第17話 花たちは束となって

 アヤさんは研究所の連中に攫われたに違いない。もしアヤさんだけなら、研究所のやつらが何人来ようと返り討ちにしただろうが、アヤさんのお腹の中には娘がいる。おそらく、娘の命を最優先して大人しく連れて行かれたのだろう。


 何にせよ、早く助けに行かないと。こんなときどうすればいい。いくら不死身とはいえ、一人で助けに行くのは無謀すぎる。研究所の場所だって俺が拉致されていた所とは限らない。警察に頼ろうにも、不死身のことは信じてくれないだろうしあてにはできないだろう。ちくしょう、なにが不死身だ。アヤさんのことも娘のことも助けられないようじゃ、そんなのクソほど役に立たないじゃねぇか。


「夫としても、父親としても失格だな……」

「だったらオレが代わりになってやろうか?」


 声のするほうを向くと、そこにはちょっと残念で酒の弱いイケメンの殺し屋がいた。

「紫苑寺!?」

「説明は後だ。とりあえず車に乗れ。菖蒲とお前らの娘を助けに行くぞ」


 多分、今なら白馬に乗った王子が助けに来たときの姫の気持ちが分かる気がする。言われるがままに助手席に乗ると、紫苑寺はまるで目的地を知っているかのように迷うことなく車を全速力で走らせた。


「事情はだいたい分かってる。不死身かもしれないお前の娘を狙って、菖蒲ごと攫われたんだよな。今、発信機を頼りに菖蒲の後を追っている」

「どうしてそれを? 発信機?」

「仲間からの情報だ。発信機は菖蒲や俺たちが仲間だったころに、もしものときのためにつけてたんだ。でも菖蒲あやめが信号を送ることなんて、仲間だったときには一度もなかったんだけど……まさかこんなとこで役に立つとはな」



「ほら、トモもヘッドセット付けろ。その仲間と無線が繋がってる。お前もよく知ってるヤツだ」

「俺の知ってるヤツ? 他に殺し屋の知り合いなんて……」

『先輩、聞こえますか?』


 それは、会社で悩み相談をしてもらったりバカな話をしたりと可愛がってる後輩の声だった。


「もしかして……小百合子さゆりこ!?」

『勘解由小路です……って、いや小百合子ですけども‼ 先輩に下の名前で呼ばれたくないです‼』

「なんでお前が?」

『先輩の可愛い後輩の勘解由小路かでのこうじ小百合子さゆりこは表の顔。しかしその裏の顔は、アイリス先輩の可愛い後輩、コードネーム、リリィだったのです‼』

「でもクリスマスのとき、紫苑寺と初対面みたいだったじゃねぇか」

「あれは演技ですよ、演技。実は先輩の浮気調査をするようにアイリス先輩に頼まれてましてね。紫苑寺アスター先輩と知り合いだってバレたら意味ないので、隠してたんです」

「でも勘解由小路が殺し屋なんて全然思えないけどな」

「まぁ私の専門はハッキングとか、潜入とか指示伝達とかの裏方ですからねー」

「あっ、そう」


 でもよかったー、浮気しなくて。浮気する気さらさらなかったけど浮気しなくてよかったー。もし浮気しようものならアヤさんに百万回くらい殺されて離婚されてたかもしれない。それだけは嫌だ。死んでも嫌だ。死なないけど。


『まぁ浮気の心配なんて全然なかったですけどね。さて無駄話もこのくらいにしましょう。今回の目的はアイリス先輩の救出と研究所の殲滅です。先輩はアイリス先輩を助けてやってください』

「でも俺こういうの初めてだし、人とか殺したことないし」

『大丈夫です。的を狙って引き金を引くだけです。簡単でしょ?』

「そんな屋台の射的感覚で言われても。今ので分かった、お前も殺し屋だわ」


 そうこうしてるうちに研究所に着いてしまった。紫苑寺は防弾チョッキを着て臨戦態勢の装備だ。一方、俺の装備はというとスーツのみ……


「紫苑寺だけずるくね?」

「だってトモは不死身だけど、オレは撃たれたら死ぬからね」

「そりゃそうだけどさ。……あぁ、緊張してきた」

『そういうときは人を三人撃てばいいと言いますよ』

「俺が知ってるヤツと違う。そんな物騒な民間療法があるか!?」

『先輩、いい加減腹をくくってください。私が研究所のセキュリティにハッキングして麻痺させますが、あまり時間はないですよ』

「分かったよ」

「リリィ、オレはいつだって準備オッケーだ」

『お二方の健闘を祈ります。では突入!!』



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