第5話 お湯も滴るイイ女

「ワタシがいいって言うまで入ったらダメよ。もし前みたいなことをしたら、さくの向こうに投げるから」

「アヤさん、そっちは谷底なんですが…」

「そのまま地獄に落ちればいいのよ。でもワタシだって鬼じゃないわ、戻って来れるようにちゃんと蜘蛛の糸を垂らしてあげるから」

「鬼どころか仏だけど、それ絶対にちぎれるヤツだろ!? この鬼畜‼」

「前科二犯だもの。仏の顔も三度までよ」


 実は俺たちは一緒にお風呂に入ったことが一度もなかった。この状態が続けば、俺たちの愛は湯冷めしたように冷え切ってしまうのではないかと危惧していた。『裸の付き合い』という言葉があるように、混浴が夫婦の愛をより深めるのだ。


 このままではいけないと俺は強硬手段として、以前に家でアヤさんの入浴中に裸一貫で突入したことがある。そのときアヤさんは浴槽に浸かっていて咄嗟とっさに胸を隠していたが、腕で押さえ付けることによって形を歪めた胸が逆にエロかった。


「来ちゃった」

「死ね」


 いきなり家に押しかけて来た彼女風に言った直後だった。重い言葉と洗面器を投げつけられ、視界を遮られた瞬間に浴槽に頭からぶち込まれた。そんな俺の憐れな姿は、犬○家のスケ○ヨのごとき見事な逆立ちだっただろう。


 やはり手ブラしているとはいえ、殺し屋相手に手ぶらは無謀だったか。ややこしいが、アヤさんは手ブラ、俺は手ぶらだ。まぁ俺の場合だと手ぶらにせよ手ブラにせよ、隠すべき所は隠れずにぶらぶらしていたのだが。


 またあるときはせめて入浴シーンを眺めていたいと思い、俺は覗きを敢行かんこうした。シャワーを浴びる音が聞こえるのでドアを少し開けると、アヤさんは頭を洗っていた。くびれや丸みに沿ってお湯や泡が流れ落ちる背中や腰回りがセクシーだった。


「ククク……最高のショーだと思わんかね?」

「リンス」

「目が!? 目がぁぁああ‼」


 さすがは殺し屋、常に周囲を警戒し微かな人の気配も逃さない。リンスもといコンディショナーを飛ばしてきやがった。俺は不死身の体だから大丈夫だけど、最悪だと失明するから良い子はマネしないでね。俺はム○カ大佐よろしく目を抑えながらのたうち回った。


 そんな防御ガードが堅いというより、攻撃こそ最大の防御を地で行くアヤさんと洗いっこまでは叶わなかったものの、もうすぐ一緒にお風呂に浸かれる。これを機に家でも一緒に入れるようになることを期待しよう。オラ、ワクワクすっぞ。


「もう入っていいわよ」

 ついにこの時がきた。浴衣や下着を脱ぎ捨て腰にタオルを巻き、お風呂セットを持って準備完了。でもいざ一緒に入るとなると緊張してくるな。

「お邪魔しま~す」


 露天風呂がどうとか、ここから見える景色がどうとか全く視界に入ってこない。月光の下で照らされ、露天風呂に浸かる艶やかな美人に俺は釘付けだった。


「なにじろじろ見てんのよ。目を潰されたくなければ、早く体を洗いなさい」

「う、うっす」


 ささっと体や頭を洗って、湯船へ向かう。家のお風呂なんかより断然広いけど、あえてアヤさんの近くに歩み寄る。


「お隣、失礼します」

「どうぞ。ちなみにそれ以上目線を下げたら、もぐわよ」

「何を!?」

「急所を全て晒していることを忘れないことね。それにしても、いい景色ね」

「ああ、いい景色だな」


 互いに見ているところは違えど、見ている光景に感動しているところは同じ。急所をキュッと縮ませつつも、俺は視線を下ろさず視界の端でアヤさんの生まれたままの姿を捉えることに成功した。ヤバイ、マジでヤバイ。語彙力を手放すほどの破壊力。


「ありがとな、こんないい所に連れてきてくれて」

「礼を言う必要はないわ。ただワタシがアナタと行きたかっただけだから」

「家でもたまにはさ、一緒に入らないか?」

「……考えておくわ」


 こうして素直に互いの気持ちを話せるのだから、やはり夫婦でお風呂は良い。

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