーティーを断り。そのまま脇目も振らずに来たお店だ、気にするなと言う方が無理だろう。腹減った。



「わー、食べたことないー!」

「辛かったけど凄く、凄く美味しかったよ。オススメ」

「本当!さっきまで手伝ってたけどずっと気になってたんだー、私もお腹減ったよ、兄さん。私にもその、かれー?ちょうだい!」

 店の材料がなくなりかけたところで、外で待っている人達に謝りながら解散してもらい。今は目の前に並んで座っている2人。

 なんか一部の貴族様が騒いでいたが閉店です。帰んな。声には出さないが準備中の看板を設置して店を閉める。勇者に名を売りたいんだろうが知ったこっちゃない。こっちは腹が減ってるのだ。



 2時間くらい前に勇者である妹が駆け付けた後、それに続いて突撃してきた住民やら貴族様やら護衛の兵士等々。それはそれは沢山のお客様がこの小さいお店にやってきた。

 それを見た彼女が、私のせいだからと店の手伝いをしてくれたのだった。勇者が配膳してくれるお店、と言うまた別の噂が広がり更に人が増えたのは誤算だったが。

 2人でキッチンを忙しく走り回る姿は在りし日の記憶を呼び起こさせ、俺も勇者も終始笑顔が絶えなかった。



「あむあむ、からっ・・・。」


 お嬢ちゃんはいつも通りである。




 ◆


 標的がいるであろう町へと到着した。

 慌ただしい人の波を掻き分け、奴を探す。

 魔法を使って嗅覚を底上げする、種族ゆえか元々高かった嗅覚を更に上乗せさせる。

 そして、確信する。すぐ近くに奴が居ることを・・・。


 騒々しい人波を抜け、少し寂れた通りへ出る。

 途中駄々をこねているお偉いさんがいたが気にも止めない。何分か歩いたところにその店はあった。


 口が歪み、その奥の牙が露出する。

 トアに手を掛ける




 ◇


「たのもー!!」

 ドアがバァン!と音を立てて思い切り開かれ、狼をベースにしたような獣の魔人が現れた。


「あっ、もう今日は閉店なんで」

「あっ、失礼しました。」

 やっと自分の食事に手を付けようとしていた俺は、手短に伝えるとそのままドアが



「いや、ちょっと待て」


 閉まらなかった。


「なんだよ、こっちは腹減ってるんだよ。それに店の外の準備中の看板が見えなかったのか?」

 食事を目の前に準備して、さあ頬張るぞ。となった瞬間に面倒事とか辞めて頂きたい。ただでさえ根性悪いのに更に悪くなってひねくれたらどうしてくれる。あんま変わんねぇわ。



「勇者はいるよな!」

「あぁ、そっち居るわ。お客さんだぞ。勇者様ー」

「あっ、はーい!」

 相手の話を聞いてみると勇者に用があるらしいので、適当にそっちに話の矛先を向けて食事を再開。なにやら2人でこちらへ視線をチラチラと向けながら話しているが気にしない。味見をしていて出来が上々なのは分かっているが、結局頬張るのを我慢していたカレー。米が無いのが残念だがパンでも充分美味いからな。


 さあ、いただきまー


「やっぱりアンタだったか!」

「・・・。」

 再び魔人が話し掛けてくる。面倒臭っ!


「何・・・。」

「2年くらい前にあんた勇者と旅してただろ?

 そんときにアンタにやられたんだよ、俺は!!」

「ほーん、で?」

 我が妹の勇者が俺を見て挙動不審になっているが、今の俺にはそれに構っている暇も心的余裕は皆無だった。

 長い付き合いの、それこそ生まれた頃からの縁だ。彼女は知っている。俺が食事中のおふざけやらが大嫌いな事を。



「リベンジだ!俺と勝ぶぁっ!?ガアァァァァ!!」

 掴みかかって来る相手の右腕をいなして、腕を引き込み前へ屈ませる様にバランスを崩させる。

 そのまま、横から腕を跨ぎ、相手の身体を倒す。頭を俺の足で固定して、十字に極める。


 腕挫十字固ってやつである。

 俺は食事中に絶対に許せないことがある、口に物を入れたまま喋ることと。騒ぎを起こす、又は起こしそうな行動だ。




「もう少し待ってて下さいねー。具体的には俺の食事が終わるまで」

「あだだだだだっ!!分かった!分かりました!!」

 この世界は剣や槍の近距離、弓や魔法の遠距離。大きく分けて2つの攻撃手段がある。中には拳を使い技を掛けて無力化するものもあるがそれは少数派だ。

 剣よりも更に近付き、尚且つ動く相手に技を掛けなければいけない。そんな行動をして無力化する前に、切りかかった方が単純に早いし簡単だからだ。


 この世界の命の価値は低い。

 人が人を殺す事になる争い事、それの理由は様々だ。

 生きる為に仕方がないから、愉悦を求めているから、ただ気に入らなかったから、家族の仇を取る為だとか。枚挙にいとまがない。


 だが俺には人は殺せなかった。やらなければやられる。

 頭では分かっているつもりだが、どうしても平和ボケした昔の俺の残滓に。価値観が引きずられるのだ。



 だからこんな非効率的な徒手空拳を独学で納めている。記憶の中だけにあるサンボやらの間接技、柔道の投げ技、プロレスはただの趣味。

 これらを命のやり取りの中で盗賊等の人の形をした相手を無理矢理に実験台に見立てて試行錯誤を繰り返した。

 結果、お粗末ながら素手で多少の相手ならば倒せる様になった。



 そういや、獣の魔人ってかなり身体能力も洞察力とか反射神経とか人間より高くなかったか?なんで俺如きに捕まってんだこいつ?弱いのか?

 まあ、いいか・・・。



「アァァァァ!!?」

 しばらくの間、店内には魔人の叫び声と、慌てている勇者、そして俺の分のカレーにまで無言で手を付ける魔法使い。そんな奇妙な光景が繰り広げられていた。


 うん、カレーって美味いよね。妙に食欲が湧くって言うか普段より沢山食べられるよな。でもそれ俺の皿じゃね?



「って、それ俺の分のカレェーーー!!」

 技を掛けながら思いっきり叫んだ後、変な力が入ってしまったらしく、鈍い音が部屋に響き渡ったのだった。

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