第2話 犬もアイドルも照らせば光る 前編


「それじゃあ、輝けるあたしの輝けるワンマンライブを始めるわよ! 観客もワンマンなのはちょっと気になるけど、そんなの関係ないわ! あたしの真なる輝きは地平線を越えて全世界、いや全宇宙全銀河の果てまで届くんだもの! つまり、この全銀河に生きとし生けるもの全てが観客ということよね! その衝撃たるやまさにビックバン! それじゃあ行くわよ! 新曲のレモネイド」

「うるさい!!」

「いひゃい!?」


 何かを歌い出すのよりも早く、黒い人物に消しゴムをぶつけられ、その場にうずくまる白い人物。

 随分と見慣れた……いや、何だか懐かしい光景のような気がしないでもないんだけれど。

 一体、どうしてこんなことになっているのか。

 状況を理解する為にも、今朝目覚めてからの出来事を振り返ってみようと思う。


 目が覚めたらまぶしかった。

 以上。


 いや決して手抜きではない。

 本当に、これだけなのだからしょうがない。


 まあ、もう少しだけ補足をするのであれば。

 いつものように、リビングの端に置かれた寝床の中で目を覚ました俺、春海和人は、起床と同時に読書をキメようとした。

 寝る前に持ち込んでおいた『きりもみ空中334回転の秘密』の表紙を開いた瞬間、白いページに反射して強い光が入り込んできた。

 今日は日差しが強いなぁ、カーテンを閉めないとなぁ、などと考えて顔を上げた俺の目に飛び込んで来たのは、先程のを遥かに超えた強い光。

 日差しが強いなんてレベルじゃない。

 リビング中が白い光に満ち溢れていた。

 その光源は、リビングの中心に立っている人物。

 その人物は、たっぷり数十秒間に渡りポージングを決めていたかと思うと。

 突然どこからかマイクを取り出し、先程の台詞を叫び始めたのだった。


『……ダメだ。ちっとも理解出来ない』

「何よ駄犬、起き抜けにタメ息なんてついちゃって、寝ている間に内蔵が2つ3つ無くなったの?」

『あるよちゃんと! っていうか、無かったら起きれねえから!』

「あると思っているのは、本人だけかも知れないわよね……」

『何それ超怖い!? お前、俺が寝ている間に何かしたの!?』

「そうね。今晩は焼肉にしましょうか。ちょうど新鮮なホルモンも手に入ったし」

『だから何をしたの!? 返して俺の五臓六腑!』


 と、そんな感じで。

 いつも通りに俺を弄んでくるのは、俺の飼主にして同居人、通称黒い人こと夏野霧姫さんである。

 その正体は俺が心から尊敬する、大人気作家の秋山忍だったりするのだが、今の俺達のやり取りの中には、そんな凄さは全く読み取れませんよね。

 どう贔屓目に見ても、焼肉が大好きなハンター(貧乳)だ。

 

