第12話 ツリーに星は欠かせない

「今、家に嫁はいないんだ」

「なにかあったんなら、いつもみたいに相談に乗りますよ?」

「ガチトーンで心配するな。こっちまで不安になるわ‼ 嫁は仕事だよ、仕事」

「奥さん、派遣で翻訳とか通訳の仕事してるんでしたっけ?」

「そうそう、出張でな。明日の夕方に帰って来るんだ」


 もちろん、アヤさんが殺し屋なんてバラすわけにはいかないので、建前ではそうなってる。実際にアヤさんは五カ国語が操れるらしいので、そう言っておけばしばらく家に居ようが、家を空けようが周りに怪しまれない。


「新婚で初めての聖なる夜なのに仕事なんて、なかなかのブラックですね」

「ブラック企業というよりダーク稼業なんだけど」

「先輩、なんか言いました?」

「いや、別に」


 本当は殺しの依頼で、珍しく数日家を空けることになったのだ。結婚前は、数日仕事でいないことが月に一回あるかないかだった。結婚してからは今回が初めてだったので、アヤさんが仕事量をコントロールしてたのだろう。


「でも、よかったです。12月の冷え込みで先輩たちの愛も冷えてしまっていたのかと思いましたよ」

「そのくらいで俺たちの愛は冷めねーよ‼ むしろアツアツだし、常夏のようにアツアツだし」

「今ごろイケメンとアバンチュールしてるんじゃないんですか? 先輩なんかじゃ歯が立たないイケメンなんて世界に50億といるんですからね」

「世界の過半数イケメンかよ。あと、『ごまんといる』って、別に数字の『5万』じゃないからな。」

「へぇ、初めて知りました」


「ちなみに『注意力散漫』も数字じゃないからな」

「私の注意力は53万です」

「すっげー注意深そう」

「話戻しますけど、ホント分かりませんよ? ほら、あそこに奥さんとお似合いの超絶イケメンが……モデルですかね?」


 勘解由小路が指を差すほうを見ると、知り合いの超絶イケメン殺し屋がいた。

「紫苑寺!?」


 アヤさんの元仕事仲間の、アスターこと紫苑寺きらだった。どうしてこんなところに。しかも最悪なことに気づかれてしまい、こっちに近づいてきた。


「えっ、先輩もしかして知り合いですか」

「知り合いつーか、なんつーか……」

「独身ですか? 彼女いますか? いえ、彼女がいたって構いません。紹介してください‼」

「ダメだ、アイツのストライクゾーンは高めも高め。シワッシワのヨッボヨボの熟女がタイプだから諦めろ」

「それは熟してるというより、もはや枯れているのでは?」


 これは厄介なことになった。勘解由小路や会社の人を、裏社会コッチと関わらせたくなかったんだが……。なにより、あんな奴を彼氏にしようなんてお父さんは認めませんよ。いや、ただの先輩だけど。


「やあトモ、久しぶり。クリスマスイブなのに、奥さんじゃない女性と二人でなにしてんの?」

「アヤさんは仕事でいないんだよ。コイツはただの会社の後輩」

「か、勘解由小路です」


 会釈する勘解由小路に、よろしくと笑顔で応える紫苑寺。そのまぶしいスマイルに後輩はすっかりやられてしまったようだ。


「じゃ勘解由小路さん。トモと積もる話もあるし、コイツ貰っていいかな?」

「はい‼ 全然かまわないです。なんなら私を貰ってもいいんですよ?」

「そうしたいのは山々なんだけど、男同士の大事な話なんだ。ごめんね」


 紫苑寺は俺の肩をまるで仲がいいように腕をまわしながら、歩き出した。まぁ拳を交わした仲だ。少しは俺も歩み寄ろう。そして俺はそのまま、紫苑寺に引き連れられ居酒屋へと入った。紫苑寺は生ビールを二杯を頼むと、懐からスマホを取り出した。画面には俺と勘解由小路が楽しそうに話す画像が映っていた。


「この浮気現場をおさえた写真。菖蒲にバレたらどうなるんだろうな?」

 紫苑寺はさっきとは真逆な腹黒い笑みを浮かべた。前言撤回、やっぱコイツとは仲良くなれない。



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