第4話 気の休まらない休日

 ある日、お風呂に入り晩ご飯も食べ終えた俺は、リビングでボーっとテレビを見ていた。するとアヤさんが不意に俺の前に仁王立ちし、旅行のパンフレットを印籠のようにかざして言った。


「トモ、温泉に行きましょう」 

「どうしたの急に?」

「たまには夫婦水入らずで、個室露天風呂に浸かりたくない?」

「個室露天風呂!? 皮膚がふやけるまで浸かりたいです‼」

「じゃ決まりね。もう部屋取ってあるから」

「マジで!?」

「ちゃんと有休を二日間取ってちょうだいね」

「取る取る‼ 取れなかったら仕事サボってでも行く‼」


 こうして急遽、2泊3日の温泉旅行が決まった。俺の頭はアヤさんの浴衣姿とか裸とか見れるという喜びでいっぱい、つまり頭がおっぱいでいっぱいだった。


 温泉旅行の初日。俺たちは電車やバスを乗り継ぎ、夕方に旅館に着いた。俺たちはチェックインし、部屋へ案内された。部屋の奥には、夢にまで見た露天風呂があった。


「移動で疲れたし、さっそく個室露天風呂に—―」

「先に大浴場に入りましょ。個室露天風呂はまだ明るくて恥ずかしいから、暗くなってからゆっくり……ね?」

「ラ、ラジャー」


 大浴場から上がり、アヤさんの浴衣姿を愛でていると卓球場が目に入った。これはチャンスだ。卓球は白熱すると、必ずと言っていいほど浴衣がはだける。俺は御開帳した浴衣の襟元から、胸チラを拝観する。


「アヤさん、卓球しない? コーヒー牛乳を賭けて」

「いいけど、ただやってもつまらないし古今東西卓球にしましょ?」

「分かった。3回勝負な」

「じゃ、始めるわよ。お題は『ワタシの長所』ね」


 アヤさんがトスした瞬間、ボールが消えた。違う、これは背中越しにボールを打つ公式では禁じ手の背面サーブ!? アヤさんは試合を楽しむ気なんてサラサラない‼ ワンショットキルをするつもりだ‼


「家事が得意」

 不意を突かれた俺は少し反応が遅れる。だが俺は負けられないんだ、アヤさんの胸チラを見るまでは。持ち前の反射神経でギリギリで対処する。

「スタイルがきれい‼」

「5か国語喋れる」


 それから俺たちが激しいラリーを繰り広げていく内に、アヤさんの襟元が徐々じょじょに開いていった。最後はアヤさんの胸がよく見えるように、のめり込むようにしてスマッシュを叩き込む。


「胸‼」

 よっしゃ、浴衣がはだけ……肌着はだぎ着てんじゃねぇかぁー!?

「勝負強いでチェストッ」

「バストッ!?」

 額に強烈なスマッシュ返しを喰らい、俺は崩れ落ちた。

「まずはワタシの勝ちね。次はトモがお題を出して」


 勝ち誇った顔で、襟元を直しながらアヤさんは言った。胸を拝めないと分かった今、残りの二階は消化試合だ。でもここは一矢報いたい。それと俺もアヤさんにたくさん褒めてもらいたい。


「お題は『俺の長所』な。よし、いくぞ」

 俺はボールと宙高く放り投げ、しゃがみ込みながらボールに強い回転をかけて打つ王子サーブを放つ。俺はこの勝負に勝って、気持ちよくサーを叫ぶんだ。


「不死身なところ‼」

「……」

「サーッ‼ サー……」


 ボールは返ってこなかった。俺のサーが卓球場に反響する。こんな虚しい勝利は生まれて初めてだった。アヤさんはボールを拾い、おもむろに言う。

「これで1対1。次のサーブはジャンケンで—―」

「不死身以外に俺は長所はないのか⁉ 試合に勝って勝負に負けた気分だよ‼」


 すると、アヤさんがなんだかもじもじしてる。彼女の顔の火照りはきっと、お風呂上りのせいではないだろう。

「違うの、いざ口にするとなると照れくさくて。さすがに『全部』は反則だし…」


 俺の胸はおっぱい—―失敬、いっぱいになった。それは反則だよ、アヤさん。

 三回戦は普通に卓球をして、コーヒー牛乳は俺が奢った。


 さて、夕食を食べれば個室露天風呂シャングリラが、すぐそこで俺を待っている。

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