第9話 フルメタボ・ジャケット

 温泉旅行以降、週に一回あるかないかで一緒にお風呂に入るようになった。まだアヤさんの入浴中に勝手に突撃をしたら反撃されるけど。実に喜ばしい変化なのだが、これが逆にある問題を浮き彫りにしてしまったのだった。


「トモ、初めて出会ったときに比べて太った?」

「ソンナコトナイデスヨ」

「じゃあコレはなに?」


 俺の目を背けたい現実から引き戻すように、アヤさんがわき腹の肉を掴む。そして揉む、めっちゃ揉む。これでもかってくらい揉みしだいてくる。やめて、俺は揉まれる側より、揉む側でいたいんだ。


「違う‼ これは……冬に備えて蓄えをだな」

「アナタ冬眠しないでしょ。それにあなたは蓄えなくても死なないじゃない」

「なんでアヤさんは俺とほぼ同じ物食べてるはずなのに、エロいプロポーションを維持できているの?」


「エロいかどうかはともかく、ワタシは家事の合間に運動してるもの。それにアナタはワタシと違ってよくお菓子食べてるし、お酒飲んでるじゃない」

「おっしゃる通りです」

「旦那を太らせてしまうなんて妻として失格だわ。明日から低カロリーな食事に切り替えるから、お菓子やお酒も控えて。一緒に運動するからビシバシ行くわよ」

「マジですか……」


 というわけで、今日から昼食はヘルシー愛妻弁当だ。ご飯は少なく、野菜は多めでハート型ハンバーグも挽き肉じゃなくて豆腐だ。しかしこんなときに限って、かわいい後輩が美味しそうな焼肉定食を持って俺の前の席に座ってくるから、愛される先輩は辛いな。


「奥さんに愛想尽かされたみたいな顔して、どうしたんですか藤見先輩?」

「まだ……いやずっとラブラブだから‼ 今むしゃくしゃしてんだよ、武者小路むしゃのこうじ

勘解由小路かでのこうじです。ダジャレにかこつけて私を白樺しらかば派の作家である、武者小路実篤さねあつみたいに呼ばないでください。ちなみにこれは豆知識なんですが、武者小路は実はペンネームではなく本名で、母方の名字は私と同じ勘解由小路なんですよ」


「何行喋るんだよ、セリフなげーよ。でもメガネ白衣キャラに敵う博識ぶりだな」

「メタ発言やめてください、世界観が壊れるんで。別にキャラ付けでこの格好してるわけじゃないです。目が悪いのは元々ですし、白衣は仕事着なのは先輩も知ってるでしょ」

「コンタクトにしないのか?」

「『メガネを外すと美人』っていうギャップ萌え狙ってますので。眼鏡を外せば、世の男どもは私の魅力で石ころですよ」

「イチコロな。石ころってお前はメデューサか? それより相談があるんだが—―」


 勘解由小路は女性だしダイエットの話題には敏感のはずだ。そう考えた俺は、アドバイスを貰うべく昨日お風呂場であった出来事を話した。


「私は食べても太りにくい体質ですからね。幸せ太りもあるんでしょうが、たしかに先輩、顔が若干丸くなった気がします。ちなみに体重は今いくつですか?」

「いくつに見える?」

「そんな合コンで年齢を当てさせようとする面倒くさい女子みたいな」

「人に体重を聞くときは、まず自分から言うのがマナーだろ」

「それを言うなら名前ですし、女性に体重を聞くのはマナー違反です」


 結局これといった収穫が得られないまま、ただ後輩と戯れて終わってしまった。仕事を終え、家に帰るとアヤさんがタンクトップとショートパンツの下にスパッツといったスポーティないでたちで出迎えてくれた。


「よくノコノコと帰って来たわね、ブタ野郎。いいえ、ブタの方が体脂肪率は低いから、アナタは豚以下よ。このクマムシが」

「ビシバシ行くってそういうこと!?」

「口より体を動かしなさい。そして喋るときは前と後に『マム』と言いなさい」

「マム、イエスマム」

「声が小さい。それでも○○タマついてんの?」

「マム、イエスマム‼」

「じゃあ今から5分以内にコレに着替えて玄関に来なさい」


 スポーツウェアを投げ渡され、アヤメ軍曹による地獄のダイエットが始まった。俺、死なないけどもしかしたら死ぬかもしれない。

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