四 マーロの村で
「お帰り、お兄ちゃん!」
フランの故郷、マーロの村で明るく出迎えてくれたのは、彼によく似た女の子だった。
「妹のヘルダです。ヘルダ、こちらは千歳。エストバル城の客人だよ」
「始めまして、千歳さん!」
そう言って、私とフランをちろちろ見比べる。
「ふーん、それにしてもお兄ちゃんが女の人を連れてくるとはねー」
「た、他意はないぞ他意は。僕はただ、千歳に星祭りで……」
「はいはい、わかってますって。行こ、千歳さん。村の中案内するわ!」
強引に手を引っ張られて、私はヘルダと歩き出した。後ろからフランがついてくる。
あそこが自分達の家、あそこが学校、とヘルダに案内されながら、何人もの村人とすれ違った。穏やかに微笑んで、あいさつをしてくれる。みなどことなく物静かで知的に見えるのは、ここが魔術師たちの村だからだろうか。
「この村は……大丈夫、みたいね」
ヘルダの前なので明言は避けたのだけれど、すぐにフランは「ああ」と察してくれた。
「仮にも〝魔法村〟ですからね。そうやすやすと、入り込ませはしませんよ」
この村には、〈闇の目〉は入り込んでいない――それは、本当だろうか?
「ねえ千歳さん、星祭りの由来って知ってる?」
何も気づかず、ヘルダは明るく喋る。「あのね、星の河のあちら側とこちら側に、引き離されてしまった男の人と女の人がいるの。でもね、二人は心の中に強く輝く星を持っているのよ。その星が呼び合って、年に一度だけ逢うことができるんだって」
「――どこの世界でも、似たような伝説があるのね」
その星の名前は? と訊こうとして、やめた。
〝この世界は偽りだらけだ。偽りは長くは続かない……〟脳裏に響く、声。
――〈闇の目〉は、既に私の心の中に入り込んでいるのかもしれない。
「ここが、村の広場。結果発表もここでするのよ。それで、あそこが展示会場」
「……展示会場?」
「あ、ああ、ヘルダ。案内はここまででいいから。お前は帰りなさい」
急にフランが慌てた。ヘルダはというと、いたずらっぽく笑っている。
「そう? じゃあ千歳さん、お兄ちゃんをよろしく」
妹を帰らせたあと、フランが妙に早口で言った。
「あそこにはね、魔術師が出展した作品が展示されているんです。入ってみませんか」
そこは、平屋建てのそんなに大きくない建物だった。フランに誘われるまま、黒絹のカーテンのかかった入口をくぐると――私は息を呑んだ。
「これ、星……?」
天井から幾重もの黒絹の垂れ下がった室内、オーロラのような光を放つ球体が宙に浮かんでいるのだった。その色はひとつひとつ違い、空間を無限の色で織り上げている。
「人が、心の中に持っている星、です。その星は、ひとりひとり違う。普通は目で見ることのできないものですが、この村の魔術師はそれを形にすることができるんです。本来の美しさを損なわないように形にするには、高度な魔法技術が必要なんですが」
いかに美しい星を創り出すか。そこに、魔術師の技量が問われるのだという。
「お願いがあるんです、千歳――僕は、あなたの星を、創り出したい」
「え?」
「あ、でも、千歳は何もしなくていいんです。言わば、絵のモデルになってもらうような感じで……ダメですか?」
真剣な表情で言うフラン。本当にいい人だ。私はふっと笑って答えた。
「――いいよ。モデルくらいなら」
「本当ですか! よかった……」
フランの顔に、いつもの笑みが浮かんだ。
「審査の結果は、星祭りの当日に発表されるんです。一番美しい星を創り出した魔術師は、最高の栄誉を手にする。そしてその星の持ち主は、どんな願い事でも叶えてもらえるんですよ。〝魔法村〟の誇りにかけてね――千歳の願い事が叶うように、頑張ります」
「私の、願い事……?」
どんな願い事でも、叶う。
もしそうなったら、私はいったい何を願うのだろう――
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