二 闇の目

 最初の数日は、何事もなく旅が続いた。

 異変が起きたのは、エストバル城を出発して三日目、宿をとるために立ち寄ったガナムの村でだった。

「……おい、見ろよ……」

「……同じだ……」

 私とフランが馬車を降りた途端、居合わせた村人の口からそんなつぶやきが漏れた。

 ざわめきは静かに他の村人へと伝播していき、気づいたときには村中の人間が家から私たちを取り囲むように遠巻きにして、じっと見つめていた。

 ――違う。

 〝私たち〟、じゃない。彼らが見ているのは、この私だ。でもどうして?

 思わずフランの背に隠れ、ぎゅっと腕にしがみつく。

「どう……したんでしょう。昨日やおととい泊まった村では、こんなことはなかったのに……」

 フランも、日頃穏やかな顔を強張らせて、周囲に目を配っている。

 正面から、村の代表者らしい男が数人、こちらへと歩いてきた。

 しかし彼らも、ある程度の距離のところで立ち止まり、それ以上私に近づこうとしない。そこから、厳しい声音で私たちに告げる。

「お前たちを村に入れるわけにはいかぬ。帰れ!」

「後ろの娘、あやつの仲間であろう!?」

「我らに災いをもたらすもの、この国を滅ぼすものだ!」

 そうだ、そうだという怒号が周囲の村人から沸き起こり、それが全て私に向けられているのを感じて、私は息が詰まりそうだった。

「何の話だ!? 説明してください!!」

 怒号を遮るように、フランが叫ぶ。

「あやつが現れてから、何もかもがおかしくなった」

「我らの心に、疑いの種をいていきおった」

「あやつは言った、こんな世界は偽りに過ぎぬと。いずれ終わりが来ると」

「あのような者、今までに一度も見たことがない。闇色の髪に、闇色の目。――そう、そこの娘と同じだ!!」

 その言葉に、私ははっと顔を上げた。

 周囲を見回す。私を指さす、灰色の目の老人。金や茶の髪をした村人たち。私を怯えた表情で見据える瞳は、多くが青や緑だ。

 フランは? フランも茶色の髪に、青の瞳だ。エストバル城にいた他の人たちは? みんなみんな、フランやこの村の人と同じだった。黒い髪に黒い瞳の持ち主なんて、私だけだった。

 私だけが異質だってことに、ずっと気づかなかった。

「お前も〈闇の目〉だ!!」

「ま、待ってよ!」

 人々の非難に耐え切れず、私は悲鳴を上げた。「黒い髪に黒い瞳だから? そんなの、日本だったら珍しくも……」

 自分が口にした言葉に、私は息を呑んだ。

「ニホン? 何だそれは」

「……私が、いた世界の名だわ……」

 今の今まで忘れていたその事実、それが急に甦ってきたことに、呆然と立ちつくす。

「落ち着いて聞きなさい! 僕の名はフラン、宮廷魔術師。故郷のマーロに帰る途中です」

「マーロの……?」

 村人たちがどよめいた。マーロ出身の魔術師が敬われていると言うのは本当らしい。

「彼女はエストバル城の客人です。あなたたちが思っているような人じゃありません」

 宮廷魔術師、エストバル城、という言葉に、さすがに人々も態度を変えた。多少不安そうではあるが、とりあえず敵対的な構えだけは解いてくれる。

「大丈夫ですか、千歳」

「うん……でも、すごいのね、フランって」

「僕じゃないですよ、マーロの名の力です。本当はこんな使い方をするのは好きじゃないんですが……」

 やれやれという風に、フランが首を振る。

「――それにしても、何者なんでしょう? その、〈闇の目〉って」

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