五 覚えているのは
星祭りは、いよいよ明日だ。
フランは、今朝まで星創りの最後の仕上げにかかりきりになっていた。できあがった作品から既に展示されているけれど、出展〆切自体は今日なのだという。実際に展示されるまでは、と私は一切見せてもらっていないのだけれど、手伝いをしているヘルダに
「千歳さんの星ってすっごく綺麗! お兄ちゃんも頑張ってるしねー」
と言われて、妙にくすぐったい思いがした。
徹夜開けで、今はまだフランもヘルダも寝ているのだろう。私はひとりで、泊まっていたフランの家から外へと出た。
「いい天気……」
抜けるような青空。このまま天気が崩れなければ、明日も最高の空になるだろう。
「〝いい天気〟でなかったことが、あるか?」
突然すぐそばで声がして、私は驚いて振り返った。誰の声かは、聞いた瞬間にわかった。でも、そんな……。
「〈闇の目〉……どうやって、ここへ……」
ここは、マーロの村の中。フランの家の目の前なのだ。そんなところにまで、入り込んできただなんて……!
「そう不思議なことじゃないさ。疑いの芽は、探せばどこにでも生えているものだ」
黒い服と仮面に身を包んだその男は、にやりと笑った。「たとえばこの空だ。〝いい天気〟でなかったところを、見たことがあるか?」
言われて――すっと、背筋が寒くなった。雨。どころか雲ひとつ、私は見たことがないのだ。いや――そういうものの存在を、忘れていた。今、彼に指摘されるまで。
「で、でも……砂漠地帯だったら……ほとんど雨は降らないわ……」
それが無理な説明であることは、自分でもわかっていた。広大な森や草地。エストバル城からここへ来るまでに、何度も目にした。砂漠なんかのわけがない。
いったい、どうなっているの……!?
「……魔法。そうよ、魔法よ。〝どんな願い事でも叶えてくれる〟くらいだもの。緑でいっぱいにするくらい、簡単に……」
「〝魔法〟か。それは都合のいいことだな」
〈闇の目〉は、せせら笑うように言った。「もっとも美しい星の持ち主は、願い事を叶えてもらえる。なるほどそう来たか。そのための、〝魔法村〟なわけだな」
「な……何よ。何を言っているの……?」
「――まだ、気づかないのか?」
男の手が、私をつかんだ。思わず悲鳴をあげようとしたが、その前に仮面の奥の双眸と目があって、その深い色に吸い込まれた。
「……この世界は偽りだらけだ。偽りは長くは続かない」
私の耳元で、ささやくように彼は言った。
「だが、いつまでも続くと言うなら――俺が、この手で壊す。この世界を」
「あ……」
その、昏い声の響きすら、私をとらえて――
「千歳に触るな!!」
怒りに満ちた叫びに、はっと我に返った。
フランが立っている。今までに見たことがないくらい険しい目つきで、〈闇の目〉をにらみつけている。
「おやおや。お姫さまを守るナイトの登場だな」
そう言って男は私から手を離すと――消えた。本当に、煙のように。
へたり込むことも忘れ、呆然と立ち尽くしていた私にフランが駆け寄ってきて――抱き締めた。強く。とても強く。
「フラン?」
「……僕が、守るから」
フランの両腕が、私の背中に回されている。フランの息を、髪に感じる。
「絶対に、千歳を守るから。千歳はずっと、ここにいればいい。何も思い出さなくていい。ここにいてください、千歳――」
意識が、遠くなっていく。
フランの声を、子守唄のように遠くに聞きながら、それでも私は悟ってしまっていた。
――私が覚えているのは、この人の腕じゃない――
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