side勇者


 ~0~


 1人に・・・。

 独りにしないで・・・!



 ◇


「また、あの夢だ・・・。」

 落ち着かない、僅かに乱れたソレを深呼吸を繰り返して平時の物へと戻そうと勤める。

 いつもならこの夢を見てしまった時は落ち着くのに暫く掛かるのだが。今日は驚くほどすぐに回復した。

 理由はすぐに思い当たった。深呼吸を繰り返し、嗅覚に訴える懐かしい匂い。少し前まで当たり前の日常みたいに享受していた平和な時間と、この温もり。それに身を寄せる。



 同じ部屋で良いって言ったのに、わざわざ別に用意された隣の部屋。夜の深まったのを確認してから、部屋を抜け出して兄さんの部屋に忍び込んだ。

 例え、頼んだとしても少し困ったみたいに苦笑いを浮かべながらも拒否されないのは分かっている。兄さんは優しいから。


 だけど、回りに他の人達も居たから公然と頼むのは辞めておいた。ベットに潜り込み、兄さんの身体に自分の身体を寄せる。何度も私を守ってくれた腕に自分の腕を絡ませ抱き付く。



「にしても、全然驚かないんだもんなぁ」

 自分の髪を。肩口までの長さの白髪を一房摘まんで顔の前に持ってくる。年齢を重ねたり心労が祟った結果ではなく、ある時期を境に色素が抜ける様に白くなっていった髪の毛。


 勇者は神様か女神様。その国々、または宗教によって言い回しが変わってくるが、それらの全てにおいて共通しているのは、それら遥か上位の存在から、人間の味方だと遣わされている事。


 勇者は人類の味方であり、ある1個の権力、そして権威によって行使されるモノでは決してない。

 その表れなのか。何者にも染まっていないし染まる事があってはならない。勇者の物語の象徴的な言い伝えの1つとして。


 蒲公英の綿。或いは、雪化粧の表面の輝きの様な白い

 どこまでも透き通る綺麗な白髪だと言われている。


 家族の様な村の皆と1日の仕事を終えて、道具を片付け帰宅する。その折に見せる夕暮れにも似た緋色の髪。兄さんが好きだと言ってくれた私の髪は、もう、ない。



 能力を失い、ここに残ると言った兄さん。

 凄く、凄く悩んだのだろう。心底辛そうな表情で、でもそれを少しでも悟られないようにと。目と顔を伏せ、俺はもうお前を助けられない、と。ハッキリとそう言われた。

 鈍器で頭を殴られた様な。否、それ以上の衝撃が私を襲った。でも、兄さんの辛そうな、悲しそうな顔を見ていたくなくて。

 孤独を嘆く、自分の心の中の叫びから必死に目を背け指を固く握り締めて、それを了承した。


 先に結論から言うと、旅。

 兄さんが抜けた後の戦闘、それ事態は問題がなかった。2人から1人になったことで敵の狙いが集中した事に、それの捌き方に慣れるのに時間は掛かったが。

 私の成長速度はそれを解決し、悲しいことに大きな問題にはならなかった。



 兄が私と別れることになった、決して忘れられないあの日の戦闘を、大好きな人の体温が失われ徐々に冷たくなっていく恐怖を思い出す。

 今、目の前にある温かい身体に安堵しながら。本当はすぐにでも忘れたい記憶を、脳裏にこびりついたアレを私は反芻するのだった。




 ◆


「ぐぁッ!?」

 私の目の前で浅くだが食い破られたかに見える腹部。そこから流れ出る真っ赤な鮮血。最後の気力を振り絞ったであろう攻撃。倒れる身体。そこを中心に地面に拡がる血溜り。

 時間を追う毎に拡がる赤い、紅い色。命その物が流れ出ているかのような錯覚。


 その時の、その後の記憶は酷く曖昧なものだった。自分が自分でなくなった様な感覚。泣き叫ぶ事でしか異常を報せられない、小さな赤ん坊みたいに喚き散らし、だがそれとは反比例して研ぎ澄まされていく神経。