「さてさて、朝っぱらから失礼なことを考えている駄犬には、どんなお仕置きが良いかしら?」

『やめて! 俺が悪かった。謝りますから許して下さい。ほら、ハサミもしまって。ステイステイ!』

「一度ホルスターから抜いてしまったハサ次郎は、何かを斬るまで納めることは出来ないのよ?」

『ダインスレイフかよ。って言うか、それどころじゃないだろ! どうすんだよ、そいつ!』


 俺は、夏野に消しゴムを投げつけられ、消今なおリビング中央でうずくまっている白い女性を指し示す。

 全身を白い服に身を包んだ、その女性。

 白を基調とした華美な服を着た人物が、生活感のあるリビングの中にいるのは違和感しか無いが、それも無理もないことだ。

 何故ならその華美な服は、アイドルが着る衣装。

 スポットライトを浴びるステージ上でこそ一番映える、そんな衣装なのだから。


「どうすんだよって言われても。どうしようかしら? とりあえずトドメを指しておきましょうかねっ!」


 夏野は手の中で弄んでいた愛用のハサミを、白い女性に向けて投げつける。

 勿論、刃を向けて。突き刺さるようにだ。

 軽い一撃でダウンを奪ってから必殺の一撃を叩き込むとか、ガチ過ぎるだろ。

 何で朝っぱらからこんな戦場と化してるんだよ。


「って危ないわね! 何すんのよ!!」

「チッ。かわしたか……」


 白い女性は、襲い来るハサミをギリギリで回避した。

 うずくまった状態からの、素早く正確な回避行動。

 躊躇無く投げた夏野もタダモノでなければ、かわした方もタダモノではない。 


「ステージ上に物を投げるなんて何を考えてるの!? 開演前の注意事項アナウンス、ちゃんと聞いていなかったの!!」

「はぁ? 何がステージよ。ここ、私の部屋なんだけど?」

「何言ってるのよ! このあたしが立った以上、どんなところでも、そこはステージ! 戦場だろうが、深海だろうが、宇宙空間だろうが、アイドルが歌い踊るステージなのよ! 分かったら、大人しく私の美声に聞き惚れ」

「ホイッと」

「キャアッ!? だ、だから投げるんじゃないって言ってるでしょ!!」


 夏野が投げつけたハサミを、再び絶妙なポージングで回避したのは。 

 白くて、うるさくて、派手で、金髪で、うるさくて、光る女性。

 

 その名は、秋月マキシ。

 超人気アイドルだ。


 俺も、あまり芸能界には明るくないので、どれほど人気なのかと問われると答えづらいのだけれど。

 マキシのステージを見る為に集まったファンの人数・ボルテージ・熱量はどれも凄まじく。そんなファン達の期待に、歌と踊りと笑顔と輝きで、完璧以上に応えるマキシの姿は、まさに超人気アイドルと呼ぶに相応しいものであった。

 

 対して、読書バカである俺がよく知るのは、マキシのもう一つの顔。

 作家、秋月マキシのことだ。

 

 マキシは、作家としても確かな人気と実力を持ち、先日発売された著作『刀剣ライブ』は、都心の池から古い日本刀を発掘してしまったアイドルが、現代に蘇った666人の平家の亡霊と島の開拓で争うという内容で、若年層を中心に好評を博しているという。

 

 そんな超人気アイドルと、売れっ子作家を掛け持っている秋月マキシ。

 日々のスケジュールをこなすだけでも相当大変であり、こんなところで油を売っている暇などない筈。

 それなのに、どうしてこんなところにいるのかと言えば。

 いるのかと言えば……。


『いやどうしてだ!? 何でここにいるの!?』

「私が分かる筈ないでしょ。いつの間にか現れてたのよ」

『いつの間にか現れるって。何お前、ガチャでも回したの?』

「しょせんはコモンレベルの駄アイドルだものね。無料ガチャで出たのかしら」

『いや、コモンの頻度であいつが出たら嫌だろ』

「確かに、1人でもあんなにうるさいんだものね」


 1平方キロメートル内の騒音と光量がとんでもないことになりそうだ。

 なんか地球にも優しくなさそうな気がするし。


「それで? 白いの。アナタ、どうしてここにいるの?」

「何よ黒いの。相変わらずそんな真っ黒い服ばかり着て、気が滅入るったらないわよ。折角ルックスだけは、ほんの少しだけ見られるのに勿体ないわね。まあどんな服を着ようとも、この超銀河シャイニングアイドルである秋月マキシ様には」

「分かったわ。死になさい」

「おおっとぉぉぉ!?」


 3度のハサミの投擲を、ギリギリで回避するマキシ。

 つーか、今なんかハサミが空中で2回曲がった気がしたんだけど、いつの間にホーミング能力なんて付いたんですか。

 それ、俺の時にも発動する奴ですか?


「こっちは朝っぱらから、うるさいわ眩しいわで機嫌が悪いのよ。これ以上くだらないことを喋るようなら、アナタの良く動く舌を切り取って、真っ白な衣装を赤黒く染めてあげるわよ?」

