第7話 漢の修羅場

「どちらが菖蒲の旦那にふさわしいか決着をつけようじゃないか」

「勝負をするまでもなくトモの圧勝よ。ワタシたち既に結婚しているし」

「二人して結婚指輪を見せつけるな‼ 菖蒲は本当にこの男を好きなのか!?」

「初めて会ったときからあきたこまちなんだから」

「それを言うならひとめぼれだろ!? 米の品種ってとこしか合ってねぇよ‼」

「ノロケを交えた息ぴったりの夫婦漫才をするな‼」


「それにプロポーズはワタシからしたのよ」

「そんな!? 俺と何回もデートしてたのに、プロポーズしたら断ったじゃないか‼」

「『この仕事が成功したら結婚しよう』なんて死亡フラグ立てるからよ」


 ようやく理解した、紫苑寺はアヤさんのことが好きだったのか。それで自分で言うのもなんだが、俺なんかと結婚しているのが納得できないというわけか。たしかに紫苑寺の方がイケメンだし、イケボだし……あれ、なんだか死にたくなってきた。死なないけど。


「百歩譲ってアヤさんを賭けるってのは分かる。でも依頼を賭けるって何のことだ?」

「菖蒲から何も聞かされてないのか? 今日ここで菖蒲に会ったのは単なる偶然じゃない。おそらくオレと同じ標的ターゲットを殺すように依頼されてるはずだ」

「そうなのアヤさん?」

「ごめんなさい、トモには旅行を楽しんで欲しくて。でも信じて、あくまで温泉旅行がメインで、湯けむり殺人事件はおまけだから」

「別にいいけど、仕事にタイトルつけんな」


 もともとアヤさんは、殺し屋に関しては秘密主義だ。なるべく殺し屋の仕事に関わらせたくないらしい。嫁を巡って争うとは、これが修羅場か……いやちょっと違うか。


「それでトモ、どうするの? ワタシには正直どちらがふさわしいかなんて分かりきっているし、依頼なんてどっちがしてもいいし勝負する必要はないけど」

「もちろんするさ。おとこなら売られたケンカは買わないとな」

「先に『参った』と言った方が負けだ」


 一時間後。無傷だが息が上がり片膝をつく紫苑寺と、ボロボロだけど仁王立ちしている俺の姿があった。骨を折ったり、関節を外したりしたそばからどんどん治っていくからな。ただし、こっちの攻撃は全く当たらないけど。


「もう分かったでしょアスター。アナタじゃトモは勝てないの」

「くっ……クソったれが!!」


 紫苑寺にタックルを喰らい、押し倒された。背中から落ち咳き込んでいると、胸に熱い感触があった。視線を落とすと俺の左胸にはナイフが突き立てられていた。服の胸部には血が滲んでいる。


「な、なんじゃこりゃー!?」

「トモ、そういうのいいから。アスターに種明かししてあげて」

「あ、はい」


 俺は立ちあがり、自ら胸に刺さったナイフを引き抜いた。それだけでも紫苑寺は驚いていたのに、俺が服を捲り上げたときはポカンとしていた。なぜなら胸の傷が出血は止まり、もう塞がっていたからである。


「俺は不死身なんだ。心臓を刺されようが、額に3発銃弾を喰らおうが、ビルから飛び降りようがな。でも不死身じゃなくても、お前に勝負は挑んでたよ」

「フッ……参った、俺の負けだ。こんな奴に勝てるわけねぇ」


 紫苑寺は大の字になって地面に倒れこんだ。しかし、その顔は吹っ切れたように清々すがすがしい顔だった。


 紫苑寺の去り際に俺が頼み込んで連絡先を交換してもらった。アイツは俺の知らないアヤさんの過去を、殺し屋としての一面を知っている。それを教えてもらうためだ。少しでもアヤさんの力になりたい。たとえそれが修羅の道を歩むことになるとしても。


「アヤさん、俺の喧嘩姿どうだった?」

「一方的にボコボコにされたし、トモの拳は掠りもしないしダサすぎ」

「ですよねー」

「でもカッコ良かったわよ」

「あざっす」


 そう、初めて会ったときのこの笑顔が見れるなら俺は死んでもいいと思ったから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る