最終話 死んで花実が生るものか

 アヤさんを無事に救出した後、紫苑寺の活躍により研究所は壊滅した。紫苑寺の勇姿を語りたいところだが、物語と関係ないので割愛させていただく。


 ついに8月に入り、おしるしも来た。アヤさんがいつ産気づいてもいいように入院準備はすでに済ませてあるし、俺は育児休暇を取得してアヤさんのそばに常にいれるようにしている。そして出産予定日を三日前に控えた8月10日、アヤさんは唐突に話題を切り出した。


「そういえば、トモ。ワタシ、殺し屋辞めるから」

「え?」

「だから、殺し屋を引退するの。そうね、次はアイドルにでもなろうかしら」

「劇的でビフォーアフターな転職だな!?」

「アイドルグループを組むの。そうね、グループ名は『AK47』」

「パクリっぽいけどそれ銃の種類だろ」


「アイドル引退したら主演女優デビューを果たしたいわね。タイトルは『ブレザー服と二丁拳銃』」

「なにそれ超観たい。これもあからさまにパクリだけど」

「ガンアクションもバリバリこなす実弾派女優として売ってくの」

「実弾撃つなよ、実力で売れよ」


 今でこそ、産休で仕事は請け負ってないけど、結婚してからも殺し屋は続けていた。殺し屋の話題はアヤさんが秘密主義で喋らないし、俺もわざわざ聞かないようにしていた。でも聞かなかったのは、それはアヤさんほどのプロなら、命を危険にさらすようなマネはしないと信頼してるからでもあった。


「別に止めはしないけど、どうしたの急に?」

「殺し屋をしてるとね、自然と『いつ死んでも後悔しないように、自分の好きなように生きる』って考えるようになるのよ」


 言われてみれば確かにそうだなって思った。アヤさんは人生を本当に楽しそうに生きてるって伝わってくる。なんて生き生きとしてるんだろうって。だから研究所でアヤさんに初めて会ったとき、「この人について行こう」と思えた。


「殺し屋の仕事も好きだったのよ? 刺激的で、スリリングで。結婚してからも殺し屋を続けるつもりだったわ。だから殺し屋の仕事の邪魔にならないように結婚相手の条件は『ワタシより強い相手』だったの。あと『ワタシが尻に敷けるような相手』ってのもあったわね」

「二つ目の条件は初耳なんだけど⁉」

「でもトモと同棲してて考えが少しずつ変わったのよ。決め手はトモにプロポーズされたときね。いつ死んでも後悔するように思えてきた。だから子どもができるまでには引退しようって決めてた。こんな大事なこと今まで黙っててごめんなさい」

「ううん、全然いいよ。お疲れ様」

「ありがとう。だから結婚してからの仕事は、殺し屋から足を洗うための後処理みたいなものだったけど、それがあの研究所が壊滅したことで、全てカタがついたの。紫苑寺アスターには癪だけど感謝しないと……ッ!?」


 急にアヤさんが顔をしかめて、お腹を押さえだした。


「アヤさん?」

「陣痛、来たかも……」

「分かった。すぐに荷物まとめて車に――」

「まだっ、陣痛の間隔が長いかもっ‼ だから……」

「そっか、そうだった。えっと、とりあえず何をすればばばば」

「トモ、慌てないで……深呼吸して。ほら、ヒッヒッフー」

「ヒッヒッフー……っていや逆だろ!?」


 おかげでツッコミができるくらいには冷静になった。しかし、こんなときでもボケられるアヤさんの方が落ち着いてるな。

 荷物をまとめたり、親に電話したりしつつアヤさんの様子を見る。陣痛の間隔はだんだん短くなっていき、15分間隔ぐらいになったところで病院に連絡し、向かった。


 病院に着くと、そのまま陣痛室に運び込まれた。医者や看護婦さんがアヤさんを囲む。俺もアヤさんの腰や背中を撫でたり、飲み物を飲ませたりやれることはやってるつもりだけど、アヤさんはとてもつらそうで無力感しかなかった。男はその痛みは耐えられず死ぬと言われる。アヤさんの痛みを不死身の俺が代わってやれたらどんなにいいか、と何度も思った。


「覚悟はしてたけど、やっぱり結構痛いわね……」

「出産だったら『鼻からスイカを出すような痛み』ってよく例えられるよね」

「そうね、例えるなら腰をマグナムで何発も撃ち抜かれるぐらい痛いわ」

「そんな例えをしたのは多分アヤさんが初めてだよ」


 10時間は経っただろうか、アヤさんはついに分娩室に運ばれた。俺と遅れて到着した俺の両親も立ち会う。母さんはちゃっかりビデオカメラを持ってきていて、ずっと撮影をしていた。


「朋、そんな不安そうな顔はするな。菖蒲さんまで不安になるだろ」

「あら、お父さんだって私が朋を生むときこんな顔してたわよ?」

「そうだったっけか」

「そうだったのよ」


 これが出産を経験した者の余裕なのか。それとも、ただうちの親が呑気なだけなのか。しかし出産真っ只中の親である俺とアヤさんはそれどころではない。アヤさんはいきんでは休み、いきんでは休みを繰り返す。俺はアヤさんの手を握り、しきりに声を掛ける。


「頭が出てきましたよー‼ お母さんもう少しですからねー‼」

「アヤさん、もう少しだ‼ 蘭も頑張れ‼」


 娘の名前はランにした。ランの花言葉の通り、美しく優雅な子に育ちますようにという願いを込めた。またランは出産予定日の8月13日の誕生花でもあったからだ。実際は予定よりも早かったんだけど。


 そして8月11日、午前2時44分。産声が分娩室に響き渡った。

「生まれましたよー‼ 元気な女の子ですよー‼」


 遅れてところどころで歓喜の声が上がり、安堵のため息が漏れる。

 俺の生きる意味がまた一つ、この世に生まれた瞬間だった。

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