第19話 ノーキルノーアラート・リーマン
勘解由小路の指示通りに俺は細心の注意を払いながら、隠密行動で施設の最下層まで来た。なぜ殺し屋でも精鋭部隊でもない俺にそんなことができたかというと、それは俺がサラリーマンだからだ。空いたグラスや瓶がないか見逃さないための気の張り方。酒癖の悪い上司に絡まれないための存在感の消し方。まさか飲み会で身につけたスキルが、こんなところで役に立つとは思わなかった。
「でもさすがにアレを突破するのはムリだって」
さっき確認したものの、通路の角からもう一度チラッと顔を出すと、今まで施設内で見たものとは比べものにならない頑丈そうな扉の前に、重装備の屈強そうな男たち4人が警備にあたっていた。
『どうしますか? 殴りこんで4人とも倒しますか?』
「2人のときだって危なかったのに、4人相手はムリ。捕まって一家で実験体にされてしまうのがオチだろ!?」
『ではちょっと質問なんですが、先輩。腕や脚を切断されてしまうとどうなるんです?』
「1日経てばすっかり元通りに再生するけど、なんでだ?」
「あのですね、もし腕や足を拘束されても根元からナイフで切り落とせば……」
「いやいやいやいや!? お前、鬼か!?」
どうしてそんなことをすぐに思いつけるんだ、コイツは。勘解由小路、恐ろしい子。
『さっきも思ってましたけど、撃てばいいじゃないですか、警備員。先輩は撃たれても死なないんですし、しっかり狙えば当たりますって』
「たしかに妻と娘をさらった敵だけど、やっぱり人を撃つのは抵抗があるし」
不死身の体を持っているとはいえ、アヤさんが裏社会の人間、凄腕の殺し屋なのに対し、俺は表社会の人間、ただのサラリーマンだ。ホワイトカラーとも呼ばれるように白いワイシャツを汗で黄ばませることはあれ、血で赤く染めたことはない。
「なんとかしてよカデえも~ん」
『勘解由小路です。人を22世紀の猫型ロボットみたいに呼ばないでください』
考え事をしてるのかしばらく勘解由小路の唸っていた。そして唸り声が止んだかと思えば、ヘッドセットの向こうから溜め息が聞こえた。
『まったくどうしようもなく甘ったれでバカでノロマだな~、とも太くんは』
「誰が『とも太くん』だよ。ダミ声出してるけど全く似てないし、あとモノマネにかこつけてめっちゃ悪口言うじゃん。本物くらい口悪いじゃん」
「先輩、渡していた
訳も分からぬまま従うと、たしかに勘解由小路の言ってたようなもの入っていた。それは薬莢部分は透明で中に緑色の液体が入っており、弾頭に針がついていた。それは弾というより小さな注射器のような代物だった。
「あったけど、これがどうした?」
『テッテレテッテ、テーテッテー。人間用麻酔弾~。これを一人一発撃ち込めれば確実に眠らせることができます。でもなるべく近くで皮膚に刺さるように撃ってくださいね』
「なんだよ、そんな便利なものがあるんなら早く言えよ」
『だって値段が張るからもったいなくて使いたくなかったんですよ。実弾の方が断然安いですし』
「警備員からしてみれば、命が助かると思えば安いだろうよ」
俺は麻酔弾を装填し、意を決して通路の角から飛び出した。警備員たちは俺の存在に気付き発砲するが、もちろん無意味。一方、俺は近づいたことで狙いやすくなり、麻酔弾を確実に撃ち込むことができ、警備員たちを眠らせた。
「お、終わった?」
「はい。こっちに来る警備員もいないようですし、扉のハッキングが終わるまで待っててください」
「あぁ、疲れたー」
一気に緊張が解け、体の力が抜けてその場にへたり込んでしまった。時計を見ると施設に侵入してから二時間も経ってなかった。でも体感時間は4時間にも半日にも感じた。長かった。やっとだ。このドアの向こうにはアヤさんと娘が待っている。
もうすぐアヤさんに会えることと、先ほどの弾の値段の話とが相まって、俺はアヤさんにプロポーズしたときのことを思い出した。そして、そのときにアヤさんから聞かれた質問を、勘解由小路に聞いてみることにした。
「ところでさ、勘解由小路は自分の命の価値はどれくらいだと思う?」
『どうしたんですか、急に? まぁ、そうですね。300兆くらいですかね』
「300兆円かー、大きく出たな」
「いえ、ジンバブエ・ドルです」
「やっす!?」
ちなみに300兆ジンバブエ・ドルは日本円に直すと約1円である。
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