 魔物も、隠れていた盗賊も、血の臭いを嗅ぎ付けた新たな魔物も、兄の衰弱してゆく身体も。その全てが手に取るように分かった。


 次に意識がハッキリと覚醒した時。

 その時には両手が、全身の至るところが帰り血によって汚れた私と、気を失った兄以外には、生きているモノがなくなってからだった。



 拡大された意識の下、兄が生きているのは理解できたが、同時にこのままでは長くない事も解った。

 すぐに横たわる体に駆け寄り治療の魔法を使うが、傷が塞がるよりも失血死するほうが早いだろう。焦る気持ちとは裏腹に、驚くほど冷静に現状を読み取る。



「ッ!?」

 唐突に今まで使ったことのないレベルの。存在も知らない治療魔法の使い方が頭の中に乱暴に投げ込まれる様に閃いた。乾いた大地に雨が染み込むみたいに、新しい魔法を急速で理解し使える様になった。

 今までも似たような事が何度かあった。子供の頃の指を治す程度の簡単なもの、兄さんと旅を始めてからも雷による攻撃等。指折り数えられる程度だが確かにあった。唐突な事に気味悪く感じ、相談したこともある。


 曰く、勇者とはそう言う者、らしい。納得出来る様な出来ない様な雑な説明だけれど。だが、今回ばかりはこの奇妙な事象に感謝した。

 最初は傷付いた身体を見たくなかった。だが既にそうも言っていられない状況になっている。コレは本来なら私が負うべき傷だったのだ・・・。


 服を破り、破損した部位を露出させ、間髪いれずに新しい治療術を行使する。



 皮膚が少し切れたものとは勝手が違う大きな傷口。その裂傷から自分の大事な人の生命。それその物が流れ出ていくみたいで。酷い吐き気を催した。それを堪えながらどくんどくんと溢れる命を、血液を両手で抑えると言う単純だが確実な止血を行い、魔法を持続させる。


 真っ赤な血溜りは元には戻らなかったけど、魔法によっての治療には血液の生産を増す作用が少なからずある。あとは、あとは目を覚ましてさえくれれば。



「兄さん!兄さん起きて!!」

 普段であれば、その寝穢い兄に微笑ましい気持ちにもなるのだが、今は状況が違った。ハラハラする、焦慮し、苛々する。焦燥感に苛まれ、頭の中がぐるぐると考えが纏まらず自分がどうしていいか解らなくなってくる。

 一向に眼を覚まさない事に気持ちばかりが先行してどんどん取り乱していく。身体を揺さぶり大きな声で呼び掛ける。


 起きて、お願いだから、独りにしないで。1人は寂しいよ。辛いよ。たから私を、置いて逝かないで・・・!

 どれだけの時間をそうしていたのかわからない、ここは魔物の棲息地で、先程まで争いが起きていた。血の臭いは充満し、いつまた襲われても不思議ではない危険な場所だ。


 魔物が、盗賊が、肉食の獣が、いつ襲い掛かってくるかわからない。大声で何度も呼び掛ける行為は、兄に声を届けるのとは別に。間違いなくその危険を呼び寄せているの事に他ならないのだから。



