第21話 アヤメの花言葉
ちょっと思い出話をしよう。俺はアヤさんと初めて会ったときに逆プロポーズをされたけど、実はそのまますぐに結婚したわけではなかった。
研究所から脱出して俺はアヤさんのヒモになった。アヤさんは殺し屋の仕事が休みのときは、なるべく俺と一緒に過ごすようにしていた。家にいるときは、二人でよく映画を観ていた。互いに自分なら観ないような映画が意外と面白くて、よく会話が盛り上がった。
「アヤさんは古今東西のいろんな映画を知ってるよな。全部ガンアクションだけど」
「火薬と弾薬の量で映画を選んでることは否定しないわ。そして、さっきのシーンで使われてた銃がこちらになります」
「そんな三分クッキングみたいなノリで出すなよ!?」
外に出るときはアヤさんの車でドライブデートをたくさんした。買い物によくつき合わされたが話すのが楽しかったし、なかなか行けないようなところにも行けたので全然苦にはならなかった。
「ねぇトモ。これとこれ、どっちが似合う?」
「どっちでもいいんじゃねぇか?」
「フツウ、女子がこういう質問をするのは、答えが決まってて背中を押してほしいときか、だいたい会話したいときなのよ。マシンガントークしたいのよ」
「どこにガンショップで
「店員さん、これ
「そんな服屋の試着感覚で」
そんな日々を過ごしているうちに、ブラック企業の社畜だったときや研究所に軟禁されたときにできた心の傷はすっかり癒えていた。その頃にはアヤさんのことが見た目とか逆プロポーズされたからとかじゃなくて、心底惚れていることに気付いた。
それから俺は働く決心をし、その旨をアヤさんに伝えた。金の心配はいらないから働く必要はないと猛反対されたが、アヤさんへの誕生日プレゼントは自分で働いたお金で買いたいからと言うとすぐに承諾してくれた。アヤさんって案外ちょろいのかもしれない。
そして6月6日、俺たちは家でバースデーケーキをつ、俺が働き始めて最初のアヤさんの誕生日を祝った。ケーキを食べ終えたところで、俺は計画通り動き出すことにした。
「じゃ誕生日プレゼントのコーナーにいくか。ちょっと取って来るから、アヤさん立っててもらえる?」
「なんだか大袈裟ね。スッと渡せばいいのに」
「いいからいいから」
俺は自分の部屋に隠してあったプレゼントを持って、リビングに戻った。
「はい、あらためて誕生日おめでとう」
俺が渡したのはアヤメの花束。かなりの本数を頼んだので相当なサイズである。アヤさんは、意外なプレゼントに戸惑いながらも、ありがとうと言いつつ受け取ってくれた。
「初めて会ったときアヤさん言ったよな、『ワタシがアナタに生きる意味を与えてあげる』って。でも今じゃアヤさんが俺にとっての生きる意味になったんだ。でもこうも思ったんだ。アヤさんにとっての生きる意味になりたい、生きる意味を与えたいって。だからアヤメの花がぴったりだと思って」
花には複数の花言葉があり、アヤメにも『消息』、『吉報』、『希望』など他にもたくさんあるが、俺が込めた意味はどれでもない。アヤさんは少し考えると俺が言いたいことが分かったようで、花束を持ってないほうの手で口を押さえ、今にも零れそうな涙をこらえていた。
「でも『あなたを大切にします』だけじゃ足りないから、108本の花束にしたんだ。あと、もう一つ誕生日プレゼントがあるんだよ。こっちが本命だから」
俺はポケットから手のひらサイズの箱を取り出し、片膝をついてアヤさんに箱を開けて見せた。その中身はとても高価なもので、給料3カ月分はする指輪だった。俺はその指輪の入った箱を108本の花束の花言葉を添えて差し出した。
「結婚してください」
次の瞬間、アヤさんはそのまま泣き崩れた。予想以上のリアクションに戸惑いつつも、俺もしゃがんでアヤさんを抱きしめて背中をさすった。
「えっ!? そこまで!?」
「だ、だって、まさかトモからも言ってくれると思わなくて。脅迫まがいのプロポーズしたから拒めなくて受けたんじゃないかって」
脅迫したっていう自覚はあったんだな。それにしても日頃クールビューティーなアヤさんからは考えられないふにゃふにゃぐしゃぐしゃ具合である。でもそんな不安な思いをさせてたことは気付けなかった。これからはもっとストレートに愛情表現をしよう。
「それで、お返事のほうは?」
「……ばか」
アヤさんが照れ隠しなのかぶっきらぼうに左手を突きつけてきた。俺はそれを了承と捉え、婚約指輪を突きつけられた手の薬指にはめた。こうして藤見朋と皐月菖蒲は夫婦になった。
それから結婚式まではあっという間に過ぎていった。結婚式当日も緊張やお酒が入っていてあまり覚えてないけど、アヤさんの世界で一番美しい笑顔と、アヤメの花束を纏ったような華やかなウェディングドレス姿は死んでも忘れない。不死身だから、死なないけどな。
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