六 硝子の星

「お兄ちゃん、千歳さん、こっちこっち!」

 広場の真ん中で、ヘルダが楽しそうに手を振っている。星祭り当日の午後の雑踏の中でも、その声はひときわ大きく響いた。

「元気だな……」

 フランが苦笑しながら隣りを歩く私に目を落とし、またすぐに目をそらした。

「い、いや、それにしてもいい天気ですねー」

「……そうね」

 昨日の一件以来、フランはまともに私を見られないらしい。当然、態度もぎこちないものになってしまっていた。

 そして、私はといえば。

〝――いい天気でなかったところを、見たことがあるか?〟

 〈闇の目〉の言葉が、ことあるごとに脳裏をよぎる。フランに対してどうこうというより、他のことで頭がいっぱいで、あやふやな受け答えしか出来ない。

 空を見上げる。雲ひとつない、本当に綺麗な青空。夜になればきっと満天に星がきらめき、最高の星祭りになる――

『――嫌だわ。せっかくの、星祭りなのに』

 はっ、と私は立ち止まった。

 これはいったい誰の言葉!?

「千歳? どうしたんです?」

 私の様子に気づいて、フランが心配そうにたずねた。

「……何かを、思い出しかけたの……でも、私……」

 怖くて。自分が何を思い出すのかが、怖くて。

「――思い出さなくていい」

 フランが、穏やかな、でも強い声で言った。「何も思い出さなくていいんです、千歳」

 やさしい青い目で、私をいたわるように見つめている。

 この人は、こういう人だ。たとえ私が、フランの腕の中で他の誰かを思い出してしまっても、もしそのことを知っても、変わらず私を受け入れてくれるだろう。そんな人だ。

「……私は本当に、ここにいてもいいの……?」

「もちろんですよ」

 そう言って、微笑する。

 ――私はきっと、フランの気持ちには応えられない。けれど、フランのやさしさに、甘えていたいと思う。勝手だ。ものすごく都合のいいことを、考えている。

〝――魔法か。それは都合のいいことだな〟

 また聞こえてきた〈闇の目〉の言葉を、私は振り払った。

「行こう、フラン。ヘルダが待ってるわ」

「はい」

 フランはいつもと変わらぬ笑顔で答えた。


 そして、私とフランとヘルダは、展示会場へと入った。外の雑踏が嘘のように、中は静まり返っている。

「――ほら。千歳さんの星はこっちよ」

 ヘルダがささやくと、私を室内の一角へと引っ張っていった。そこにあったのは――

「これが……私の星?」

 透明な、あるかなきかというくらいに透明な球体がひとつ、宙に浮かんでいた。硝子ガラスよりも、水晶よりも澄んだ、そして危うそうな透明さだった。

 その、中に。

 もうひとつの星が、閉じ込められていた。

 柘榴石ざくろいしでできた氷柱つららを、花のように広げたような。そのひとつひとつの先端は針よりも鋭く、指先で触れれば血を流しそうであるのに、淡い硝子がかろうじてそれを守っている。

「ね、綺麗でしょ?」

 無邪気に、ヘルダは笑う。「絶対今年の一等賞は、お兄ちゃんで決まりよ。そしたら、千歳さんの願い事が、何でも叶えてもらえるわ」

 今にも、壊れそうな、星。私はこんな心をしているの?

 うらやましそうに、ヘルダが問う。

「ねえ、そのときは千歳さん、何をお願いする?」

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