太宰の乳母の語る

 姫様は今頃は六条院でお子たちを源氏の君に引き合わせておられるところでしょうか。

 私にも一緒においでと言ってくださったのですけれど、気の張る席は辛いのでお留守番をさせていただくことにいたしました。今日はやんちゃな若君方もおられぬことですし、ゆっくり縫い物でもすることにいたしましょう。

 ここはもうすっかり姫様のお住いですけれど、姫様が引き移られたときは急なことでもあったので、大変な騒ぎでございました。  

 まずはお殿様の前の北の方とお子たちが、北の方のご実家に引き移られたそうでございますが、これについては私どもがこちらに参る前のことですので、ほとんど存じません。お殿様よりも幾らかお年かさな北の方で、物の怪に取り憑かれやすいせいでご苦労なさったという事は存じております。

 何だかんだとございましたが、姫様は結局収まるべきところに収まられたのではないでしょうか。

 源氏の君のご意向では、姫様を尚侍として出仕させたいごようすでしたが、私は賛成できませんでした。

 姫様は見鬼ではないのです。

 見鬼でなくば、お后に立てられることはありえませんし、立后かなわなくば皇子をあげられても立坊はおぼつきますまい。なんでも帝のお力を引き継ぐために、お后は見鬼がよろこばれるのだそうです。

 私も見鬼ではありませんので、そんなものとしか知らないのでございますけれど。

 やんごとなき姫君に見鬼は珍しくないのですから、姫様が無理に割り込んでも大した扱いにはなりますまい。

 しかもこちらのお殿様は見鬼でなく、見鬼だった前の北の方にひどく苦労させられておいででしたとか。姫様のお相手にこれ程うってつけの方もなかなか居られますまい。

 お子たちも、若君方に関しては結局お殿様が引き取られて、姫様が育てておいでです。姫様は、もうお一方の姫君も気にかけておいでのようでしたが、男の子は男親に女の子は女親にというのが、昔ながらの子分けの決まりでございますし、致し方ありません。

 それに、こう申してはなんでございますが、女の子と言うものはむずかしいもの。無理に引き取るよりもこの方が姫様にとっても良い事なのではないかとも思えます。 

 殿を姫様のお閨へご案内いたしましたのは娘の少弐でございました。

 亡き夫の役職の太宰の少弐を二つに分けて、私が太宰で娘が少弐。わかりやすい女房名でございましょう。

 その少弐がお殿様を手引していると気づきました時、これは姫様のご意向に違いないとすぐにわかりました。あの娘ほどに姫様のお心に添い、姫様を守っている女房は他におりません。少弐が手引をするということは、姫様の選んだお方ということです。

 ですから私もさりげなく協力して、光君の息の掛かった他の女房たちの気を引いたりいたしました。事が露見したあとは大変でしたとも。

 源氏の君が見事に取り繕って、急遽正式な婿取りの形を作り、三日夜や露顕の差配をすぐになさったのは、さすがのお手回しでございました。

 それでしばらくは六条院にお殿様が婿として通われたのですが、婿取りは婿取りとして出仕の方もすすめるということになったのです。これには私も驚きました。

 それは確かに尚侍というのは伝奏に携わる女官であって、女御とは違うわけですから、既婚の婦人が務めていけないことはないのでしょう。ですが姫様の場合女官としてのお仕事の何を知っておられるわけでもないのですから、あきらかに帝のお側に侍るための任官なのです。

 六条院を里邸とする尚侍としての出仕というのは、姫様のご結婚を実質は無視するということなのでした。

 「大切なものは宮中にもっていってね。六条院に置きっぱなしにはしないで。」

 出仕の準備の間、あまりに何度も姫様が囁かれるので、私も心してお供の準備をしたのです。

 姫様とお殿様の計略はお見事でございました。

 姫様が出仕、帝への拝謁のあった後、家内に触りありとの理由をつけて里下がりを願い、そのまま六条院でなくお殿様のお邸へはいっておしまいになったのです。

 源氏の君がおつけになった女房たちは皆、賜った局に置き去りにして、実に鮮やかなお手並みでした。

 ここの生活は本当に結構なものです。

 六条院のように人の出入りが多くて騒がしいということもございませんし、お殿様は本当に姫様を大切にしておいでです。若君方も姫様になじまれて、皆睦まじく暮らしておられます。

 本当に収まるところに収まった。

 私にはそのように思えるのです。

 

 

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