八 祭りの夜に

「悪い。バイトが長引いて、遅くなった」

 全力で走ってくると、一也はそう言って謝った。「待ったか?」

「ううん、それほどでも」

 本当は、早く浴衣ゆかた姿を見せたくて、待ち合わせ時間の三十分以上も前からずっとここに立っていたのだけれど。

「それ、くれ」

 言うなり、私が答えるよりも先に一也は、飲みかけだったお茶のペットボトルをとって一気に飲み干した。「ああ、美味うまかった」

「もう。私、半分も飲んでなかったのに」

「あとで俺が代わり買うから、それで許せよ、千歳」

「……爽健美茶よ。絶対」

「わかったわかった」一也が苦笑する。

 今日は、七月七日。

 この日は、隣りの市で行われている星祭りに二人で行こうと、前から約束していた。夜市を歩いて、綿菓子や水風船を買って、それに、花火大会。

「……でも、今日って天気予報は雨なんだよな」

「そうなの?」

 言われて、空を見上げる。すっきり晴れているとはお世辞にも言えず、怪しい雲行きだ。

「――嫌だわ。せっかくの、星祭りなのに」

 雲の隙間からわずかにのぞく、天の川。東と西に引き離された二人だって、雨が降ったら逢えないのに。

 たくさんの願い事がかけられた笹の並ぶ商店街を抜けて、海のほうへ向かう。花火大会の会場には、すでに大勢の人たちが集まっている。

 そして始まる、光の饗宴。青、赤、緑。星の種が次々と打ち上げられては、見事に花開いていく。色を変え長く尾を引きながら、夜空を美しく彩っていく。

 けれども。

 一心に空を見上げる私たちの顔に、ぽつ、ぽつと雨の雫が当たり始めた。

 それは、あっという間に強さを増し、遠くが見えないほどになってしまう。

「……帰るか」

 花火大会の主催者側から中止の放送が流れ、失望の声があがる人混みの中で、一也がたずねた。私も仕方なくうなずく。

 会場のすぐそばのバス停は、帰る人たちで既に大行列だった。けれど、そこを通り越してもう一本先の大通りまで行けば、あまり知られてないので混んでいなくて、実はバスの本数も多い。私と一也は、そちらへ向かって歩いていった。さっきまでと違って、嘘のように人が少ない。激しい雨が、一也の傘の上でせわしない音をたてている。

「……びしょぬれになっちゃった。浴衣」

「――似合ってたのにな」

「え?」

 私が訊き返すと、慌てて一也は前を向いた。「ほら。もうすぐだ、バス停」

 私はくすっと笑って――そのときだった。

 大通りを猛スピードで走ってきた乗用車が、カーブを曲がりきれずに、こちらへ突っ込んできたのは。

「千歳!」

 とっさに、一也が私を後ろに突き飛ばした。宙に舞う傘。土砂降りの雨の中、私の視界に赤い雨が降る。スローモーションのように、一也が空を飛んで見えた。ごろごろと、アスファルトの上を転がっていく。ねえ、どうして起きないの? ねえ、どうして動かないの?

 ねえ……


「……か、一也ァーっっ!!」

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