「し、舌……!?」

「それと、こんな朝から大騒ぎして、もしも下らない要件だったら……分かってるわよね?」

「わ、分かってるわよぅ……」


 マキシは降参したかのように手を大きく挙げ、それを見た夏野はハサミをホルスターに戻す。

 俺も、あんな風に人間の降参のポーズを取ることが出来るなら、夏野からの被害を受けることも減ったりするんだろうか。

 いや、そんなことはないな。

 いくら最上級の降参をしようとも、新稲葉の街の障害事件数はゼロにはならないな。


「あたしが、あんたのところに来たのには、深くて重大な理由があるんだから。心して聞きなさい!」


 そう言って、マキシは語り始めた。

 自分が突然夏野の部屋に現れた理由を。


「ほら、あたしってば、超絶輝いているスペリオルアイドルじゃない?」

「…………」

「まだ! まだ話はこれからだから! ハサミを抜くんじゃないわよ!」

「……続けなさい」

「そんなスペリオルなあたしでも、少しでも気を抜けばやられてしまう程に、今のアイドル業界は厳しいの! 今日の友が、明日には恐るべき敵に変わっているなんて日常茶飯事! 一瞬たりとも油断する訳には行かないのよ!! 特に最近は、若い娘もどんどん入って来るし。母校が廃校になるとか吸収合併されるのを阻止したいとかで頑張ってるスクールアイドルなんかもいたりして、とにかくアイドル戦国時代なのよ! まあ、どんな時代でも、あたしは輝き続けるんだけど!」

「……それで? そのアイドル戦国時代が、どうして私の家に不法侵入することに繋がるの?」

「はぁ? あんた、ここまで言っても分からないの?」

「……分からないわね」

「そんな過酷な時代だから、に決まっているじゃない!!」


 マキシは、そこで夏野のことをビシッと指さした。

 その顔に浮かんでいるのは、いつものように不敵な笑み。


「あたしは、あたしこそが最高のアイドルだと信じている! でも明日もそうなのかは分からないわ。トップを走り続けるということは、後ろから追われ続けるということだもの! だからこそ、日々成長していく必要がある! いつ、如何なる時も、秋月マキシこそが最高! あたしこそが最強のアイドルである為に!」


 マキシの、自信に満ち溢れた笑み。

 自らが最高のアイドルであることを一切疑ってはいない。

 アイドルとしての矜持が、彼女を輝かせている。


「いい? 成長する為にはライバルが必要よ! 『宿敵』と書いて『とも』と読む奴ね。光栄に思いなさい秋山忍。あんたを、あたしにとっての最大の宿敵と認めてあげるわ! そして、宿敵のあんたを倒して、あたしはアイドルとして成長してみせる! 最高のアイドルであり続けて見せる!!」


 マキシの声には、張りがある。

 決して負けないという、そんな覚悟に満ちている。


「……分かったわ。つまりアナタは、自らを成長させる為に、この朝早くから私の家に勝手に上がり込んで、勝手にわめき散らしていると言うわけね」

「何を言ってるの。勝手じゃないわ! ちゃんと許可は得ているもの!」

「それは初耳ね。誰が許可を出したのかしら?」

「勿論、あたしに決まっているじゃない!」

「…………はぁ?」

「言ったでしょ! あたしが立つ場所は、何処でもあたしのステージになるの! そしてステージさえあれば、そこはあたしの戦場! あたしはあたしの許可の下で、あんたに勝負を申し込むわ! さあ勝負よ秋山忍! あたしが昨日よりも輝く為の礎となりなさい!!」


 俺は芸能界には詳しくないし、アイドルにも詳しくない。

 マキシのやろうとしていることが、アイドルとして、どれほどの意味と意義のあることなのかは分からない。

 しかし、この俺にでも分かること。

 それは、マキシの行動はただの不法侵入でしかなく。


 そして。

 ずっと、夏野霧姫を隣で見続けてきた俺だけが分かること。

 それは、マキシの完全に自己中心的な言い分を聞いた夏野さんが、マジギレなさっているということだ。


『……マキシ逃げろ。今ならまだ間に合う』


 その証拠に、夏野は無表情でホルスターからハサミを引き抜くと。

 夏野の様子に気が付かず、未だに自信満々に語り続けるマキシに向けてゆっくりと近付いて行き。


『逃げろ! 逃げるんだあ!!』


 しかし、俺の応援はむなしく。


「ひきゃあああああああああああああ!!!!!!!」



 その後のことは、わざわざ語るまでもないだろう。


 ただ、確かなことは。

 さっきまで、あんなに賑やかで、輝いていたリビングが。

 すっかりいつも通りの静けさと明るさを取り戻していた。

 それだけだった。



後編につづく

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