 私が生き延びるだけなら、見捨てるのが最善の策だ。次点で声を殺して隣で回復魔法を使いながら大人しく待ち続ける事なのだが、先程の様子。

 血を流し動く事も億劫であろう身体を無理矢理に動かし、倒れるその瞬間まで私の為だけに戦い。

 あんなになってまで戦闘を続けて、そして、まるで事切れる様に前のめりに倒れた姿を見てしまった私には。


 そうでなくとも小さい頃からずっと一緒だった。優しい兄さんを見捨てることなんて、絶対に出来ない。


 どれだけの時間をそうしていたのか、時の感覚が無くなっていた私にはわからなかったけれども。日が沈み初め夕焼けが空を彩る頃に、兄さんは目覚めた。



 目を覚ました兄さんは泣き付いた私をただ黙って抱き締めてくれた。その両手は、力があまり籠って無くて。

 失血死寸前まで流血したことが原因ではなく。

 能力を発揮出来なくなっていた事が招いた弱体化の結果なのだろう。



 私の髪が白くなり始めたのは

 恐らくこの日が最初・・・。




 ◇



 決して忘れられないけれども、憂鬱な気持ちを頭を左右に振る事で意識を切り替える。あんなことはもう起こらない。

 大丈夫なのだから・・・。



「ぎゅー」

 抱きついてみる。遠くの酒場で騒いでる声が微かに聞こえる程度の静かな夜。兄さんの胸に耳を当てて規則正しく、そして力強く鳴る心音に、安堵する。

 あの時みたいな弱々しい音ではない。確かに生きている証。



「どした?寝れないのか?」

「ううん」

 そんなことを続けていたら、起こしてしまったらしい兄に話し掛けられる。寝惚けているのか、旅に出た辺りからやってくれなくなった。私の頭ごとすっぽりと胸元に収容する抱かれ方。

 頭に手が添えられて髪を手櫛で梳かれる。もう片方の腕は腰に回され、更に抱き寄せられる。胸元に耳を当てていた時みたいにハッキリとは聞こえないが、抱き締められて触れた事で。全身で鼓動が感じ取れる。これをやられると私は、昔から何も言えなくなってしまうのだった。



「ほふぅ・・・。」

「なんか、あったか?」

 あっ、と言う間に霧散した私の緊張感と孤独感。夢心地でされるがままの私は弛みきった、胸の中が空っぽになるような深い深い溜め息が無意識の内に、私の口から漏れ出る。

 まるで耳元で囁かれたみたい。そんな優しい声色で、先程とは別の角度からの質問が投げ掛けられる。



「兄さんはさ・・・。」

「うん」

「私の白くなったコレ。何も聞かないけどさ、どう思った?」

「どう思うも何も、お前はお前だろ?俺の大事な妹、それは何があっても変わらないよ」

 連絡もせずに店に押し掛けて2年ぶりに突然現れた私の事を見て、兄さんは一瞬分からなかったみたいだけど。眼を合わせて数瞬もした時には、私の事を思い出してくれて笑顔で迎え入れてくれた。

 とても嬉しかった・・・。


 実際にはまだ見たことがないけれど、弓と魔法の扱いに長けている、エルフと呼ばれる種族。一般的に森の奥深くに集落を持ち閉鎖的な彼等の中に稀に白髪の者が生まれると言う。

 そんな珍しい白髪に変わった私の事を。


 まるで子供の時に戻ったんじゃないかと、錯覚するぐらいに、髪の毛をくしゃくしゃにするのが目的に思える、少し強引な頭を撫で方に。


 そして、昔と全く変わらない扱い。


 それが、堪らなく嬉しかった。




「ただ、そうだな・・・。」

「?」

 さっきので、終わりではなかったみたいだ。



「髪もそうだけど、凄く、綺麗になったな。」

「っ・・・。」

 息を飲む、身体が抱き締められているので既に動けないのだが、更に精神的にも混乱の渦に呑まれ、完全に硬直する。頬が紅潮するのが自分でも分かる。



「に、兄さんだって」

「・・・。」

「皆みたいに私が勇者だからって、態度変えたりしないところとか、誰にでも公平なところが、その、あの。ぁー、うん。ん?あれ、兄、さん?」

「うぅ」

 あれだけ、あんなに私の心を掻き乱した張本人は話の途中だと言うのに、既に夢の世界へと旅立っているらしかった。

 恥ずかしさと嬉しさが混ざりあった。自分でもよくわからない気持ち、そんな私が何を言おうとしたのか、それはやっぱり、よくわからないけれど。

 だけど、これはきっと心に留めておいた方がいいのだろう。


 今回はここに来る必要があったから、来たのだ。私の旅はまだ終わっていない。またすぐにここを発たなければいけない。


 その決意が揺らぐ様な事は勇者として許されない。

 私の使命は、そんな不安定な状態で挑んではいけない。

 私は死ぬわけにはいかないのだから・・・。



「だけど、勇者としての仕事が。全部終わったら、そのときは・・・。」

 私も素直になろう。そう嘯き、ガッチリと抱き止められた身体を捩って、腕の中で私も兄さんの背と首に腕を回す。




 今日はよく眠れそうだ・・・。

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